2.兄弟会議
__親友が、男の人を好きになってしまった。
◇◇◇
入学式当日。
その日は朝からソワソワしていた。
新しいシャツ。新しいジャケット。それに見慣れない徽章を胸にして、ソワソワしない方がおかしい。
15分という長い時間を鏡の前で過ごして漸く階下に降りた時には、待ち草臥れたような兄の姿があったりして。
無事に終えられた入試。受験した私立芦火高等学校から、仰々しい合格通知が届いて歓喜して、陽太とひたすらラインを交換した。
父さんも母さんも兄貴も、皆喜んでくれて。
お祝いだって、父さんがたくさんのケーキを買ってきて母さんに呆れられてて。
兄貴の親友の白萩さんからも「おめでとう」なんてライン来て。それが妙に嬉しかった。
どこまでいっても平和で、幸せで。だからこそ、何事もなく、入学式も終わって、当たり前のように高校生活が始まると。そう、何の根拠もなく思ってた。
入学式の、その日まで。
入学式は高校の体育館で行われた。
妙な熱気が立ち込める中、新1年生となった新入生が、不安と期待の入り混じった、興奮してざわざわと落ち着かない雰囲気を醸し出していた。
そんな中では珍しく、僕達は静かにしていた方だと思う。
これから送る高校生活。それに対して、今更ながらに不安を覚えていたから。
環境も変わるし、周りの人間達も変わる。幾ら親友が一緒の高校にいるからと言って、それは不安を抑えるための緩衝材になるには少し弱い。
熱気の籠もった体育館では、先生の「静かに」「式が始まるぞ」という声が妙に小さく聞こえた。
吹奏楽の演奏が始まる。
と、思えば、期待と不安の最中にいる新入生を殴り飛ばす勢いで、曲は強く強く、誇り高く、高らかに響いた。
これには新入生もあっけらかんとして、次いで各々の心の中で小さく笑う他なかった。
何故ならば指揮者である吹奏楽の先生が、ほくそ笑んで指揮していたから。
わざとだ、と理解して。
吹奏楽の演奏が終わって、次いで白い制服姿の一団が入場してきた。
__合唱団だ…!
ついつい兄貴の姿とその親友の白萩さんの姿を探してしまう。これは癖だ。
(あ、いた)
一番後ろの右から3番目に兄貴、手前から2番目、右から5番目に白萩さん。
白萩さんは相変わらず綺麗だが、兄貴でさえ格好良く見えるから不思議だ。
指揮棒が構えられ、ざっと全員がそちらを向く。
ワン、ツー、スリー、……のっ!
「風爽やかなるこの丘で
常磐に茂る松の木よ
雨にけぶる日 晴れに照る日
柔らかな針葉 美しく
いつ何時も澄んでいる
知性たたえるその瞳
煌めく山を虹に映して
鮮やかに 軽やかに
笑いたる人なれ」
校歌は短い。1回の分が長いだけ。それだけ。1番しかないから、他の校歌に比べても短い。
んーと。……ところで、だ。
何やら先程から、斜め前に座る陽太が食い入るように、何かを見ている。
……何を見てるんだ、陽太は。
先程までの静けささえ感じられる表情はどこに行った。
緊張と不安はどこ行った?
小声で聞きたい衝動に駆られたが、周りの拍手に遮られ、また本人のぼぅ、っとしている表情に何か不安を見出して、僕は口を噤んだ。
その後だ。
陽太が、
「一目惚れしたかも、しれない」
……なんて、言い出したのは。
◇◇◇
最初は半信半疑だった。
いくら顔を赤く染め上げていようと、いくら恋する少年のような顔をしていようと、だ。
陽太は(幼馴染という偏見もありつつ)他人から見ればかなりのハイスペックで、なのに、恋といった恋をしたことがなかった。彼女が3人もいながら、何故か彼女たちに恋愛感情を抱けなかったのだ。
つまり、今回の一目惚れ、というのは、こいつの勘違い。もしくは入学式という人生の節目の出来事で頭がぱやぱやして興奮状態を恋愛感情と思っているのだ、と僕はそう思ったのだ。
しかし、あいつは案外に本気のようだった。
僕は、陽太を応援すべきかを悩んでいる。
__白萩さんの、秘密を知っているから。
◇◇◇
夜。
昼間の式と陽太の様子を思い出しつつ、ため息を吐いて大好きな煮込みハンバーグを口に運ぶ。
「どうした、真音」
目の前で味噌汁を啜っていた兄にそう尋ねられ、思わず愚痴のように問いが漏れる。
「なぁ、兄貴。……陽太、本気だと思う?」
「はぁ?」
「白萩さんのこと」
「……俺に聞かれても。知らんつうの」
素知らぬ顔をしてレタスを纏めて口に突っ込んだ彼は、自身の言葉少なさに何かしら思ったらしい。咀嚼し嚥下して「陽太にも何かあるんだろ」と呟いた。
「あいつ、中学の時に女の子と付き合ってただろ。えっと、……誰だっけ?」
思い出せない誰かを思い出そうとするかのような兄。助け船を出すように僕は兄と関わったことのあるはずの人物を思い出す。
「ポニーテールの子?」
そう言うも、彼は驚いたように目を瞬かせ、
「え?ベリーショートの」
と言った。
「天見さん?」
「あ、そーそ。ポニテって誰だよ」
「陽太、3年で彼女3人だから。ポニテは篠原さん。もう1人は風間さんだっけかな」
「……多いな」
少しだけ羨望の混じった声音の兄に、少し遠慮がちに注釈を付ける。
「モテるけど、1年くらいで別れるからね。3回とも彼女の方から振ってた。優しすぎて怖いんだって」
「……可哀想に」
陽太は何故かモテる。背が高いからなのか?そうなのか??
「彼女3人か……意外とやるなアイツ」
「告白してきたの彼女たちの方からなんだって。さっきも言ったように、振るのも彼女たち」
「残念な奴なのかな……」
真剣に悩み始める兄を横目で見、トマトを口にして酸っぱさに顔をしかめる。
「酸っぱい?」
「……ん」
「ほんと酸っぱいの苦手だな」
「むしろなんで兄貴は食べれんの?」
「え、美味いだろ」
「美味くないよ……」
味覚おかしいんじゃないの、という言葉は心中に収め、静かに彼の皿に残りのトマトを全部載せる。
「あっ、好き嫌いはよくないぞ」
「酸っぱいの美味しいんでしょ?ほら、あげるから食べなよ。いっつも俺の方がトマト多いんだからさ。食べたって損はないでしょ」
「好き嫌いするからだろ……」
兄は呆れたようにそう言って一口で呑み込んだ。
「やっぱうめぇけどなぁ」
そう独りごちる兄を、僕は本気で頭大丈夫かと思った。
酸っぱいの好きなんて正気の沙汰じゃないだろ、と。
「……んで。何の話だっけ?」
「陽太が、本当に白萩さんのことを好きなのかって話」
「あぁ、そだった、そだった」
刻弥は顔を顰める。
「正直、よく分かんねぇよ。さっきも言った通り。だって今日が初対面なんだろ?そんで、一目惚れしたと」
難しい物理の問題を目にしたときのような__彼は物理が苦手だった__そんな感じの表情をして、ごくごく真面目に兄は言う。
「一目惚れなんて、急に空から鳥が落っこちてくるようなもんだろ」
「そう来るかぁ……」
いや、確かにそうなんだけど。そうなんだろうけど。
「応援、すべきなのかなぁ……」
入学早々、頭の痛い問題が、僕のとこに突っ込んできて、呻く事態になるなんて。……本当に本当に、僕は思ってもなかった。
更新が遅くなりすいません!ちょっと難産だったものでして(--;)
主要キャラの4人が出てくる2話目ですが、今回は真音視点から書いています。真音がどんな人物か分かっていただけるとありがたいです!刻弥も良い兄ちゃんなので好きになっていただけると嬉しいです……。
話は変わりますが、皆さんはSwitchなどのゲームをしていますか?
私は今、PlayStation5だとFINAL FANTASY15、Switchだとあつ森にハマっています。FF15はとても面白いし、音楽も素敵なので、粗方のゲームをやってしまった人、是非やってみてください!あつ森は言わずもがなです。また戻ってくるのはやっぱりスローライフ系ですよね、という小話でした。