霊家の姫、明姫
あの火事は、のちに御泉水之社からのものだったと判明したが社は火事で焼失して泉に沈んでしまった。
あの火事で私は愛する人と父を亡くした。
本家にいて生き残ったのは私とあとひとりで、霊家に避難していた人は全員無事だった。
でも、いくら探しても華霊のものも遺体もなにひとつ見つからなかったし誰も覚えていなかった。
私はひやりとした水に手を付けて祈る。
今では私の夫が武国を統一し、島を統一した。
「ねえ華霊、私はあなたを愛していたよ。あなたは今どこで何をしているの?」
思っていよりもっと何倍も華霊の存在は大きなものだった。
光輝は火事から2年後に陸の勧めで結婚した。
相手はそれは見事な黒髪だったそうだ。
ねえ、華霊、あなたは今どこで何をしているの?この空の続くところにいるの?
今では笑っているの?
でも大丈夫。今度こそ、あなたに会いに行くからね。今度は大丈夫。ずっとそばにいるから。
立ち上がると、青空を鳥が向こうに飛んで行った。
「お帰りなさいませ」
「明姫。わざわざ出てこなくともよかったのだが」
連れてこられたのは美しい屋敷だった。
奥から出てきたのはほぼ黒い灰色の髪の、うす黄色と夜空のように輝く藍色の衣を着た美しい女の人だった。
「あなたがわたしの後継者?」
後継者…?天上大御神の後ろに隠れていたのに、いきなり声をかけられてしまった。
答えられずにいると、天上大御神が代わりに答えてくれた。
「そう。よく世話をしておいて。10月の総会で仲間にするから、それまでによろしくね」
天上大御神はそういって下がっていった。
おろおろしていると、明姫が衣を取り出した。
それは白一色の単衣だった。
「その服に着替えて、ついてきて」
それぞれの扉には海波楼や星月楼などと彫られていた。
「ここよ。」
女の人が立ち止まったのは、星火楼というところだった。
中に入ると思いのほか広く、というより景色がまるで違った。
いままでは薄い色の空に植物を置いたような感じだったのに、ここは暗く星がキラキラと瞬いている。
「ここは…」
「星火楼。わたくしの家です。」
闇夜に放り出されたようなのに、星がキラキラと瞬いてとても美しい。ほほをなでる風も暖かい。
「今日は疲れたでしょう。色々聞きたいことはあると思いますが、まずはお休みください。ここと居間以外は空いているので、お好きな部屋を。」
とは言われても、多い。
十はあるなかから1つか。
とりあえず花居間と書かれたところに入る。
「ではそこで。布団は押し入れです。また何かあれば仰ってください。わたくしは朝方に寝る人ですから」
見渡すと広い部屋だ。開かれた丸い窓からは暖かい風が入ってきて、奥には花がたくさん咲いている。
部屋は20畳はありそうで、ふすまで2つに区切られている。奥は6畳ほどで私室という感じだ。手前は何も置かれていなかったが、押し入れから布団を取り出す。
布団は新品というわけではなくて、誰かが使ったようにも見えなかった。
潜るとたちまち眠くなってしまったのでおとなしく力を抜いて眠った。
「おはようございます」
「おはようございます。先ほど日の出だったので仕事はひと段落付きましたよ。何か御用ですか?」
ききたいことすらわからないからとりあえず説明したいことから説明してくれと要求すると、快く資料を手渡してきた。
「まず、わたくしたちはしたちは神です。もともと人間だった人も神として生まれた人もいるけれど。
神には階級があって、上から上級神、中上級神、中中級神、中下級神、下…面倒だから法則だけ伝えるね。下級神は9階級あって、上から一、二、三、のあとに上中下、とつくの。下級神最上位は下一上級神、みたいにね。あなたは今下二上。見習い期間は下二から三。なにかある?」
「あなたは今どこなの?」
その人は一瞬表情をなくしてから、中上級、と答えた。
思っていたより格上なんだ…
「で、神についてね。八百万の神々は知っているよね。大まかにいうとそれよ。よりおおきな概念とかを司っていたら位が上がるの。わたくしは星に対する信仰を司っていて、通称明星神ですけれど、今は信仰神も兼任しています。神の位の見分け方ですが、大体天上大御神の部屋から近い扉が位が高くて、神が白に近いほど高い位のことが多いです」
あれ?中上級神でほぼ黒の灰色…みんな黒いのかしら。
「あなたはわたくしの後継者としてここに来ました。最近泉に対する信仰が多く、わたくしでは対処しきれないのです」
畑が違う、ということか。
「大枠はこんなところですね。ほかにお聞きになりたいことは?」
「とくにありません。私はここで何をすればいいのでしょうか?」
明姫はにっこりと笑って分厚い冊子を3冊渡してきた。
「これを暗記して。」
3日かけて1冊を読み終わり暗唱し、4日かけて残りの2冊も終わらせた。
明姫は驚いていたが、次に礼儀や作法を仕込まれた。
とはいっても12歳までは家庭教師、冬火のもとでは冬火の教育係、隣国に行ってからは屋敷の人たちに礼儀を仕込まれていたので2か月もかからなかった。
「はあ、あなたはやいね。次はこちらよ。ついてきて」
案内されたのはここと居間以外、のここにあたる部屋で、幻部屋と書かれていた。
「ここで寝て、出てこられたらあなたは合格よ。」
意味が分からなかったが、寝ろと言われたので布団に入る。
明姫は隣でごとごとと準備をしていて、何かと思ったら香炉だった。
「なにをするの」
「それはお愉しみよ。さあ、香を焚くわよ」
香は、甘いのにさわやかですっきりとした雑味が少ない香りがした。
それを一息吸い込む前に、私は馬車に乗っていた。
「どうかしたの?霊姫」
目の前には冬火がいる。その横には光輝も。
平和だった日常だ。何も失われていない、美しい日々だ。
ああ、ここが私の居るべき場所。
満ち足りた風景。
字数の関係で2編に分かれます。