霊家の姫、霊姫
そう、選んだのは私。
声が届かず、姿を見てもらうことはできず、何も届かないのを。
望んだわけではない。でも選んだのは私。
だから、ここにいなくてはいけないの。
「お父様、お母さま、行ってまいります」
父と母に挨拶をして当代武王の娘である武の姫のもとへと向かう。
父は代々武王の側近を務める霊家の当主で、母は正室。
私は一人娘で霊家の後継ぎとしての教育を受けてきたが、12歳を迎える前に教育を修了したため持て余した両親によって早めに裳着の式を済ませ女房として出仕することになった。
武王は代々この地域を治める王で、ここ3代ほどで力を伸ばし、今では土地の半分を治めている。
その娘の武の姫は仮名が存在せず、まだ成人はしていない17歳の人だ。
病弱らしいといううわさは聞いたことがある。
「お初にお目にかかります。霊家が1の姫、~^~でございます」
武の姫は体だけ起こしてこちらを向いた。
長い髪は梳くこともなくこともなく流れて、白と水色、薄い紫の衣は美しく、匂いたつような気品があった。
「初めまして霊の姫。わたくしは武の姫、冬火といいます。よろしくお願いしますね」
それからは私は冬火と、武の姫は霊姫と呼び合うようになった。
冬火は確かに体が弱く、3日に1回は熱を出した。
けれど生活にはほとんど困らなかった。
私とあこがれは、こうして出会った。
「おきれいです姫様!」
今日、冬火は隣国である同盟国の王子に嫁ぐ。同盟国といっても扱いは属国で、今の王は武王の弟で、つまり冬火の相手は従兄だ。
冬火は正装で、初めて会ったときと同じような色をしているがそこには無数の水晶が縫い付けられ、素材も絹だ。
「霊姫もとってもきれいよ。」
私はこの国の2品の姫として派手に、しかし女房という立場とこの間母が亡くなったことに配慮して黒と白にまとめた。
「でもよかったの?霊姫も縁談があったのでしょう?こちらに来てよかったの?」
「はい。わたくしには霊家の一人娘としての誇りがありますから。」
嫁ぐと相手に霊家の当主の座を譲ることになる。そんなのは、別にいいのだけれど、私が納得した人にしか与えたくない。
「では、行きましょうか」
「はい」
「まあ、もう着いたのね。」
「案外近いのですね」
馬車で3日のところにその国はあった。
隣国とあってそれほど気候には差がないようだ。
「では、婚儀の御支度をしますのでこちらへ。」
衣装を整え、髪をとかすぐらいで済むように国で用意をすませてきたのでほんの短い時間で終わった。
「では、姫様。お気をつけて。わたくしたちは隣室で控えておきますので」
婚儀は神官のみで行われる。そのあとにお披露目会だ。その間側仕えは同席できないので、王子の側近と話をする。
「お初にお目にかかります。武国が1の文官家、霊家が1の姫です。どうぞ霊姫とお呼びくださいませ。」
「お噂はかねがね。わたしは庶民の出なので、それほどかしこまらなくともよいのですよ。秀国の第一王子の側近、光輝と申します。」
光輝はとても話しやすい人だった。霊家も実力さえあれば取り立てることをいとわない家なので庶民出身というのにも気を張らずに済んだ。
「では遠慮なく。これからよろしくね」
それからしばらくにこやかに歓談していた。
いい人でよかった。
「冬火、お疲れさま」
「ありがとう。」
冬火は着替えるために部屋に戻ってきていた。
「陸様の側近の…光輝といったかしら。どのような人だった?」
「よい方でしたよ。」
簪一つで髪をまとめ上げて化粧も薄めにする。
「どうですか?」
「腕を上げたわね」
冬火はにっこりとすこしいたずらするように笑った。
よくみると、目が潤んでいる。
気になって手をつかむと、やはり熱かった。
「冬火、熱あるでしょう」
「ばれました。」
急いで冬火を寝かせ、王子に会いに行こうと少し迷いながら部屋に行く。
「あ、光輝。ごめんなさい少しいいですか」
「はいどうぞ」
光輝に手短に伝言をたのんで急いで冬火のもとに戻る。
「ごめんなさい。」
「いい。慣れているから」
冬火が眠ってから部屋に下がった。
冬火に配慮して初夜は延期となった。
のちに王子に個別に呼ばれて事情聴取をされた。
「姫はどこか悪いのか?」
「いいえ。これといって悪いことはございませんが、体が弱いのです。年々弱くなってきております。治療法はないと。命にかかわるようなものではないです。」
ほとんど故郷の医者が言っていたことだ。
私も理解できるようになったのは少し前だった。出会った直後ぐらいはまだ外で遊べる日があった。
出会ってたった1年でここに来た。
下手をすると霊家次期当主の座を追われるかもしれないが冬火についてここに来た。
ここでの人たちもいい人たちが多い。ここは居心地がいい。
2年がたった。
いまだに初夜は行われていないが、冬火はその穏やかさからみんなに慕われている。
私は15になり、いい加減戻らないといけないと思い始めているが、冬火のもとは離れたくない。
「あ、そうだ霊姫。これ」
髪を梳いて出いるときに冬火がぽんと手紙を渡してきた。
「もう少し渡し方があるでしょう」
渡されたのは霊家の手紙。少し嫌な予感がしたので懐に入れた。
「では、また明日。」
部屋に下がってから手紙を取り出す。
今度の冬火の里帰りとそれに伴う私の宿下がり、つまりは帰ってこいという父からの伝令だ。
こんなに急なのね。まあ、これだけ自由にさせてもらったのだから、良しとしないと。
「光輝、王様に取り次いでもらえますか?」
光輝はすごい不思議そうな顔をしたあと、承諾した。
「わかった。ついてきて」
案内されたのは初めて入る部屋だった。
普段はこの隣の部屋だった。まあ、私はもう来ることはないのだけれど。
「お久しぶりです、王様。」
「久しぶりか?何かあるのだろう。要件を申してみろ。」
さすがに王にそんなに時間があるとは思っていないので手短に済ませる。
「3か月後妃殿下が武国に里帰りいたします。それの許可をいただきに参りました。」
「わかった。そなたは同行するのだな」
私は冬火の筆頭侍女だ。当然だ。
帰るとき、光輝にはさることを伝えないと引継ぎが面倒だと教えることにした。
「光輝には伝えておきますね」
「なに」
「私は里帰りの後、ここには戻ってきません」
それだけを告げてさっさと部屋に戻る。
「もう、霊姫、どこに行っていたのよ。」
「ごめんなさい。」
いつも二人で過ごしてきた。それが、もうすすぐ終わる。
「冬火、3か月後に里帰りになったから、そのつもりで。もちろん私もいっしょに行きます」
「わかった」
2か月たった。
「そういえば、霊姫っていまいくつなの?」
「私?15です。どうかしたのですか」
冬火は首を振った。まとめ上げた簪の飾りが揺れる。
「私がここに来たのと同い年なのね」
そういえばそうか。懐かしい。来たときは不安だったけれど、もう去らないといけないなんて。
「ねえ霊姫、この里帰りであなたは帰るのでしょう?」
「どうして気が付いたのですか」
さあね、と冬火は笑う。
「さみしくなるわね。」
「そうですね」
簪を外す。バラバラと髪が落ちる。
机においてから櫛をとる。
「もちろん霊家の一人娘がいつまでも居れるとは思っていないけれどね。」
すくっと立ち上がる冬火。
「ねえ華。あなたはずーっと霊家よね。華ではなく霊。それに文句は言わないわ。だってあなたは跡継ぎとして育てられたのだから。でもさ、それが悲しいことだとはおもわないのよね、あなたは」
おそらく、私を私としてみてほしい、ということだろう。
でも確かにわからない。
「一緒に行こうか」
初めて会ったとき、なんてきれいなお人形なのだろうと思った。
夜露を含んだようにつやつやと輝く漆黒の豊かな長い髪、病的ではなくきちんと白い肌はすべすべしていて、唇はとっても赤くつやつやとしていて、目は夜空のようにキラキラと輝いていた。
けれど、その眼には隠し切れない寂しさがあった。それをなくしたいと、どうしようもなく思った。
私よりもずっと賢くて美しくて、だけどとっても空っぽな女の子だった。
お菓子をひと切れ分け与えるのにも苦労したものだ。
ある日、私がとても体調が悪くなって何日も寝込んだことがあった。
目が覚めると、隣に華霊がいた。
侍女に聞くと、離れろと言われてもずっとここにいたらしい。
それを聞いた時、なぜか悶えそうな暖かい胸の痛みが起こった。
私はそれからずっと華霊といられるように行動することにした。
「ただいまもどりました」
父の屋敷に向かうと、父の隣には豪華な服を着た佳人がいた。
知らない人だ。
「この方は私の妻の穐庭だ。そなたの母なのだよ」
父の後妻か…私は何も聞かされていない。
そうなのね。私は一人娘なのに。
「この方は妊娠されているのですね」
見ただけでなんとなくわかる。この人は…
「おお、そうだ。それでそなたに縁談があるのだ。」
は?私はそんなんのためにもどってきたのではない。
でも、確かに当主となるには伴侶がいる。子孫を残さないといけないから。
「どなたですか」
「菅家だ。そこの次男との縁談だ」
菅家…この国の旧家。次男は特に賢いとかいううわさを聞いたことがない。
「なぜですか。あの方は実力がありません」
「何を言うか。菅家だぞ。名誉なことではないか」
そうではない。私たちは実力主義。なのになんでその人なの。
「それに、跡継ぎはどうなさるのですか。もしその子が女の子であったなら…」
何を言う、と父は笑う。
「そのときは子供を当主にすればいいだけだ。」
ああ、そうではないのに。
私は期待に応えていたかったのに。
いいな、と父が確認してくる。
「いいえ。」
父は驚いてこちらを見ている。
私は顔を上げて父を見据える。
「わたくしの結婚相手はわたくしが探します。
それに父上、わたくしたちの耳から、父上の評判は聞いております。」
父は、3年前から評判が芳しくない。
実力主義のこの家に、ふさわしくない。
「ですから父上、わたくしを当主に、いいえ。あなたがさっさとそこを退きなさい」
「なるほど、霊姫は霊の方になるの」
二人で冬火の部屋でくつろぎながら首尾を報告した。
「だから、本当にもう帰れないの。ごめんなさいね。」
冬火は悲しそうにしていたが納得していた。
「仕方ないわよ。でも、戻るまではここにいてね」
二人でにこにこ談笑していると、一気に周囲が明るくなった。
そして大きな音が鳴って、熱風が顔をなでた。
なに、これ。
あちこちから炎が上がり、下からは水があふれてくる。
しかも異常に火の回りが早い。
丘の上を見ると霊家が人を集めている。
「姫様、逃げてください」
けれど冬火は動かない。
「いいの。私はいいの。~^~は逃げて」
冬火はニコニコと笑っている。どこかそれが寂しそうに見えたので私は冬火の隣に座る。
「何しているの?早く逃げて」
「ここにいます。冬火のそばに。」
二人で火に包まれる。
熱いのに、熱くない。水も満ちてくる。
二人でいれば怖くはないの。
「~^~、好きよ」
冬火…ありがとう。ああ、もっと過ごしていたかったな。そしたら冬火の思いにこたえられたかもしれないのに。
「そう失望するな。~^~。」
上から声が聞こえた。
見上げると、黒髪の美しい人が浮いていた。
「どなたですか」
「人は、天上大御神とよぶ。」
といった。美しい声。
「早く決めなさい。もうそろそろ時が動き出す。その人を守りたければ、ついてきなさい。あなたは神になるのよ」
なぜ…
「なぜ私なのですか。なぜ冬火ではなく…」
神は、その方が美しくなるから、と答えた。
「さあ、選びなさい。このまま死ぬか、神となってみなを助けるか」
冬火は手を離さない。私は冬火の手をそっと外す。
そして天上大御神に手を伸ばす。
「どうか、どうか冬火を助けてください。みんなを助けてください」
天上大御神はにっこりと笑って私の手を引いた。
ごめんなさい、冬火。私はあなたを見守っているからね。
さようなら。