皇女 六花姫
わたくしは皇女ではない。
資格も火羽で、鳩もいない。
お母さまは皇女で、華宮の管理をしていたからわたくしが後宮に居るというだけだ。
けれどお母さまも皇女さまもわたくしを皇女として扱う。
わたくしはそれが、とてもいやだ。
「六花、喜びなさい。あなたに縁談です」
縁談…?
確かにもう十五で、そんな話が出てもおかしくはない。けれど、わたくしと年齢が釣り合う未婚の三家の方はいたかしら?
「どなたですか?」
母はにこにこしていた。
「桜家の祐。あなたと同い年の、幽宮の主でございます」
わたくしは絶句した。
その方は、後宮における今世代最大の禁忌の一つだ。
なぜその方と?
祐殿に不満はない。けれど、母の考えがわからない。
けれど逆らえるはずもない。”お母さま”はわたくしをとらえているのだから。
「では、一つお願いをいたします」
「お初にお目にかかりまする。水華の六花と申します、祐」
祐は牢屋と見まがうような暗い部屋にいた。
これで”内親王”の婚約者とは笑いものになる。
「なぜここにいらしたのですか」
生気のない瞳。けれどわたくしはこの方を支えることができる。
「祐の婚約者に内定いたしましたことをご報告しにまいりました。」
祐はまだ反応がない。
「あなたはここから出て、華宮に行くのです」
「なぜ外に出したのですか」
「さっきも言ったじゃないの。あなたはわたくしの婚約者なのですよ」
祐はとりあえず衣を改めて座っていた。
「たしかに、でなければこんな卑賎の身のものに御簾も几帳もなしにお会いになってくださるはずがありませんよね」
わたくしは笑いがこみあげてきてくすくす笑ってしまう。
「あら、あなたは卑賎の身ではないわよ。”本来の”身分であってもれっきとした桜家ではないの。それに、お母さまが仰ったもの。」
笑いが止まらない。
「では、そういうことで。会いに来たくなったら会いに来るといいわ。侍女もつけるから、用があったら言いなさい。人に会いたいというのも、なるべくかなえるわ。あなたの願いをかなえるから、どうかここにいてね」
立ち去ろうとしたときに、はじめて祐がじぶんから口を開いた。
「あなたさまは、なぜそこまでして…」
ああ、この方はやっぱりいい人だ。きっと理解できる。
「わたくしは火羽の内親王だもの」
しばらくは日々は穏やかに過ぎて行った。
ときどき祐と話して、皇女として後宮の管理をして。
かわいい皇女さまと過ごして。
やがて、皇女さまつきだった双葉が入内した。
「祝言っていつにする?」
いきなりだと思いつつ佑に提案すると、やはり驚かれた。
「なんでそんないきなり…」
ある程度はいきなりではない。
本来ならとっくに結婚していておかしくはない。ただ佑を優先して後回しにしていただけだ。
「別にいきなりではないわ。そもそも同じ屋敷に血縁のない男女が一緒に住んでいるのよ。」
それはそうかと佑は納得する。
「もしわたくしたちが結婚したなら後宮を出て華家の屋敷のどこかを使っていいと華の方から許可はいただいているわ。」
そもそもあんまりに長くここに留まるのもをが引ける。
「なんでそんなにいきなり乗り気なの…」
「別にいきなりじゃないわよ。わたくしはあなたと理解しあえると思っているから。」
だから、佑が離れていかないか心配。
今は祐に無理を言ってここにいてもらっているだけだ。いついなくなってしまうかわからない。
わたくしはあなたに離れていかれるのがいちばんこわい。
だから離れて行かないで。
幸い今は京姫が失踪したという混乱も落ち着いているし、風宮さまが無事華の方になって、その妃に双葉ともう一人がなって、混乱はない。
結婚するならよい頃合いだ。
「ここよ」
華の方に与えられた屋敷は、二人で住むにはそこそこ立派だった。
「あの、風の、華の方からきいたんだけど」
「うん。」
今気がついたけれど、佑の方が背が高いんだ。
「六花姫さまは侍女をつけていないって。皇女なのに」
最後の言葉には目を凍り付かせてしまった。
「六花姫さまなんて言わないで。もうあなたの妻じゃない。そうね…」
そもそもつける気はなかった。お母さまと違って皇女ではないから、皇族に使える人たちを使うのは気が引けたとか色々あったけれど。
「困らなかったから」
いつかは皇女ではなくてどこかの女主人になるという覚悟があるのなら、後宮に未練を残すべきではないと思った。
「ふーん」
佑のこのほんの少しだけ興味のなさそうなところに救われた。
お母さまはこういうところを知っていて祐を許嫁にしたのだろうか。
まあ、考え過ぎか。
こうしたのんびりしたところがかわいらしい。
ずっとこうして過ごしていたい。
「どうして、六花姫はこの結婚を承諾したのですか?火羽なら断ることもできなくもなかったですよね」
いつかは聞かれると思っていた。だからまるで台本を読んでいるような答えになってしまうけれど、それでも本心。わたくしは祐を見つめた。
「あなたをかわいそうだと思った。そして、あなたと結婚したいと思った。」
「同情?」
ああ、なんでかな。祐と話していると笑いがこみあげてくる。
「そうといえばそうよ。そしてあなたと話すのがたのしいの。」
あなたの存在がどれほどわたくしにとって救いかあなたは知らないでしょう?
皇女皇女といわれても決してそうではない。
お父さまからも言われた。わたくしはきっと厳しい立場になるって。
そして誰からも火羽として扱われなかった。
だれからも、見てもらえなかった。
そんなわたくしに失うものがない祐はまっすぐ聞いてきた。こちらを見て、まっすぐ聞いてきた。
命知らずって言ったらそれまでだけれど、でも、本当にうれしかったの。
それからしばらくして、わたくしには子どもができた。華家の娘、蛍だ。
ふくざつな立場の娘を抱えることとなった。
華の方たちからの支援もあって暮らしもある程度裕福だが、いつまで続くかわからない。
だから娘には少し厳しく養育することになってしまった。
普通に貴族の娘として求められる教養に加えて商人が受けるような教育まで。
正直感謝されるようなことではなかったと思うし、反発されて当然だと思う。
それでもわが子はかわいかったし、しあわせに過ごせていた。
あの時かわいらしい子供だった双葉は皇后になった。
姫巫女さまは別邸に移り、小夜は中央京家をつくった。
中央京家は、もっとはやくできていればよかったと思ってしまう。
それが人の支えになればいいと願う。
きっとわたくしのように受け入れられる人は少ないでしょう。
きっと大半の娘は反発する。それを悪いこととは思わない。当然だ。
けれどその嫌な環境の中で、京家が希望になればいい。
きっとわたくしたちが主人公になることはない。
それでもどこかの主人公の礎を作れるといいな。