双子の姉妹
「綾、瀬名。あなたたちのどちらかは入内しどちらかは風の方の奥方となります。そのためにしっかりとお勉強なさい。」
お母さまにそう言われたのは、いつだったかもう覚えていない。
二人で神妙にうなずいたものだ。
そんな日々が続いて、いつかはどちらかが結婚するのだと、そう信じていたのが今となってはばからしい。
「綾。」
穏やかに微笑んでこちらにやってくるのは瀬名。
わたしの妹だ。穏やかな容姿をしていて、怒るところも感情が揺れ動くところも見たことがない。
「瀬名。どうかしたの?」
侍女を五人も引き連れて。全くいつも減らしたらと提案しているのに。
「いいえ。お姉さまをお見かけしたので声をかけたまででよ。本日の作業は終われたのですか?」
桜家の姫君として桜色の衣を身にまとっている瀬名。
比べるとどうしても見劣りしてしまう。この穏やかさには。
きっと瀬名が入内するのだろうな。
「そう。庭の鯉でも眺めようかと思ってね。瀬名も見ていく?」
瀬名は相変わらず笑ったまま。
「いいえ。鯉より”こい”を眺めるのが好きですから」
うふふと笑う妹。
本当、何を考えているのかわからない妹だ。
「あら綾おかえり。」
笑顔で出迎えてくれたのはお母さま、椿。
「ただ今戻りました。お手伝いしましょうか?」
お母さまは領地を離れがちなお父様に変わって領地を管理している。
「いいわ。それより箏の練習でもしておきなさい」
琴の箏。わたしが唯一弾ける楽器だ。
舞踊も書もてんでできないが事務作業や琴、掃除や人を使うのは得意で、お母さまからは女主人に向いているといわれていた。
お母さまは出身家にふさわしくおとなしく何でも進んで行う人だった。
瀬名は何が得意なのか、よくわからない。
何でもそつなくこなしていて、好きも嫌いも言ったことがないような子だったから。
そうして日々は穏やかに過ぎて結婚相手が決まるのだと、思っていた。
ある日庭の方の廊下を歩いていると、瀬名が誰かと立っているのを見かけた。
慌てて物陰から覗いてみると、庭師の息子だった。
庭師の息子が笑いかけながら花を差し出すと瀬名がそれをはにかみながら受け取る。
しかし庭師が去ったあと、瀬名は無表情になってその花を捨てて踏み潰してから火に焚べたのだ。
瀬名が何をしているのか、理解できなかった。
瀬名は何も考えていないようないつもの表情で部屋に戻っていった。
その後ろ姿を見て、瀬名は今までずっと目が笑っていないことに気が付いた。
噓笑いだと表情が出るのが早くすぐに消え、目の周りの筋肉が動かない。
それに気が付いた人物はどれだけいただろうか。
目に見えて瀬名の評判は下がって行った。
やがてお母さまの耳に入ることになった。
お母さまは怒って、すぐに瀬名を呼び出したが瀬名は何も答えなくて、答えてものらりくらりと交わし続け、まるで会話になっていなかった。
「瀬名、あなたには失望したわ。」
そうして瀬名は身分や何もかもを所持したまま桜家の別邸に送られることになった。
「瀬名、どうして否定しなかったの。瀬名はもらった花を灰にしていたじゃない。本当に懸想していたの?」
瀬名はその質問には答えなかった。けれどたった一言だけ。
「これでお姉さまを守れたね」
と、無表情に言ったのだ。
「なぜ会話を成立させなかったの。言い訳をすればよかったのに」
「お姉さまも、それで何かが変わるわけではないとご存じでしょう?無駄なことをするべきではないわ」
瀬名は初めて、目を細めて本当に笑ったのだ。
しばらくしから瀬名は塔から飛び降りて、死んだ。
お母さまはそれ以来ずっと沈んだままだった。
とても仕事ができる状態ではなかったので領主夫人代行としてわたしが管理をするようになっていった。
「どうして、こうなってしまったのかしらね」
お母さまが口を開いた。
「あの方とも結ばれず、娘は裏切り。」
そういえば、お母さまは元々くらいの低い分家の出身だが本家周りのごたごたで無理矢理本家であった桜家に嫁がされたのだ。当時の許嫁とも引き剥がされ、身分の高い人の正妻に。
「お母さま。」
「いい、綾。よく覚えておきなさい。私たちは男に頼らなければ生きていけないわ。それを肝に銘じなさい。男に言われたことは拒否できない。それが女の生きる道なの。」
そう言った母は、わたしが風の方の子供と結婚すると前後して、この世を去った。
瀬名はどうしてあんなことをしたのだろう。
手がかりが少なすぎる。
けれどわかるのは、瀬名はあの庭師に何か感情を抱いていたわけではないということ。
そして、瀬名が何より守りたかったのは自惚れかもしれないがわたしだということ。
捻くれていて無口で何を考えているのかわからなくて、本当の弱みを人に見せた事のない瀬名。せれど彼女は確かにわたしを守った。
そしてら悪人のままいなくなってしまった。
これ以上わたしに迷惑をかけないようにとでも言うように。
ねえ瀬名。わたしはさ、あなたのことが大切だったよ。
だから、安心してね。
私があなたのかなえたかったことをかなえるから。
たとえどんなに時が経っていたとしても、私の心の一部は今もあの庭を思い返している。