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女優さんがいた。確かその劇は色々な地域を回っていて、たまたま私の住んでいた地域にやってきていた。


内容は覚えていない。なんとなく美しい悲しいお話だったとだけ。


その主役の女の人は,とても美しかった。最後に何かの台詞を言って倒れるところが本当に美しくて、私は手が痛くなるまで手を叩いた。そのときに私は女優になりたいと思ったのだ。


それから三年たち、親が亡くなり演劇学校を退学することになった。


そんな私に、あの方が手を差し伸べてくれたのだ。女優よりも演技を必要とされる場に。




雨が降っていた。


今の私の気持ちに合った、しとしと降る鬱陶しい雨。


「このまま消えてしまいたい」


口に出たその望みは決してかなうことはないものだ。


父と母が死んで、お葬式をした帰りだった。


「あの子、これからどうするのかしら」


「女優になるのだと言っていたらしいわよ」


そんな小さくない声が聞こえてくる。


私は耳がよくて、少しでも聞こえる会話なら内容を知ることができた。


そんなことをしていたから、見つかったのだと思う。


「初めまして。あなたがここの喪主?」


そう声をかけてきたのは使用人を引き連れた佳人だった。透けるようなうす水色の衣を重ねていて、髪が長い。


「そうです。あめですので中へどうぞ」


見た限り貴族だけれど、親戚にそんな人はいたかしら。


その人は首を振った。


「ここでいいわ。名乗るのが遅れたわね。わたくしは水華の春花宮(はるはなのみや)。水の方の正室にして華の方の妹。あなたを迎えに来たわ。」


まさか、空の上の人とは思わなかった。


「ご無礼をお許しください。」


春花と名乗ったその方は首を振った。


「それよりあなたに提案があるの。あなた、わたくしとともに来ない?暮らしに不自由はさせないし、同じような立場の子もいるわ。」


なぜだか、悪くない気がした。


「なぜですか。私は女優になりたいのです。行く必要はありません」


けれどその人は首を振った。長い髪がふわふわゆれる。


「いいえ。女優よりずっと演技が必要です。ひと時たりとも演技をやめることはできません。あなたには…」


そう言いかけた彼女のことばを人が来る気配がしたから制した。それが彼女が私を見出すきっかけになったのだ。


「素晴らしいわ。やはり一緒に来なさい。」


命令されれば断わることができないなど知っているだろうに。


「命令とあらば」


そうして、水家に引き取られたのだ。



引き取られ送られたた先は別邸の一つだった。


そこではみんな名がなくただあだ名で呼ばれた。


しかもそれは3,4日ごとに変えなければいけなかったが3回目になるころには呼び間違えることもなくなった。


なぜ集められたのかを知ったのは、4か月した後だった。


教えてくれたのは後に梨花(りんか)になる子だった。


「私たちは間諜になるためにここにいるんだよ。」


知らなかった?と首をかしげる彼女はここにふさわしくなく際立って綺麗だった。


きっと奥方様にはかなわないし奥方様ですらそれ以上に美しい人を見たことがある。


けれどこの中ではとても特徴的で覚えやすい顔をしていた。


それが不満だと常々こぼしていた。



「いやああ!」


声が聞こえた。


確か今日は里弥という子。その子が髪を引かれている。


体はあざだらけで顔だけがきれいだった。


「おとなしくしなさい。もうあなたは見つかったのです。これで三度目です。今度こそ許すわけにはいきません」


教員が残酷に宣言し、屋敷の奥に連れていかれる。


里弥の叫び声だけが後々まで残っていた。


「里弥は、どういうこと」


のちの藍に聞くと、その目から感情をなくして教えてくれた。


「三回、任務に失敗するとああなるのよー。座敷牢に入れられて絶食で死ぬのー。一回目は5日、二回目は10日だから気をつけなよー。」


そうして何人もいなくなって、一人の子が連れてこられた。


びっくりするほど特徴のない顔に光のない目。それだけ見ればほかのこと何も変わらない。


けれど驚くほど表情がなく、間諜に向いていた。


人数の関係でそのこと同じ部屋になった。


「よろしく」


口数は少なく話すのもゆっくりだったが本当にきれいに見えた。


「さっそく初めての課題だけれど、一緒になったからよろしくね。」


そうして二人で任務に向かった。


「こっち」


何人かに見つかったな。


こっちに来ている足音は2つ、向こうは4つ。


これなら撒けると判断して木に登った。


「さあ、はやく」


けれど彼女はなかなか登れずに苦心していた。


おりて手助けしようと思ったが間に合わない。


「早く。」


けれど彼女は首を振った。


「あなただけでも逃げて。わたしはまだほとんど知らないから拷問されても吐くことがない。戸籍も残ってる。はやく逃げて」


そう言いあっている最中に矢が飛んできた。


彼女は背中を貫かれて倒れた。


それを見た人々は私を探しに散る。


その隙に彼女を抱えて一応の避難場まで進む。


「毒矢ね」


矢尻が肩に行っている。


ここでは処置できない。この程度の毒なら3か月した人なら克服している。


けれど彼女はそうではない。そもそも失血的に助からない。


「逃げて。血痕で足が付く。」


「あなたをおいていくなんてできるはずがないでしょう」


けれどあたまではわかっている。ここにいてはいけない。一刻も早く離れないと。


彼女は結局半刻しない内に絶命した。



やがて何人も脱落していき、残ったのは私を含めた4人だけになった。


にこにこしているけれど察しがよく明るいがその分人を懐柔するのがうまい子と、語尾を伸ばす癖があるが潜入は得意な少し年上の子、成績優秀な優しいが少し年下の子。


私はもともとの素質を生かして演技を得意としていて特殊化粧や所作だけはいじることができた。


それに加えて私は耳がよく、座学を差し引けば一位だった。


任務形式の課題も増えて行ったころ、正式な任務が言い渡された。


「"卒業"し、正式な間諜となり後宮に潜入せよ」




卒業はあっけなかった。


もともとひっそりと始まった学校生活は終わりもあっけなかった。


卒業にあたって全員が髪を切られた。


ぎりぎりくくれるぐらいの短さで、全員に鬘が支給された。


曰く、一番効果的な変装だからと。


私たちはすり合わせてそれぞれ別の家につてを作り、後宮に潜入した。


ここに来るまでに死んだ子たちが戻ることはないし、元の生活に戻ることはない。


それでもせめて彼女だけでも弔おうという気になっていた。


だから、さようなら。

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