獅子が喰らうは教徒か兎か。
ライブ会場なる場所には多くの惑星が集まっていた。勿論地球もその場にいる。地球の歩く先にいる惑星に、自身の手がこれから起こるであろう面白いことへの興奮で震えた。スマホを弄りながら入場時間を待つ惑星こそ、地球の目の敵にしている水星だ。
「あと何時間だろ…太陽にやっと会える、楽しみすぎる〜〜!!」
カバンの中に仕舞われた太陽のグッズたちにほくほくとしながら歩く地球が顔を上げると、丁度視界に入った惑星が、水星がツイートしていた容貌と一致していた。水色の髪に青いスカート。白いブラウスに、オレンジの太陽が初めて出した法被。自分は古参ですよアピールが強い。こいつは水星だ。地球はそう確信つつも、やはり信じられないようで狼狽えていた。
「…水星…!?」
聞こえてしまったのか、水星はスマホを見る手を止めて地球に目を向けた。足から頭の先までジロジロ見ると、鼻で笑ってまたスマホに目を向けた。
「…な、なんですか…?」
「…あんた、それで太陽推し?だっさ、芋すぎでしょ」
警戒しながら鼻で笑った意図を問うと、水星は嘲笑しながら地球を貶した。一応言っておくが、初対面である。もう一度言おう。初対面である。
「…は?なんですか急に」
「てか新参?にわか?まさか中堅?」
怒りを抑えようとしている地球を半笑いで更に煽る水星。古参という選択肢以外を口にするところがいい性格をしている。ちなみに褒めてはいない。
「ちゅ、ちゅうけ…?失礼過ぎません!?私、どちらかといえば古参な方ですけど!」
地球の言葉に心底興味がなさそうにスマホを弄る水星。どうでも良さそうな投稿ばかりを流し見している。
「へー、じゃあ太陽とのツーショチェキ持ってんの?好きな缶バッチのビジュは?最初のビジュしか勝たんなんですけど、持ってます〜?」
古参マウントの典型である。初期のグッズを自分が持っているからとそれを持っていない新規を見下すそれ。今の時代、初期のグッズなんて売っている場所やらサイトを探せば一発だろうに。今頃ご乱心であろう地球の心の声に耳を傾けてみる。面白さが減ってしまうからいつもならしないが、今回ばかりは聞いたほうが絶対面白い。
は…はあ!?マウント!?ありえないんだけど、話すのはこれが初めてなわけで、初対面でここまで言うって…モラルなさすぎじゃない!?厄介オタクすぎるでしょ!てか普通にこんな害悪消えたほうが良くない?絶対私のほうが可愛いし良い子なのになんでこいつなの?は?どうせ貢いでる金も全部そこらのおっさ___。
このぐらいにしておこう。これ以上は教育に良くない。誰のって?気にしなくてもいいじゃないか。そんな話は置いておいて。やはり怒りは限界なようだ。もしかすると、煽り合いの合戦になるのではないだろうか。そう思っていればやはり、闘気に溢れた目で水星に向き合う地球に、無意識に口角が上がった。
「え、すみません、そのグッズマルカリとかで集めたんですか?初めて出したビジュにしては量多すぎません?通販ですか?古参アピ大変ですね。お疲れ様です〜〜〜」
「は?なにあんた。どうせ認知もされてないくせに。何回ライブに行っても認知されないもんねそっちこそお疲れ〜〜〜」
「は!?認知とか関係ないでしょこのおばさんが死___」
物騒な発言をしようとしたところで、無機質な音が遮った。開場アナウンスだろう。いいところだったというのに。
「ご来場の皆様に、お知らせ申し上げます。本日公演の、太陽〜ひまわりのマーチ〜は、17時より開場いたします」
二人は無言で睨み合いながら中へと入って行った。そんな二人を横目に見つつ、実はこの二人仲良いんじゃないのか。なんて思いながら千里の監視に行くことにした。ライブの内容に興味はない。
人間__千里は、見に行けば窓から外を眺めていた。なにを見ているのか首を傾げれば、ぽつりと呟いた。
「…家の中なのにめっちゃ暑い…陽炎やばくない…?建物が全部揺れて見える…外にいる人いんの?外出ても大丈夫なのかな…」
カーテンを閉めた千里は胡座をかいてテレビを点けた。丁度夕方のニュースが始まったところだった。
「時刻は16時40分を回りました。おかえりなさい。只今の気温は52度となります。水分補給をこまめにとってください」
「52!?外出たら肌燃えるんじゃないの!?…地球温暖化がまさかこんなにも酷くなるとは思わなかったな…」
珍しくも大きくリアクションをして顎を撫でる千里に口角を上げつつ、ライブ中だから今は特に暑いだろうな、と外に目をやる。ああ、日本より暑いところでは死人も出ているな。日本に住んでいてよかったなお前。
「次のニュースです。病院に搬送される方が続々。火傷による負傷とのことです。不要な外出はお控えください」
「火傷って…日差しで…?」
目を見開いて咥えたばかりの棒状のお菓子を足の上に落とす千里。植物なんてほぼ見かけないコンクリートだらけのこの場所で、そうならないほうがおかしいと思うけどな。それよりもこのお菓子の方が気になる。
外の気温が56になったところで、そろそろライブも終わるだろうと千里の持っていた袋からお菓子を一本咥えて外へ出た。
うま。
食べ終わる頃、黄色い歓声がどんどん大きくなる事に気がついた。
「今日はありがと〜〜〜!!また会お〜〜〜!!」
より大きくなる歓声に包まれて太陽は裏へと引っ込んでいった。耳と記憶力を少しだけ与えた一部を太陽のもとに行かせ、太陽ではなく月にくっつくよう指示を出してから地球の監視に戻った。
「…よかった。なにあれよかった。は〜〜〜〜〜〜〜!!まじでよかった!!なにあれ!!まじで太陽好きすぎる。てか愛してる。結婚してえ〜〜〜〜〜〜!!!!次いつまた会える!?早く発表こ〜〜〜い!!」
太陽のライブを噛み締めている地球をちらりと見やる。生物たちは規格外の暑さに驚愕しているというのに呑気なものだ。にしても、おかしいな。本来なら、地球自身にもこの異様な気温は伝わっているはず。ほぼ病人と何ら変わらない。そのはずなのに普通に過ごす惑星に肩が震えた。
後ろをつけているあの惑星も関与しているのだろうか。聴覚を共有して未だ太陽への愛を独り言として呟き続ける地球を見つめた。
「…地球さん、今日も可愛かったなあ…!お気をつけて帰ってくださいね…!世の中は危ない人で溢れてますから…!…にしても、今日も太陽さんの色に染まっているんですね…。そのまま地球さんは、ずっと太陽さんを好きでいてくれないと…」
心酔したように酷く恍惚とした表情と声音でぽつり呟かれた一言に、また口角が上がったことがわかった。
「…なんか、今日寒くない?」
つくづく可哀想な惑星を鼻歌交じりでついていく。
後ろにいるのは、はて、誰だったかな。