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神と選別者と教徒。

好奇心が旺盛なので、地球が推している太陽という惑星を眺めに行くことにした。丁度撮影が終わったタイミングだったらしく、楽屋へと歩いていく背中が見えた。


楽屋に入ろうとした瞬間、スタッフであろう惑星から箱を受け取った惑星。ファンレターBOXと書いてあるそれを受け取ったということは、やはりこの惑星が太陽なのだろう。


「あ、ファンレターですか?ありがとうございます〜。じゃ、お先に失礼しま〜す!お疲れ様で~す」


そう言いながら楽屋に入り、ふぅ、と息を吐きながら、箱に入っている手紙を一通手に取る。橙色の髪を後ろで結んだ惑星は、嬉しそうに手紙を広げた。


「水星さん!いつも前にいる人!…太陽くんへ、一生愛し続けます、誰かと付き合ったら絶対許さないからね、愛してる愛してる愛してる……俺のことすっごい応援してくれてるんだ!次のファンレター見よ!」


裏面にも続く愛してるの文字を確認して、少し間を開けてからにっこりと笑って手紙を置いた。この惑星はどこまでも明るく前向きである。


「今度は…あ!この人俺が頑張ってるとこたくさん褒めてくれてる!すごく嬉しいな~!…地球…さん…ありがとうございます!」


目の前に本人がいなくとも感謝を口にするこの惑星こそ、太陽である。”常日頃からファンのことを考え、ファンのことを想い、ファンのために活動する。そうでなければ、太陽ではない。”それがこの惑星の決め事である。


「失礼しまーす。太陽さん明日の予定です〜」


ノックをしてから入ってきたのは、太陽のマネージャーである月だ。


「あ!月さんいつもありがとうございます!」


「マネージャーですからね〜っと。…あ、ファンレター届きました?」


誇らしげにそう言うと、太陽が持っているファンレターが目に入ったようで、首を傾げた。


「はい!皆さんホントにすごく優しい方ばかりで…ほら、この地球さんとか…!」


ちょうど手に持っていた手紙を指す地球に反応して、カバンからペットボトルを出そうとしていた動きを止め、顔を上げる。


「…地球さん?」


「はい!俺が頑張ったとこをたくさん褒めてくれてるんです!」


「…あー、そうですか。ところで、その…得体のしれなさそうな紙は?」


月は話題を逸らすように…いや、太陽の意識を逸らすために、机上に置かれた水星からの手紙を指差す。


「ああ、水星さんです!俺のことすごく応援してくれてるんだなって思ってます!」


「もはや呪いの手紙ですよそれ…。そんなの受け取って大丈夫なんですか?体調に異変ないですよね?!」


体調管理もマネージャーの仕事であると考えている月は、慌てた様子で太陽に近づく。


「ないですよ〜、月さんは心配性ですね!」


「太陽さんはほんとにポジティブなんですから…。もうそろそろ時間なので、次のスタジオに移動してください」


「あ、もうそんな時間か、ありがとうございます!」


ポジティブで済ませて良い度合いを超えている気もするが、いつものことらしく月は諦めたように肩を落とした。荷物をまとめて急いで楽屋を出る太陽の背が扉に吸い込まれていくのを見届けて、机上の箱にまとめられたファンレターを一つ手に取る。


「…地球さん、やっぱり僕よりも太陽さんのほうが好きなんでしょうね…。でも僕は、そんなあなたが好きだから…」


そう言って月は、地球が綺麗に書いたファンレターを破き、ジップロックに入れた。カバンに入れてから箱を持ち、太陽を追いかけるように扉へと足を向けた。丁度、ライブの一週間前の出来事である。


一方その頃の地球はというと。自身が送ったファンレター…地球にとってのラブレターを破られたことなど露知らず、にこにことご機嫌な様子で曲や振りの履修をしたり練習をしていた。待ち侘びたその日の前日、地球は荷物をまとめていた。


たかがライブだと舐めてかかれば、精神的に死ぬのはこちらだろう。それほど太陽推しアピールが強い地球である。自作のリストで確認しながらパッキングするものの、楽しみな気持ちと忘れ物がないかという不安で板挟みである。


「いよいよ明日か...!待って、痛バあれで良かったっけ、てか参戦服これでよかったっけ!?不安でしかない!!怖い怖い怖い、ツイッターに逃げよ」


スマホを取り出し弄り始めてすぐ、顔をしかめた。


「…げ、水星と被るじゃん。あっぶな〜、こっちじゃなくてあっちにしよ」


そう言いながら痛バの缶バたちを解体していく。勝手に画面を覗き込めば、映し出されているのは、地球が今解体しているものと同じ形のカバン。大きく大容量であることがよく分かるそれは、使い易さの代償に被りやすいのだろう。ブランドとやらが有名らしく、他にも同じものを使っている惑星たちもいた。


伏し目がちに地球を見れば、違うものでもやはり大きい痛バを準備している様子が伺えた。こいつの肩は何でできているんだ。土と木と水か。肩紐が当たる地域の生物の心配はしなくてもいいのか。確認せずとも生物の死ぬ声は絶えず色んな地域から聞こえるものだから、肩紐でどこかの地域が消えたところで変わりはしないか、と今日の観察はこのくらいで終わらせることにした。


なにせ、今はあの太陽と月という興味のそそられる惑星が二つ存在しているのだから。




ーー




「僕飲み物買ってきますね〜」


「あ、月さん、すみません今いいですか?」


「え?はい、どうしました?」


また別の楽屋で、出番が来る前に月が自販機に向かおうとしたところだった。太陽が呼び止めると、月は人当たりの良い笑顔を太陽に向けた。けれど、太陽の顔は浮かない。


「ファンレターの件なんですけど…」


ファンレター。その単語に、月のこめかみにじんわりと汗が浮かんだ。


「…まさかあの呪いみたいな手紙で体調崩したんですか!?」


「いえ元気です!そうじゃなくて、地球さんからの手紙だけ、どこか行っちゃったみたいで…知りませんか?」


月に目を向けず箱の中を漁る太陽は、月の言葉に即答して問題を口にする。太陽の目に、動揺を顕にした月は映らない。惜しいなぁ。


「…いや〜…?知らないですけど…こちらでも探しときますね…!」


「はい、ありがとうございます…」


「太陽さん出番で〜す」


「あ、は〜い!」


顎に手を当てて俯く月に目を向けず、そのまま太陽は楽屋を出ていった。ポタッと一粒汗が床に落ちたことで、月の体がやっと動いた。深呼吸を何度か繰り返し、ないはずの心臓がどくどくと鳴り響いているような感覚に気持ちの悪さを覚える。


「…太陽さん、地球さん、すみません、やっぱり、僕は嫌だ…今回も、地球さんのことをすぐ忘れてくれるといいんですけどね…」


月は少しだけ笑った。自身の感じる気持ち悪さより、背徳感に浸っているのだ。それとともに優越感も抱いているのは無自覚だろう。初犯ではない。


地球は、本来ならすでに認知されていてもおかしくないだろう。それでも認知されていないのは、月が原因だろう。だからといってなにをするわけでもなければ、ある意味この月のお陰で均衡は保たれている。それ故に、月がいなくなれば…それもそれで面白いだろうな。

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