地球は同担拒否のリアコでした。
これは、太陽のガチオタでリアコな地球が死ぬまでの物語であり、地球温暖化が進んだ結果である。
太陽のグッズが壁から床、棚、布団の上と、あらゆる場所に散りばめられた部屋。そこで太陽のイメージカラーである、オレンジ色のクッションに体を預けている惑星。これまたオレンジ色のジェラピケやヘアバンドを身につけて、少しくすんだ青色の髪を一つにまとめた地球がスマホの画面を片手で操作している。壁は白色で床はフローリングなのがまだ目に優しいこの部屋で、地球は過ごしている。
スマホを操作していた地球が、レンズ一枚奥の瞳を輝かせて言った。
「は!?待って待って何このビジュ!良すぎでしょ!次のライブこのビジュってマ!?ライブ全通するしかないわ!そうとなれば、またお金稼がないと!」
また画面に指を滑らせて、途中で手を止める。今度は、不機嫌そうに眉間に皺を寄せた。
「うーわまたこいつかよ、萎えるって。まじでやだ。私の方が水星なんかよりビジュいいじゃん!なんで太陽は私より水星ばっかなわけ!?意味わかんないってもー!!」
どうやら、同担で強オタ最古参である、水星の投稿が視界に入ったらしい。スマホを耳に当てた地球は、オタ友である海王星に電話をかけているようだ。
「もしもし海王星!?ちょっと聞いてくんない!?」
「もし〜?地球?どった?また水星絡み?」
「そう!!同担全員マジでいらない!!」
「これは重症だね」
同担拒否を炸裂している地球の目には、殺意が滲み出ている。それを笑って吹き飛ばす海王星は、長い付き合いだからこそできることだろう。
「ほんとに意味わかんない、なに、B専ってこと?は?なんで最近水星ばっかなわけ?どうせ今度のライブもアリーナ最前だろ?まじでどこルートでチケ買ってんだか」
苛立ちを隠すこともせず、画面に爪を立てる地球。もうヒビ割れている画面は、何度も落としたからだけなのだろうか。
海王星はスマホの画面を操作して、誰のことを言っているのかDMを遡る。
「…あ、この人?やば、これCDどんだけ積んでんの?」
「上限の50だってさ。どっから出んのよその金は」
「やばまじだ…え、反応もらってんじゃん」
本当に上限まで積んでいる投稿を目にして、純粋に笑っていた口角を引き攣らせる海王星。それもそうだろう。水星は毎回、上限まで積んでいるのだから。
「…水星ってさー、最古参で、握手会もライブもツアーも全通、更に握手会では鍵開けと鍵閉め合わせて必ず30は回るらしい。本人が言ってた。さすがに盛ってると思ったけど、それに反応してた太陽は何も言ってないし…多分マジ」
うなだれる地球に、自分の同担がそうだったらと考えて吐き気を催す海王星。この二人…いや、二つの惑星は、それぞれ太陽と火星のリアコであり、ガチオタであり、同担拒否である。
「…つら」
「まじでな?あんたんとこはいいよね〜。民度良いし」
「そうでしょ?そっちはまた、同担拒否こじらせて太陽降りようとして、失敗するに一票〜」
「最終的にはいつもそうじゃん、なに喧嘩売ってる?」
笑いながらいつもの流れになることを予想する海王星に、地球はスマホ越しに拳を握る。
「それよりさ、太陽のライブってクソ暑いらしいじゃん?あんたんとこに住んでる生物は大丈夫なわけ?」
これまた軽く受け流す海王星はさすがとしか言えない。地球は胸の高さまで上げていた拳を下ろした。
「…水星に対抗して前より早い段階からイベン卜行ってんだけどさ、やっぱ生物はきつそうだわ」
「ええ…それいいわけ?」
「まあ別に、というか、早い段階にしたって言ってもまじで一日とかそこらだからね?二酸化炭素の排出量が高すぎんだっての」
またイライラした様子で机を指で叩く地球。人間に対しての苛立ちや不満が見て取れる。二酸化炭素が増え続けていることで、地球自身の体温が上がりやすくなり、そのせいで以前より汗をかきやすくなってしまったからだ。最近化粧を直す頻度が高まったのも、それが原因だろう。
「てか、あたしら最後に会ったのっていつ?」
海王星はイライラしている地球の話を変える。
「あの日以来会ってないでしょ何いってんの?あたしらツイッターででしか絡みなかったじゃん」
「今Xな?会った気になってたわー」
その瞬間、海王星は地球の地雷を踏み抜いたらしく、地球は机を強く殴り__台パンをした。
「いつでも心は青い鳥でしょ!?何いってんの!?」
「ツイッターガチ勢かよ」
地球の勢いに笑う海王星。また地雷に触れたらしく、地球が声を荒げた。
「は?あたしらみんなツイッターで育ってきただろ!親の顔より見た青い鳥じゃんか!ツイッタラーの誇りは!?ツイ廃極めてきたじゃんか!」
切実な地球に対して、ツイッターにそこまで思い入れのない海王星は、ほんの少しばかりの面倒臭さを感じた。
「んーまあそうね、あ、新ビジュ解禁だっけ?またライブ行くの?毎年行ってるか」
ちょうど目についた地球のRTを見て、海王星はまた話題を変える。
「当たり前でしょ!今年こそは絶対確定もらうんだから!…あっつ、なんか気温上がってきた、扇風機〜!」
「…それ、気候大丈夫?」
ハンディファンをつけて涼む地球に、海王星は地球に住む生物を少し心配した。
「…まあまあまあ、台風起こらない程度にするから」
そう言って強風のまま使い続ける地球に、海王星は肩をすくめた。
一方、生物の方はどうなっているのだろうか。人間を一人だけ監視してみることにした。神経質じゃなくて、人の目に敏感じゃなくて、独り言が多い人間。
選ばれたのは、石口千里、23歳、東京都の比較的治安の良い場所に住んでいる会社員。性別女性、仕事ができるOLに憧れて見た目から変わったものの、ズボラな性格は変わらなくてすぐに諦めたらしい。最近の悩みは外が暑すぎてアイスを買いに行きたくても行けないこと。ちょうどいいからこれでいいか。
布団や床のいたるところに服が脱ぎ捨てられている暗い部屋で布団が動く。千里が風の音で起きたらしい。
「…げ、窓めっちゃ揺れてる、風強いな…え、竜巻起こってる場所あるんだけど」
スマホを開いて天気の確認をする千里は、今はホワイトな会社のお陰で長期休暇中だ。他の人間はきっと、天気より先にネットの海へダイブではないだろうか。人間それぞれか。
「まだ全然春なのに6月くらいの気温じゃない?6月にしては暑さもっとあるけど…今日もアイス買えない…」
寝起き特有の掠れた声でそう呟いて、スマホから手を離し、枕に顔を埋める。二度寝するようだ。
竜巻が起こるほどの強風。そのくらい強くなければ涼しくならないということだから、きっと地球温暖化はかなり危険なところまで来ている、ということだろう。そんなことは私には関係ないので、地球の監視に戻ろうか。
「ツイートツイートふんふふんふふ〜ん」
「ごきげんかよw」
鼻歌交じりにツイートする地球に微笑ましさを感じて笑う海王星。そんな海王星より大きな声で笑う地球に、海王星が目を見開く。
「ちょ、秒で反応すんなし」
笑いながら言う地球に、海王星は首を傾げた。
「え、してないけど…。あんたが前言ってた月じゃない?」
地球が再度確認すると、それは確かに月のもので。
「…マジじゃん」
「なんだっけ、あんたのこと好きなんだっけ?」
「なんか、好きなことに一生懸命で誠実なとこが好きなんだって」
棒読みでリプを返す地球に問いながら、海王星は関心した声を漏らした。
「へえ…なんて返したの?」
「私が好きなのは太陽だから。って」
はっきりとした口調で述べる地球に、海王星は笑いの混じった感心した声を漏らす。
「はへー、それで今もこれか」
「んーまあ、今のとこ被害はないし、別にいいかなって」
「ふーん、まあいいんじゃない?」
興味なさげにそう返す海王星を気にすることなく、地球は鼻歌を唄いながら立ち上がった。
「地球温暖化止まってくんないかな」
千里の部屋に残してきた片耳が、ぽそりとこぼされた呟きを拾って伝えてきた。その後すぐに、地球は伸びをしてから動き出す。
「さーてライブの準備しよ〜!」
千里の願いは叶えられないらしい。