スーパーヒロインから地獄のような殺意が込められた視線で睨まれている件について
わたしはその時、人生最大の窮地に立たされていた。
そこはとあるデパートの洋服売り場で、壁には穴が開いていて、そしてその先には奇怪獣と呼ばれる触手を生やした半分獣で半分機械のような異形の怪物が暴れようとしていたのだけど、わたしのピンチはそれが原因ではない。否、それももちろん充分に危機的な状況ではあるのだけど、違う。
ちょうど壁の穴の付近には、スーパーリカコという名のスーパーヒロインがいて、その奇怪獣が暴れるのを防いでくれていたのだけど、そのスーパーヒロインが、わたしを地獄のような殺意の視線で睨んでいたのだ。
わたしはその時、井野中君という男子生徒とデートをしている最中で、彼はわたしを身を挺して守ってくれていたのだけど、恐らく原因はそれだ。何故、わたしがそう思うのかと言うと、わたしにはその視線に心当たりがあるからだった。
ちょっと前、わたしは井野中君と付き合い始めた。彼がわたしに好意を持っているのは明らかで、別に好みタイプではなかったのだけれど、同じクラスの塚原さんが彼に気があるらしいのが決め手になった。
塚原さんは性格が明るくて活発で勉強もスポーツもできるという非の打ち所がない女の子だ。そんな彼女にわたしは悔しい想いをさせてみたかったのである。付き合い始めて井野中君と教室でイチャイチャしてみると、彼女は地獄のような表情でわたしを睨んでいた。きっと自分を悔しがらせる為にわたしがそんな事をやっていると勘付いていたのだろう。わたしは気分が良かった。
……が、ちょうどその頃から、スーパーリカコが不調になっている事にわたしはまったく気が付いていなかった。いつもは余裕で勝てる奇怪獣にも彼女は苦戦するようになってしまっていたのだ。
まさか、それがわたしの所為だなんて想像もしていなかった。
壁が崩れかけ、井野中君がわたしを抱きしめるようにして守ってくれる。スーパーリカコの殺意の視線が更にきつくなった。塚原さんのあの視線と同じだ。認識阻害がかかっているのだろう。誰も彼女がスーパーリカコだと気が付いていなかった。でも、あの視線は間違いなく彼女だ。それ以外に、わたしがスーパーヒロインから殺意を持たれる理由があるはずがない。
――まずい、殺られる!
わたしは生命の危機を感じていた。ひょっとしたら、奇怪獣が暴れるのにかこつけてわたしを始末する気でいるのかもしれない。
「あのね、井野中君」
このままではまずいと思ったわたしは、彼に話しかけた。
「こんな時になんだけど、わたし達、別れましょう」
そのセリフに、彼女がピクリと反応したのが分かった。身を挺してわたしを守っている彼は驚いた顔を見せた。
「え? どうして?」
そりゃ分からないだろう。わたしはてきとーに誤魔化す。
「だって、今、必死に闘って、わたし達を守ってくれているのはスーパーリカコなのよ? それなのにわたしばかり守られているのじゃ悪いわ。むしろ、彼女こそを応援してあげないと」
訳が分からないといった表情で(無理もない)、彼は言った。
「そりゃ、スーパーリカコには感謝しているけど、どうしてそうなるの?」
「わたしと付き合ったままじゃ、あなたが彼女を心から応援できないからよ」
「いや、でも、僕はスーパーリカコと付き合える訳じゃないし……」
わたしは必死だった。滅茶苦茶な理屈なのを百も承知で言う。
「逆を言えば、それはスーパーリカコがあなたと付き合いたいと言えば、あなたは彼女と付き合っても良いという事よね? あ、わたしとは既に別れている前提ね」
戸惑った口調で彼は返す。
「う…… うん」
と、頷いた。
スーパーリカコはこの会話を聞いているはず。
わたしは思う。
“これでどうだ?!”
そして、その瞬間だった。
ドカンッ!
と、本当に一昔前のギャグマンガの効果音のような音が辺りに響いたのだった。
見ると、スーパーリカコが奇怪獣を拳でぶっ飛ばしていた。顔を真っ赤にしている。ぶっ飛ばされた奇怪獣はピクピクと痙攣していた。スーパーパワーである。
そして彼女はそのまま逃げるように飛び去ってしまった。いや、多分、あれは本当に逃げたのだと思う。照れている。恋愛関係は異常に奥手であるらしい、塚原さん……
そうしてわたしはなんとか危機を脱したのだった。
――次の日、
「ねぇ、僕はどうしても納得できないんだ。なんであれで僕らが別れなくちゃならないのか」
わたしの席に井野中君がやって来てわたしに訴えかけていた。
「それは、なんと言うか、ケジメというか状況というか」
それにわたしは困っていた。
彼が納得できないのはよく分かる。滅茶苦茶だし。でも、ここは納得してもらわなくちゃわたしがピンチなのだ。
塚原さんを見てみる。
彼女は自分の席から、地獄のような視線でわたしを見ていた。
ヒー! 誰か助けてぇ!
と、心の中でわたしは悲鳴を上げる。そして、これからはもう二度と不純で邪な動機で男の子と付き合ったりはしないと強く強く思ったのだった。