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「そういや、エルヴィンが来た頃から隣国との関係がきな臭くなってきていてな。いつ戦争が起きてもおかしくないとまでは言わないが、呆けていられるほどの安寧ではない。そんな感じだった。だが戦争はなかなか起きなかったんだ」
「かりそめの平和か」
「そうだな。まあ、かりそめだとしても平和ではあったからか、エルヴィンとコーデリアの間にも子供ができたんだ」
「ほう」
「末っ娘のケイトリンの二歳下だな。サブリナと名付けられたその娘は、大きくなるにつれてクラウスに懐いてね。将来はクラウスと結婚すると宣言していたよ」
「ふっ」
「可愛いもんだよな。そんな、かりそめだが平和な日々は意外と長く続いた」
「そいつは良かったじゃないか」
「まあな。ただ、末っ娘のケイトリンが、この国で人間が成人と認められる15歳になった年に事件が起きた。魔法学校の最高学年になった彼女らは卒業前に軍事演習をするんだが、その前に帰省休みがあってな」
「ほう」
「その時に友達を連れ帰ったんだよ。魔法学校でケイトリンと同級生の才媛でな。天涯孤独の身の上だったから連れて来たと言っていた。名はシェリー。ウィルの妻でありケイトリンたちの母であるカロリーナに雰囲気がどこか似ている娘でね」
「何かが起きそうな予感がするな」
「全く同じことを思ったよ。嫌な予感ってやつだな」
「ふむ」
「だが幸運なことに表面上は何も起きなかった」
「ほう」
「俺の予感は外れたかと喜んでいたんだが、あくまでも表面上だったんだ」
「と言うと?」
「キースとクラウス、二人の兄弟はまるで示し合わせたかのようにシェリーに惚れちまってたんだ」
「そんな気はしてたよ」
「二人ともなんだかんだで母親が恋しかったのかもな。まあ、悪い予感が当たったって程の悪いことでもなかったんだが、兄弟二人が恋敵ってのも、なあ?」
「まあな。言いたいことは分からんでもない」
「ただ、二人は喧嘩なんかしなかったんだ」
「へえ、話し合いでもしたのか?」
「もしかしたら、そうかもな。二人は競い合うようにアピール合戦をするでもなく、相手の悪事をシェリーに告げて足の引っ張り合いをするでもなく、言い方はおかしいかもしれないが正々堂々と告白をした」
「それは素晴らしい」
「そしてその結果、シェリーは次男のクラウスを選択し、電撃的に婚約したんだ。ただ、どちらも選ばれないってオチの方が良かったかもしれないと今では思うよ」
「そうか」
「帰省休みも終わりに近付き、軍事演習にケイトリンとシェリーが向かうことになるとクラウスが付き添うことになった」
「そういやキースとクラウスは軍に所属してなかったのか?」
「ああ、二人は軍に入らずに戻ってきてウィルの仕事を手伝っていた。だが、魔法学校を卒業してからも教師たちに顔が利いたんだ」
「ほう」
「魔法学校を優秀な成績を修めて卒業したってのもあるが、それは建前だな」
「コネか?」
「ああ。今となっては偉いさんが多くなった初代魔法兵団の皆が知る英雄ウィルの息子であり、その中でもひときわ偉くなったオーウェンの甥というのが大きかっただろうな。クラウスが演習について行っても問題はなかった」
「なんだか問題が起きそうなものだけどな」
「演習に付いて行くってことに関しては本当に何も問題は無かった。だがそれとは別の問題が起こったんだ」
「なんだ?」
「戦争が始まったのさ」
「そいつは間が悪い」
「ああ、いつ開戦してもおかしくはなかったが、良いタイミングではないわな。しかも軍事演習は厄介なことに防衛線付近で行われていてな。俺らの時と同じように学生ながらも戦争に強制参加、そのうえ防衛線付近だから激戦区だったそうだ」
「そうか……」
「クラウスは学生でも軍人でもなかったが、共に戦った。婚約者と妹に力を貸すのは当然だろう。その貸す力も強大なものを持っていたしな」
「へえ」
「正直、あんた程じゃないと思うが、クラウスの魔力所持量は多い。兄妹の中でクラウスは父親であるウィルの魔力量の多さを特に色濃く受け継いでいてな」
「ふむ」
「加えて俺達の時代にはなかった効果が非常に高い強化杖も開発されていた。戦術級強化杖と呼ばれる杖で、使い手を選びこそするが持ち主に強大な力を与えた。それは英雄になれるほどの強大な力だ」
「英雄か……」
「ああ。だが、その強大な力が仇になっちまった。英雄の息子というのもあったんだろうな。クラウスは味方に大いに頼りにされた。いや、頼りにされ過ぎたんだ」
「もしかしてケイトリンも似たような感じか?」
「ああ、その通りだ。兄妹の中でケイトリンはウィルの特性の一つ、身体を巡る魔力循環速度超高速化を可能にする体質を色濃く受け継いだ」
「ほう」
「それは強化杖の速射性と連射性の向上に繋がる。クラウスの様に魔力量が膨大と言える程ではなく、キースの様に魔力を使った後の回復量が超高速では無かった為にウィルの様にはなれなかったが、その特性に期待しない軍部の者はいない」
「だろうな」
「二人は軍部に大いに期待され、その期待通りに、いや、それ以上に働いた。働いちまったんだ」
「悪い流れだな」
「ああ、全くその通りさ。期待は過度になり、重圧は日に日に重くなる。疲労は蓄積され、精神は摩耗していく。そしてそれは些細なミスからですら大きな不幸を呼び込んでしまった」
「やっぱりか……」
「ケイトリンが失明してしまったんだ」
「厳しいな」
「詳細なことは聞けなかったが、クラウスは自分のせいだと悔やんでいた。そして、ケイトリンの失明をきっかけにクラウスとケイトリン、それにシェリーが戦場から帰ってきた」
「そうか」