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地球とは異なる剣と魔法のファンタジーJRPG風の世界。
その世界に数多く有る大陸の一つ、複数の国が覇権を狙うアシェル大陸。
列強国であるイヴァン王国北部の辺境伯領北端には滅多に人の訪れることのない雄大な森が広がっている。
その森の奥にある切り開かれた場所に、ぽつんと建っているログハウス。
そこには少し前から年の離れた男と女が共に暮らしていた。
男の実年齢は四十代後半だが、見た目はせいぜい三十代半ばにしか見えない。
遊び人のような風貌だが、隙の無い目つきや立ち振る舞いは、どことなく凄味がある。
女は二十代半ば、引き締まった身体の美人で、目つきが鋭い。
ただ、男を見る目は愛情に溢れている。
そんな二人が、この場所で暮らし始めてから数週間経った頃に事件は起きた。
その特異な存在に気付いたのは男が先だ。
一瞬、恐怖で身体が硬直したが、精神を奮い立たせる。
男の変化に女が気付き、疑問を投げ掛ける。
「どうしたの?」
「気付かなかったのか?」
「え?」
「凄まじい魔力を持った何者かが突然現れた」
「何者かってことは人? ちょっと待って……」
「ああ」
女は意識を集中し、探知魔法を使おうとする。
だが瞬時に探知魔法はおろか集中も不要であったと悟る。
指向性のある強大な魔力のプレッシャーが自分の存在を他者に知らしめるように主張していたからだ。
「嘘でしょ!? こんな……これが人だって言うの?」
「ドラゴンだって言われた方が納得できそうなもんだな」
「ええ」
「だが魔力の質が人特有のもんだ」
「じゃあ?」
「ああ、この魔力の持ち主は人だ」
「何とかって言う子爵の刺客かしら?」
「分からん。だが、その可能性を否定することはできない」
男の顔を見た女は、その人物の居る場所に男が向かうことを悟った。
共に逃げること、その場所に男が行くのを止めること。
どちらもできないと女は分かっている。
そして、男が、これから何をするのかも。
それでも、女は聞かずにはいられなかった。
「どうするの?」
「どうするもこうするもない。約束しただろ?」
そう言うと、男は魔法を用いて地面に穴を開ける。
そして、そこに人が入れるほどの大きさの木箱を投げ入れた。
女は男に促され、嫌々ながらも多くの紋様が刻まれた木箱の中に入る。
男は女に何かを告げると、キスをした。
「ズルい」
キスの後、女がそう言うも、男は黙って蓋を閉める。
次いで呪文を唱えた。
すると、木箱の紋様が薄く光る。
再び魔法を用いて木箱を土で埋めると、男は身支度をして強大な力の持ち主の居る方に向かって歩き出した。
不思議なことに、強大な魔力の持ち主に近付けば近付くほど、魔力が少しずつ小さくなっていくのを男は感じていた。
そのことを不思議に思ったが、一先ずは頭の隅に追いやり、警戒することに集中しながら更に近付いていく。
すると、周囲が少し明るくなった。
どうやら相手は火をおこしたようだ。
闇に身を潜め相手を観察するか、相手に近付くか、男は一瞬悩んだ。
だが、その悩みは本当に一瞬で、直ぐに近付くことを決めていた。
なぜなら、強大な力の持ち主が誰かを招待していると感じたからだ。
そしてそれが自分であることも男は感じていた。
その支配権を争うかの様に木が所狭しと生い茂る森。
その中であるというのに不自然に出来た開けた空間。
倒木に強大な力の持ち主であろう男が座っており、篝火にあたっていた。
『周囲には人以外の侵入を拒む結界が張られている。加えて、ご丁寧に男の向かいにも座れるように倒木がある。俺を殺すにしちゃあ、変だ。まあ、聞いてみるとするか』
男は意を決して相手に近付き、声を掛けることにした。