第9話
その後、私は先ほどの部屋で綺麗なドレスに着替えさせられた。
会社から着てきたままのスーツではやはりこのお城には不釣り合いだからだろう。
私に世話係なんて必要ないと思ったけれど、ドレスの着方など全くわからず早速先ほどのメイドさんたちのお世話になってしまった。
髪もきちんと整えてもらって部屋を出ると、先ほどまでラフな格好をしていたリューも竜帝の名に相応しい高貴な装いに着替えていて、そのキラキライケメンオーラに思わず後退りしそうになってしまった。
彼は私を見ると少し驚いたように目を見開いてから満足そうに頷いた。
「似合っているぞ、コハル。とても綺麗だ」
「あ、ありがとうございます」
嬉しいけれど、なんだかまともにその顔を見ることが出来なかった。
その後案内された、晩餐会でも開かれそうな大部屋には二人では絶対に食べきれない量の豪華な食事が用意されていて、でもこの後のことを考えると折角の料理もほとんど味がしなかった。
ちなみにメリーは一向に目を覚ます様子がなく、今も私の隣の椅子で気持ちよさそうに鼻提灯をぷうぷう出しながら寝ている。
「遠慮せずにどんどん食べろ、コハル」
向かいに座ったリューに言われて私は苦笑する。
「ありがとうございます。でも、もうお腹いっぱいで……」
「そうか? コハルは小食なんだな。ああ、苦手なものがあれば今のうちに言っておくといい」
「あ、はい……」
向こうの世界では苦手なものは特になかったけれど、こちらの世界の食材はまだわからないものだらけだ。
(見たことのない生き物の丸焼きとかはちょっとキツいかもなぁ)
と、視界の端でメリーが小さく身じろぎをした。
「メリーはご飯いいのかな」
そう呟くと、リューもそちらに視線を移した。
「そいつら妖精は基本昼行性だからな。明日、朝日が昇るまでは起きないだろう」
「えっ」
てっきり全速力で飛んだせいで疲れて寝てしまったのだと思っていたけれど。
でもそう言われると、7年前もそうだった気がしてきた。
「煩くなくていい」
「……メリーと、昔何かあったんですか?」
思い切って訊くと、リューは料理を口に運ぶ手を止め目を瞬いた。
「ああ……いや、そいつと特に何があったわけではない。ただ、そいつら妖精と俺たちは昔から相性が悪い。それだけだ」
「相性……」
確かにメリーはリューにというより『竜人族』に対して悪い印象を持っている様子だった。
(昔、竜人族と妖精との間に何かあったのかな……?)
明日メリーが起きたら訊いてみようと思いながら、水を口に含んだそのときだ。
「まあ、夜行性でなくて良かった」
「?」
「夜までコハルとの仲を邪魔されてはかなわんからな」
「んぐふっ!?」
危うく盛大に水を吹いてしまうところだった。
でも代わりに水が変なところに入ってしまい咳き込んでいると、控えていたメイドさんがすぐさまナプキンを持ってきてくれた。
「す、すみません、ありがとうございます……っ」
「大丈夫か? コハル」
「大丈夫、です」
リューも心配そうにこちらを見ていて、私は全然大丈夫じゃないですと思いながら苦笑した。
食事を終え、次に案内されたのは浴室だった。
脚付きのバスタブには花びらの浮いたたっぷりのお湯が用意されていて、これは普通に嬉しかった。時差はあるけれど結局昨日から身体を洗えていなかったからだ。
最近ずっと忙しくてシャワーで済ませてしまっていた私は、久しぶりにその良い香りのするお湯に浸かって一息吐いた。
(はぁ~、なんか怒涛の一日だったなぁ)
ちなみに恥ずかしかったのでメイドさんたちにはお願いして浴室から出てもらった。
(というか私、本当にあのリューと結婚するの? というか本当に、この後リューと……っ)
お湯のせいだけでなく、一気にのぼせたように顔が熱くなった。
……嫌ではない。
彼にいきなりキスされたときも、びっくりしたけれど嫌ではなかった。
でも、とにかく恥ずかしくてたまらない。
(こんな貧相な身体見たって、きっとリューは嬉しくないだろうし……)
自分に女性の魅力を全く感じなかった。
でもそこで私はぶんぶんと首を振る。
(いやいや、でもほら、単に一緒に寝るってだけかもしれないし。それなら、身体だけ大きくなったリュー皇子だと思えば……うん、大丈夫!)
そうして私は本当にのぼせてしまう前にお風呂から出たのだった。
――しかし。
(な、なにこれ……恥ずかし過ぎるんだけど!?)
私は今、メイドさんたちに着せてもらった薄いネグリジェ姿でひとり大きなベッドの上に正座し、リューが訪れるのを待っていた。
もう、このシチュエーションが無理だった。
先に寝てしまおうかとも思ったけれど絶対に眠れない自信があったし、寝たふりが出来る自信もなかった。
(やっぱり、メリーに無理やりにでも起きてもらうんだったかな)
メリーは今隣の私の部屋のソファで気持ちよさそうに寝ている。
そのとき、トントンと控え目なノックの音が聞こえて、びくりと身体が硬直する。
「俺だ。入るぞ」
「は、はい!」
声が少しひっくり返ってしまったかもしれない。
入ってきたリューは再びラフな格好に着替えていて、でもベッドに座る私を見てふいに視線を逸らしてしまった。
「あー……」
口元を隠し、何か言いたそうなリューを見て私は焦る。
やっぱり、何か変だったろうか。――でも。
「いや、本当にコハルがいるのが、少し信じられなくてな」
そこで私は彼の顔が少し赤くなっていることに気付いた。
(もしかして、リューも緊張してる……?)
彼がこちらに近づいてくる。
ドキドキしながらそれを見つめていると、彼はベッドに腰掛け私に手を伸ばした。
「コハル、触れてもいいか?」