エピローグ
酷く久しぶりな気がする外の世界は綺麗なオレンジ色に染まっていた。
この瞬間の『砂漠の国』は、やっぱり特別だと思った。
その中を、リューが悠々と翼をはためかせ飛んでいる。
「どこまで行く?」
隣に飛んできたカネラ王子から訊かれて私は考える。
「えーと、とりあえず、どこか誰もいないオアシスに」
この姿のリューを見たら人々は皆驚いてしまうだろうから。
「了解。案内するよ」
そして彼は大きく翼を動かしリューの前方へと飛んでいった。
「いいじゃんかアイツ。カネラ、だっけ? 早くあのおっさん引退すりゃいいのにな」
「ブランカってば……」
そんな会話をしている女王ふたりに私はずっと気になっていたことを訊く。
「なんでティーアとブランカはここに来てくれたの?」
するとふたりは顔を見合わせにっこりと笑った。
「私、コハルに手紙を送ったでしょう?」
「うん」
「あの頃からコハルのことが心配でね、竜の国へ向かう準備を進めていたの。念のため、ブランカにも連絡をとってね」
「そういうことさ!」
やはり、ティーアもリューに疑念を持っていたということだろう。
そして竜の帝国へと向かっていたふたり。でもその途中。
「エルが!?」
「そ。いきなり目の前に現れて今コハルたちは砂漠の国にいるって言うからさ、急遽この国に進路変更したわけさ。間に合って良かったよ」
……それは一体いつの時点での話なのだろう。
やはりエルは不思議な存在だ。この世界で一番の不思議案件かもしれない。
「コハル」
「え?」
ティーアがなんだか少し悪戯っぽい顔をして私の耳元でこそっと呟いた。
「おめでとう、コハル」
「!?」
その言葉が何を意味するのかすぐにわかってしまって、私は自分の顔が真っ赤になっていくのがわかった。
そうか。先ほどの魔王とのやりとりを聞いて皆に知られてしまったのだ。
あのときはただ夢中でそんなこと気にしていられなかったけれど。
ふふっと口に手を当て微笑むティーア。ブランカまで意味深な笑みを私に向けていて。
「あ、ありがとう」
私は小さくお礼を言う。
恥ずかしいことではないけれど、以前から知っている皆にいつの間にか知られているというのは、やっぱり大分恥ずかしかった。
「メリーは前から知っていたのです」
「え?」
抱っこしているメリーがニコニコとこちらを見上げていた。
「コハルさまのお腹で命がどんどん大きくなっているのがわかったのです」
「そう、だったの……?」
だったらもっと早くに教えて欲しかったなぁとも思いつつ。
さすが妖精といったところか。
(ん?)
ということは、もしかして同じ妖精であるエルも……?
「そうそう、コハル」
「えっ!?」
忽然と傍らに姿を現したエルにびっくりする。
と、今度はエルが私に耳打ちをした。
「花の王国の聖殿の件だけど」
「! なんで、そのこと」
あのとき、皆はいなかったはず。
するとエルはハァと小さく溜息を吐いた。
「ま〜た忘れてる」
「え?」
彼が私の胸元を指差して、思わず「あっ」と声が出てしまった。
「ブローチ!」
エルの目になるという『妖精の瞳』。竜の洞に入る直前に受け取ったことをすっかり忘れていた。
「だから、あのときの魔王とコハルのやりとりは大体聞こえていたよ。まぁ、魔王の創り出した闇が邪魔で見ることは難しかったけどね」
そして、エルは再び声を潜めた。
「魔王は5年前から彼を少しずつ蝕んでいたんだ。だからきっとあれは無意識下での行動だったんだと思う」
エルがとても優しく微笑んでいて。
「だから、竜帝くんを許してあげて」
「エル……」
そのとき、風に乗って低い唸り声が聞こえてきてハっとする。
見上げれば金の瞳がぎろりと光っていて。
「おっと、あんまりコハルに近づくとまた竜帝くんに怒られちゃうな。じゃ、僕はもう行くよ」
「え!? ちょっと!」
引き留める間もなく、エルは笑顔で手を振りそのままふっと消えてしまった。
(……また、お礼言えなかった)
7年前もこうやってお礼を言う暇もなく消えてしまったのだ。
でも、きっとまだ近くにいるはず。
「ありがとう、エル!」
そのとき、前を飛ぶカネラ王子が眼下に見える小さなオアシスを指差していた。
「はぁ〜生き返る〜この国は暑すぎんだよ〜~」
オアシスに降りるなり速攻で靴を脱いで泉に足をつけたブランカが気持ちの良さそうな声を上げた。ティーアもその隣で泉に両手をつけている。
そこはこれまでで一番小さなオアシスだった。それでも泉の周りには緑が生い茂っていて、メリーが嬉しそうに咲いていたお花を食んでいた。
そんな平和な風景を見て、漸く終わったんだと実感がわいてくる。
「竜帝陛下」
その硬い声を聞いて振り返ると、人の姿に戻ったリューの前にローサが跪いていた。
「竜騎士ローサ、砂漠の王宮での件いかなる処分も受け入れる覚悟でおります」
「ローサ!?」
私は慌てる。
あのとき私はローサのせいではないとはっきり言ったのに、まだ彼女は気にしていたのだ。
でも、リューは首を横に振った。
「いや、俺が不在の間よくコハルを守ってくれた。流石は俺が認めた竜騎士だ。これからもコハルをよろしく頼む」
そうして彼はローサに優しい笑顔を向けた。
ローサはそれを見ると顔をくしゃりと歪め、深く深く頭を下げた。
「勿体ないお言葉。竜騎士ローサ、この命尽きるまでコハル様をお守りいたします」
命とか重いんだけどなぁと苦笑しつつ、そんなふたりを見てほっとしていると。
「そういえば、さっきの魔王の話だけど」
「え?」
いつの間にか私の傍らにいたカネラ王子が言った。
「聖と魔が合わさるとなんか凄いって話」
「あぁ、はい」
「ってことはさ、俺と聖女サマの子供も凄い力を持つかもってこと?」
「は?」
思わず間の抜けた声が漏れてしまった。
「貴様、今何と言った?」
そんな頗る低音が聞こえて、カネラ王子の顔がさーっと青ざめていく。
彼の背後にゆらりと立ったリューがもう一度訊いた。
「貴様とコハルが、なんだって?」
「な、なんでもございません!」
そう叫んでカネラ王子は逃げるようにその場から飛び去ってしまった。
それを鋭い目で追いながら、リューが鼻息荒く言う。
「まったく、どいつもこいつも油断も隙もない。コハル、やはりあの王子は」
「ねぇ、リュー」
彼の言葉を遮って、私は言う。
「ちょっと、耳を貸してください」
「なんだ?」
身を屈めてくれた彼の耳元で私は告白する。
今一番、彼に伝えたいこと。
「私、お腹に赤ちゃんがいるみたいです」
「!?」
その金の瞳が笑ってしまうくらい真ん円になって、はじかれたように私の顔を見下ろした。
「リュー、お父さんになるんですよ」
「~~っ!」
その顔がみるみる真っ赤に染まっていく。その金の目がみるみる潤んでいく。
そんな彼をこんな間近で見れることに、幸せを感じた。
「竜人族、ひとり増えますね」
「コハル!」
「きゃっ!」
勢いよく抱きしめられてびっくりする。
「ありがとう! ありがとう、コハルっ!」
涙声で言われて、彼の喜びが伝わってきて、私も目頭が熱くなった。
その背中に手を回して頷く。
「はい。リュー、これから一緒に頑張りましょうね」
「あぁ! ――よし、今すぐに竜の帝国へ帰り皆に報告するぞ!」
「えぇっ!?」
彼はさっさと私を横抱きにすると、背中に生えた翼をはためかせ空高く飛びあがった。
「ちょっと待ってリュー!」
「こらーー! コハルさまはもっと丁寧に扱え―! このクソ竜帝ーーーー!」
メリーの怒鳴り声が聞こえる。
「お待ちくださいメリー様! わたくしも連れて行ってください!」
ローサの慌てた声も聞こえる。
「おーい! アタシらも連れてってくれよ竜帝さんよーー!」
「コハルーー!」
ブランカとティーアの困ったような声も聞こえてきて。
「ほら! もう一度竜の姿になってみんなを送ってあげましょう、リュ……んっ」
名を呼ぼうとして、その口を塞がれてしまった。
それはちゅっと音を立ててすぐに離れて。
「愛している。コハル」
優しく熱を持った金の瞳に見つめられて、その中に自分が映っていることに幸せを感じた。
彼の頬を両手で挟んで、自分から唇を重ねる。
「私もです。リュー。愛しています」
やっと。やっと言えた。
心からその言葉を口に出来たことに、幸せを感じた。
そして、私たちは一番星が煌めきはじめた空の下で少し長めのキスをした。
竜の城に帰ったら、たくさんたくさん話をしよう。
まだ話していないことがたくさんある。
聞きたいことがたくさんある。
これから時間はたっぷりとある。
この再びの異世界で、私の竜帝妃としての人生がようやく始まろうとしていた。
END.
最後までお読みいただきありがとうございました。
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