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第8話


 城に向かってリューはどんどん高度を下げていく。

 私は知らずごくりと喉を鳴らしていた。

 7年前、堅牢な城壁に囲まれたその城は魔王に支配され魔物で溢れていた。

 今はもうそんなことはないと分かっていてはいても、やはり未だに恐ろしいイメージがあった。

 

 リューが軽く音を立てて着地したのは、その城の庭園だった。

 優しく下ろされて、私は数時間ぶりの地面をしっかりと踏みしめた。

 まだ目を覚まさないメリーを抱っこしたままその庭園を見回す。

 ティーアの城の庭園は『花の城』の名に相応しく花と緑に溢れ素晴らしいものだったけれど、こちらはそれに比べるととてもシンプルだった。

 中央に大きな噴水はあったけれど植栽は少なく、辺りがもう暗いこともあってなんだか少し冷たい印象を受けた。


「行くぞ。皆にコハルのことを紹介する」

「え!?」


 思わずそんな大きな声を出してしまった私に、リューは優しい微笑みを向けた。


「コハルはただ俺についていればいい」


 そうして彼は大きな扉へと向かう。

 その背中にはもう翼はなくて、なのに服は特に破れている様子はなくて、でも今はそんなことどうでも良くて。


(ど、どうしよう……)


 お城に入ってしまったら最後、そのまま後戻りできない気がした。


「コハル?」


 ついて来ない私に気付いて彼が振り向いた。


「あ、あの……」

「ん?」


 その疑いのない笑顔にツキリと小さく胸が痛む。


(なんて言うの? ごめんなさい、やっぱりあなたと結婚は出来ません。だから元の世界に帰してくださいって? 今更?)


 そんなことを言ったらリューはどんな顔をするだろう。

 怒るだろうか。……いや、それよりも。


(――だ、ダメだ!)


 私のせいで悲しむリューは見たくない。そう思ってしまった。

 そもそも、私が7年前にあんな返事をしてしまったのが悪いのだ。

 自分の気持ちはまだわからないけれど、リューはこんな私のことを好いてくれている。その気持ちはとても嬉しいし、すごく有難いことだ。


 ――覚悟を決めなきゃ。


「なんでもないです!」


 そう言って、私は彼に駆け寄った。


「そうか? では行くぞ」

「はい」


 私が頷くと、彼は目の前の大きな扉を開け放った。

 ――途端。


「お帰りなさいませ、竜帝陛下!」

「お帰りなさいませ、竜帝陛下!」

「お帰りなさいませ、竜帝陛下!」


 そんな大合唱に迎えられてびっくりする。

 広いエントランスホールの両側にずらり並んだ人たちが一斉に頭を下げていた。

 ティーアの城でも同じような歓迎を受けたけれど、それよりも厳格で重たい印象を受けたのは、男性が多いからだろうか。

 腕の中で寝ているメリーも流石にびくっと震えたが、まだ起きる様子はない。

 

「遅くなってすまない。準備は整っているか?」


 リューが訊くと、一番手前にいた髪をかっちりとオールバックにし眼鏡をかけた男性が胸に手を当て頭を垂れた。


「はい。全て滞りなく」

「よし」


 リューは私の傍らに立つと、彼らに向かって大きな声で告げた。


「皆も知る通り、彼女がかつて我が国を救った聖女コハルだ。我はコハルを竜帝妃として迎える!」


 ビリビリと城全体に響くような声。


「おめでとうございます、竜帝陛下!」

「おめでとうございます、聖女コハル様!」


 そして再びの大合唱。


(ひええぇぇ~~っ)


 内心でそんな情けない悲鳴を上げながら、私は頭を下げ小さな声で言った。


「よ、よろしくお願いします」




 その後、順番にエントランスに並ぶ彼らの紹介をされたけれど、緊張もあってその役職や名前はほとんど覚えられなかった。

 ただ先ほどのオールバックで眼鏡の人が執事のセレストさんだということだけは覚えた。


 そして今はリューについて広い城内を案内されている。


「ここがコハルの部屋だ。好きに使っていいぞ」

「私の……?」


 その部屋は元の世界の自分のワンルームなんかより全然広く天井も高く豪華で、大きな窓からはバルコニーに出られるようだった。

 棚や化粧台など調度品も色々と揃っているけれど、ひとつだけあるべきものがなくて首を傾げる。


「それと、この者たちにコハルの世話を任せる」

「え?」


 振り向くと、数人のメイドさん風の格好をした女性たちが私に頭を下げていた。


「よろしくお願いいたします。聖女コハル様」

「こ、こちらこそ、よろしくお願いします」


 世話なんて私には必要ないのにと思いつつも、一斉に挨拶をされて私も頭を下げる。


「そして、こちらが寝室だ」

「え?」


 顔を上げると、リューが隣の部屋の前に立っていて私はそちらに駆け寄る。

 そう、先ほどの部屋にはベッドが無かったのだ。

 寝室は別なんだと納得して、リューがその部屋の扉を開けた。


「俺たちのな」

「…………」


 その豪華な天蓋付きベッドはキングサイズよりも更に大きく見えて、私はリューの隣でだらだらと冷や汗を流していた。


(――そ、そうだ。結婚するってことは寝食を共にするってことで、リューと一緒に寝るってことで……ね、寝るって……リューとそういうことをするってこと……!?)


 この歳まで男の人と付き合ったことはなく、勿論そんな経験一度もない私は、先ほどの覚悟がガラガラと音を立てて崩れていくのを感じていた。



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