第42話
「しかし、気になるな……」
「え?」
涙も止まり落ち着いた私を優しくベッドに横たわらせて、リューが言った。
「聖殿を破壊したという何者かだ」
「……はい」
リューではなかったことに安堵はしたけれど、不安要素がなくなったわけではない。
「花の女王からの手紙には、他に何か書かれていたか?」
「こんなことになってしまってごめんなさいという謝罪と、嫌な予感がするから気をつけてと。あと、また何かわかったら手紙をくれると書いてありました」
するとリューは眉間に皴を寄せ口元に手を当てた。
「嫌な予感か……確かにな。コハルの考えた通り、コハルの力を欲する何者かの仕業か」
ドキリとする。
私を、聖女の力を欲する何者か……やはりそうなのだろうか。
「単純に、花の王国への攻撃という可能性もあるが」
「!」
「だがそれならば、こちらに何らかの情報が入ってきてもおかしくない……」
――そうだ。
自分のことばかり考えて、その可能性を考えていなかった。
魔王が封印されてから各地で再び争いが起き始めているという事実。
ティーアの治める『花の王国』は花と緑に溢れ美しく穏やかで戦争のイメージからかけ離れているけれど、例外ではないのだとしたら。
破壊されたという聖殿はティーアの住まう花の城の敷地内にある。
花の王国だってきっと大変な騒ぎになっているだろうに、友人は私を心配する手紙を送ってくれたのだ。
(なのに私は自分のことばっかり……最低だ)
またも自己嫌悪で落ち込む。
そして同時にティーアのことが心配になった。
「リュー、私」
「ダメだ」
何か言う前にダメだと言われて目を瞬く。
「花の王国の様子が気になるのだろう。だが行かせないぞ」
まさに今、花の王国に行きたいと言おうとしたところだった。
リューは真剣な目をして続ける。
「気持ちはわかる。だがコハルが狙われているかもしれないんだ。今花の王国に行くことは許さない」
口を噤むと、リューはふっと表情を緩めた。
「心配するな、花の王国のことは俺の方でちゃんと調べる。……念のため、こちらの警備も強めたほうがいいかもしれないな」
「え……?」
その目が優しく細められる。
「コハルのことは俺が守る。他の誰にも渡すつもりはない。だから、安心してもう眠れ」
そうして前髪をかき上げるようにして頭を撫でられる。
気になることはたくさんあるけれど、少しひんやりとした大きな手は心地良くて、私は大人しく目を瞑った。
……小さな頃から熱を出しても大抵いつもひとりだった。
家族がいたらこんな感じなのだろうかと、そんなことを考えているうちにまた眠気がやってくる。
そのとき、ふっとリューが笑った気がした。
「あの時とは逆だな」
――あのとき……?
そう訊ねたかったけれど、もう目を開けることも出来ず私は眠りの中に落ちていった……。
夢を、見ていた。
目の前のベッドに誰かが苦しそうに横たわっている。
リューだ。
まだ幼さを残した彼が、赤い顔でうなされている。
これは7年前の夢。
そこは花の城の一室だった。
助けを求めるために命からがら国を出て来たリューは、花の王国に到着し少ししてから高熱を出し倒れた。
この頃のリューはまだ私に全然心を開いてくれていなくて。
「お前が聖女? 冗談だろう」
そう鼻で笑われたこともあった。
「俺はお前みたいな余所者には絶対に頼らん。足手まといになるだけだ。ついて来るな」
そう拒絶されたこともあった。
腹が立ったし悲しくもあったけれど、なぜか私は彼を放ってはおけなかった。
もしかしたら、ひとり精一杯虚勢を張って立っている姿が幼い頃の自分と重なったからかもしれない。
「うぅ……っ」
「皇子?」
先ほどから苦しそうな顔でうなされている彼に小さく声をかける。
と、彼の口が微かに開いた。
「……母、上……」
お母さんの夢を見ているのだろうか。
たったひとりこんな遠くまで来て、本当は心細いのだろう。
「……父上……っ」
その顔が泣きそうに歪んだのを見て、思わず身体が動いていた。
彼の額にそっと手を触れそのまま優しく頭を撫でる。
目を覚ましたら「無礼者」とかなんとか言って絶対に怒られると思いながらも何度か続けていると、その表情が徐々に穏やかなものになっていった。
それから少しして静かな寝息が聞こえてきて、私はほっとした。
――そうか、すっかり忘れていたけれど。
確かにあのときと逆だと気付いて、私は夢の中で微笑んだ。




