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第3話


「眠れないんですか?」


 私が声をかけると、その小さな背中がぴくりと跳ねた。


「……あぁ」


 こちらを振り返りもせずに、でもちゃんと返事は返ってきて私はその少し後ろに腰を下ろした。


「私もです」

「……」


 少しの沈黙。

 夜の森の中は、虫の鳴き声や正体不明の生き物の鳴き声が絶えず響いていて意外に賑やかだ。

 彼が先ほどからじっと見つめているのは、森の向こうに高く聳える城。

 彼の家でもあるあの城に、明日私たちは攻め入る。

 魔王に操られている彼の父【竜帝】を救うために。


「お父さんて、どんな人なんですか?」

「は?」


 彼がやっとこちらを振り向いた。瞬間、その金の瞳が猫のように煌めいた。


「リュー皇子のお父さん、竜帝陛下はどんな方なのかなって」


 答えてくれるかどうかわからなかったけれど、もう一度訊く。

 すると彼は再びゆっくりと城の方を見上げた。


「父上は強く聡明で、厳しく、でもとても優しい方だ」

「立派な方なんですね。リュー皇子が憧れるのもわかります」


 彼は淡々と続ける。


「俺は、父上のような竜帝になりたいと……でも、今の父上は……っ」


 強く、彼が両の拳を握るのを見た。

 ――魔王に操られ、竜帝は変わってしまった。

 この夜が明けたら、彼はそんな父親に反旗を翻すのだ。

 いつもは偉そうに胸を張り自分を大きく見せている彼が、今は年相応の頼りない少年に見えて。


「大丈夫ですよ」


 私は明るく言う。


「きっとうまく行きます。ちゃんと元の、リュー皇子の大好きな竜帝陛下に戻りますって」


 すると、こちらを振り返った彼は心底呆れたような顔をしていた。


「……お前、なんだってそんなにお気楽なんだ。明日、あの竜帝と戦うんだぞ」

「だって、私一応これでも聖女ですよ? だから大丈夫です!」


 本当は私だってめちゃくちゃ恐い。少しのミスが死に繋がるのだ。

 でも今の彼の前では、年上らしく余裕ぶりたかったのだ。


「一応これでもって……自分で言うか?」


 彼は脱力するように肩を落とし、それからもう一度城を見上げた。

 そして――。


「父上のこと、よろしく頼むぞ。コハル」

「! 任せてください!」


 このとき初めて彼が私の名前を呼んでくれて、やっと認めてくれたような気がして、なんだかものすごく嬉しかったのを覚えている。




 ――あの頃の、夢……?


 けたたましく鳴り響いているスマホに手を伸ばし、画面をタップしアラームを切る。

 のそりとベッドから起き上がって、私はすぐ傍らの机の上に目をやった。そこに置いてあるものを見て、私は溜息を吐く。


(昨日のは夢じゃなかったか~~)


 それは小さな黄金色の宝石の付いたネックレス。

 昨日、こちらの世界に戻ってくるときにティーアが持たせてくれたものだ。



「これはね、簡単に言うとコハルを召喚しやすくする魔法石」

「え?」

「召喚魔法ってね、本当はそんなに簡単に使えるものじゃなくて、膨大な魔力を必要とするの。でもこれをコハルが持っていてくれれば、少しだけ楽に召喚出来るようになる」


 私がそのネックレスを受け取ると、ティーアは少し寂しそうに微笑んだ。


「逆に言えばね、それを壊してしまえばコハルは召喚を拒否できるわ」

「え……?」

「あの人には勿論このことは秘密。コハルがこの世界に来てくれたら私だってとても嬉しいけれど。でもコハルにとっては一生の問題だから、じっくり考えて欲しい。それでもしやっぱり嫌だと思ったらそれを壊してしまえば、少なくとも一週間後に召喚されることは絶対にないわ」




「一週間かぁ……」


 ひとり呟いてから私はまずシャワーを浴びるために浴室へと向かった。



 私がこの世界から居なくなって、本気で悲しんでくれる人はいない。

 幼い頃に両親は死に、他に身寄りもなかった私は中学まで施設で育った。

 この世界から突然居なくなっても気付かれにくい人間だからこそ、聖女に選ばれたのではないかと私は勝手に思っている。

 7年前も実は悩んだのだ。帰ろうか、このままあちらの世界に残ろうか。

 でも帰ることを選んだのは、やはりここが自分の生まれ育った世界だからだ。


 そして今、こんな私を受け入れてくれた会社のために身を粉にして働いている――のだけれど。


「なんださっきのクソみたいなプレゼンは!?」


 ドンっと机を叩く音と共にそんな怒鳴り声がオフィスに響いた。


「申し訳ありません!」


 私はもう何度目か、深く頭を下げる。


「この案件が通らなかったら全部お前の責任だからな、佐久良!」

「そ、そんな……課長も昨日これでOKだと」

「はぁ!? 俺のせいだとでも言いたいのか!」

「い、いえ……」

「気分が悪い!!」


 そう怒鳴って課長は荒い足取りで廊下へと出て行ってしまった。きっと喫煙所にでも行ったのだろう。

 はぁ、と大きな溜息を吐いているとどこからともなくクスクスと笑う声が聞こえてきた。




「先輩は要領が悪いんですよ~」


 化粧室で一緒になった後輩がピンクのリップグロスを塗りながら鏡越しに言う。


「ああいうときは目をうるうるさせて、ごめんなさ~いって可愛く謝れば大抵許してくれますよ~」

「はは……」


 そんなことが出来る性分ではない。

 要領が悪いのは、自分が一番よくわかっている。


(異世界を救ったって、この世界ではな~んの役にも立たないんだよなぁ……)


 就活のときにも、学生時代に打ち込んだことはと訊かれて「異世界を魔王の手から命がけで救いました!」と事実を答えられたらどんなにいいかと思ったけれど。


 と、後輩が元々高い声のトーンを更に上げて言った。


「あ~そうだ先輩! 来週一緒に合コン行きません?」

「え?」

「佐久良先輩って、確か彼氏いないですよね~?」

「う、うん、まぁ……」


 一瞬、あの不敵な笑みが浮かんでしまって慌てて打ち消す。


「じゃ~あ、一緒に行きましょうよ~! ぱーっと楽しんじゃいましょ~」

「あれ? でもユイちゃん彼氏いなかったっけ?」

「いますけど~そんなの気にしてたらダメですよ~! 出会いは大切にしなきゃ~」

「そ、そうなんだ……」


 彼氏いない歴=年齢の人間には、そのノリが全く理解が出来なかった。

 ……これまで出会いがなかったわけじゃない。でもこの人だ、という人がこれまでいなかったのだ。

 告白されたこともないわけじゃないけれど、好きでもない人と付き合うなんてことは私にはできなかった。


(それでまさか、異世界の王様に妃になれなんて言われるとは思わなかったけど……)




「一週間なんて、やっぱり早すぎるよ~」


 今日もサービス残業を終えボロボロになって帰宅した私はソファに倒れ込んだ。

 身体の向きを変え、机の上のネックレスを見つめる。


 ――あれを壊してしまえば、もう悩まなくて済む。


 でも彼の、どちらかと言うと少年の方の彼のことが頭にちらついた。

 あのとき私が軽い気持ちで「いいですよ」なんて言っていなかったら……。

 もし彼があの約束に縛られているのだとしたら、すごく申し訳ないことをしてしまったと思う。

 彼なら引く手あまただろうし、私よりも相応しい人が絶対にいるはずだ。


(どうしよう……)


 結局その日も、私はソファで寝落ちしてしまったのだった。

 


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