第11話
「コハルさま~? コハルさま~~」
そんな不安そうな声で私はハっと目を覚ました。
まだ夜なのか、それとも分厚いカーテンのせいか視界が暗い。
(メリー……?)
起き上がろうとして、でも動けないことに気付く。
(え、……っ!?)
顔を上げて、すぐそこにリューの寝顔があってびっくりする。
(そ、そうだ。昨日あのまま……)
いつの間にか眠れたのはいいけれど、寝覚めにこれは心臓に悪い……!
(にしても、本当に整った顔してるなぁ……あの頃も可愛かったけど)
7年前を少し彷彿とさせる無防備な寝顔を間近で見て、なんだかちょっと腹が立ってきた。
鼻でも摘まんでやろうかと思ったときだ。
「コハルさま~~」
「!」
やっぱりメリーの声だ。
この寝室とメリーのいる隣の部屋は内扉で繋がっていて、その扉の向こうから不安そうな呼び声は聞こえてくる。
メリーからしたら起きたらいきなり知らない部屋にひとりぼっち。不安になるのは当然だ。
とりあえずこの腕から抜け出さなくてはと私はぐぐっと力を入れて彼から離れようとする。――が。
「ん~~?」
私の身じろぎが伝わったのか、眉間に皴を寄せたリューが私を更に強く抱きしめてきた。
「ちょっ……リュー! 起きてください!」
声をかけると、寝ぼけ眼がこちらを見た。
「コハル……?」
「お、おはようございます。あの、メリーが起きたみたいなので離して欲しいんですが」
「まだ早い……もう少しこのまま……」
そしてリューは再び目を閉じてしまって慌てる。
「リュー! そうじゃなくて、離してください~っ!」
背中に回った腕を解こうにもびくともしなくて困っていると。
「コハルさま~こちらですか~!?」
バンっという大きな音とともに、メリーが内扉を開け寝室に飛び込んできた。
「メリー!」
メリーは私の姿を見ると一瞬雷に撃たれたみたいにその身体を硬直させてから、わなわなと震えだした。
「なんだ……煩い……」
流石にリューももう一度目を開けた。そして。
「こ~~っの、ド変態竜人族がああああーーっ!!」
メリーは物凄いスピードでこちらに突っ込んできてリューの顔面にボフンっとぶつかった。
「ぅぶっ!?」
「コハルさまをっ! コハルさまをっ! 離せこのド変態野郎ーーーー!!」
「やめっ、おま、誰がド変態だ、ぶほっ」
お蔭で私はリューの腕から解放されたけれど。
ぼすん、ぼすんとリューの顔面で飛び跳ねているメリーを見て慌てて止めに入る。
「メリー! もう大丈夫だから!」
メリーの身体は軽くて柔らかいので痛くはないだろうがリューが怒らないかとヒヤヒヤした。
「こ、コハルさま~~!」
メリーはリューの顔面を最後べしっと蹴って私の胸に飛び込んできた。
「さぞお辛かったでしょう~メリーが眠っていたばっかりにコハルさまの純潔をお守りできず申し訳ありません~~」
「いやいやいや、ほんと大丈夫だから!」
純潔とか言われるとめちゃくちゃ恥ずかしい。
するとメリーは涙目でこちらを見上げてきた。
「ほんとですか? ほんとに何もされなかったですか?」
「本当に大丈夫!」
「うわ~~ん、良かったですぅ~~!」
と、リューがのそりと起き上がって不機嫌極まりない顔で言った。
「卑怯だぞ貴様……寝込みを襲うなど」
「お前に言われなくないわ、このド変態族がっ!」
「ド変態族はやめろ! まったく、もう少しコハルとゆっくりしていたかったというのに」
リューは欠伸をしてから大きく伸びをした。
……どうやらそれほど怒ってはいないようでホっとする。
と、彼は私を見て優しく微笑んだ。
「おはよう、コハル。よく眠れたか?」
「あ、はい」
本当はあまり寝た気がしないけれどそう答えると、リューは満足そうに頷いた。
「よし、それでは支度をしてまずは朝食だ」
言いながらリューはベッドから下りて分厚いカーテンを開けた。
一気に部屋の中が明るくなって、瞬間目がくらむ。
でも、その大きな窓の向こうには絶景が広がっていて、私は思わずそちらへ駆け寄っていた。
「綺麗……!」
昨日このお城に着いたときにはもう暗くて景色など全く見えなかったけれど、この竜の国の全貌が見渡せた。
すぐ眼下には広大な森、その向こうにはこの国の首都である竜の都、そして更にずっと向こうには海も見えた。
「まぁ、花の国には劣りますけどね」
「メリー……」
私の腕の中でふんと鼻を鳴らしたメリーを小さく窘める。
「この国の皆がコハルを歓迎している」
「え?」
顔を上げると彼は自分の治める国を眩しそうに見つめていた。
そしてこちらを振り向きニっと笑った。
「勿論、一番に歓迎しているのはこの俺だがな」
「あ、ありがとうございます」
「さて、行くか。今日は忙しくなるぞ。詳しくは朝食の折にセレストから説明があると思うが」
「?」
私が首を傾げていると、彼は教えてくれた。
「おそらく今日から多くの者が祝いに訪れるだろうからな。それに式の準備も進めなければ」
「!」
(そうだ。リューと私の結婚式……!)
「えっと、ちなみに、式はいつ頃……?」
「早いに越したことはないが。まぁ、竜帝とこの世界を救った聖女の結婚式だからな。各国の要人を迎えて派手にやりたい。これから使者を送るなどして、一月後とかか?」
予想以上に規模の大きな式になるみたいで、私はごくりと喉を鳴らしていた。
「大丈夫だ。コハルは俺の隣で笑っていてくれればいい」
私の緊張が伝わってしまったのだろう、リューは安心させるようにそう言ってくれた。




