老人たちの悪巧み
天を突く程の高層ビルが乱立する首都最大のオフィス街。
常に煌々と光を放つ摩天楼は、たとえ夜であろうとも人の出入りが途切れることはない。
この国の繁栄を象徴しているビルの群れ。その一角に属している、とあるビルの上層階。壁も仕切りもない広々としたワンフロアには、中央に一組のソファーセットが置かれている以外何もなかった。
煌びやかな夜景が良く見えるガラス窓の前に、赤い布地に黒い華の刺繍が入れられた着物を着た老婆が立っている。彼女は窓ガラス越しに遥か下の路上を覗き込みながら、ニヤニヤとした厭らしい笑みで笑っていた。
そこへフロアに入ってきた若い容姿の女が話しかける。
「百舌、あんたさっきから何見てんだ?」
「なに、さっき私が通りすがりに戯れでかけた術で破滅した奴らを見てるのさ」
「お前何やってんだ! 余計な事すんなって、いつも言ってんだろ!」
「大丈夫だよ。心配性だねぇ。心身が潔白なら何も起こらない術さね」
「なんにも大丈夫じゃねぇだろうが! 破滅してんだろ!?」
「どうも不倫でもしてたみたいだねぇ」
「そん……っ! ……いや、まあ……ならいいか」
「ご覧。お相手を巻き込んで、不倫以外も横領やら何やらまでぶちまけちまった。ありゃあ、いい晒しモンだねぇ」
「相変わらずいい趣味してんな、お前」
「クククっ。あんたに言われたくはないさね」
自身が作り出した眼下に広がる醜態を眺め、まるで無邪気な童女のようにケラケラと楽し気に、それでいて嘲るように嗤う老婆を見て顔を歪める女。そんな女にも百舌はニヤつきながら、一言言い返しつつ続ける。
「大体、あんたまた体を変えたのかい? 前は男のガキだったろうに」
「いつの話をしてんだよ。アレは二つ前だ」
「ククッ。そうだったかね?」
「とうとうボケたか? あの体は顔が割れたから棄てたんだよ。その次は別の事に使ってるから、この体を作ったんだ」
「そう言えばそんな事言ってたねぇ。組合に潜り込んでるとかなんとか」
「オイオイ、本当にボケたのか? ガキの身体の時に教えただろ。それに俺たちがお尋ね者になる前からバレずに幹部まで食い込んでたんだぞ?」
「そうだったかねぇ? あたしゃあ、あんまりにも興味がないからそこら辺曖昧だよ」
「お前もっと仲間に興味持てやッ!」
「いま持ったじゃあないかい。で、その次とやらは何に使ってンだい?」
「バレてねえからそのまま幹部だよ。今は厄介事のせいで出張するって言ってここに置いてるけどな」
そう言って女が振り返り、釣られて老婆も振り向くと、何処からともなく現れた青年がソファーセットのテーブルにお茶を用意しているところだった。二人は外を眺めるのを止めソファーへと腰を下ろして、用意されたお茶を飲む。
「相変わらず器用なモンだねぇ。平行して幾つも体を操作するなんて私には無理さね」
百舌が女の後ろに控えるように立つ青年を見て感心を表しながら言った。すると女と青年は全く同じ表情でニヤリと笑う。
「コイツが俺の専門分野だからな。製作も操作もお手の物ってな」
「そんな事言ってあんた、この前作るの失敗したって言ってたアレはどうしたんだい?」
「人のイヤなことは覚えてるババアだな! 捨てたよ!」
全く同じ動作と表情をする複数の人間という異様な光景を気にも留めないで百舌は呆れた表情をした。女と青年は百舌に対して、やはり同じ動作でそう嫌そうに吐き捨てる。
「何処にさね。まさかその辺にほっぽったんじゃなかろうね?」
「処分するのも面倒だったから、音橋の港に放流してやった」
「あんたね……。ちゃんと指定日に決まった場所に出さなきゃ駄目じゃあないか」
「燃えるゴミじゃねぇ! 失敗作だ!」
「大して変わりゃしないじゃないかい」
老婆と女と青年によるそんな邪悪だがどこかしょうもないやり取りは、窓から覗く満月だけが見ているのだった。
邪悪な漫才染みた話をしていた百舌と女が、口をつけたティーカップをテーブルに置き一息つく。すると女の後ろに控えていた青年が空になったカップにお茶のお代わりを注ぎだした。百舌は青年の持つポットから流れ出る栗色の液体に目をやりながら再び話しだす。
「それで、ご苦労にもわざわざソレを潜り込ませてた成果は何かあったのかい?」
「あったといえばあった。追放された時は書類を弄って俺たちを追えないように細工したり、今も他に色々小細工してるけどよ、最大の成果は何かとウザかった五塔杢の当主夫婦を潰せた事だな」
「あの夫婦は特に私たちを怪しんでたからねぇ。上手くやったもんさね」
「元々宍枌山関連の依頼があったからな。駄目で元々と思って内容を書き換えたら、なんか思いの外上手くいったんだよ。それこそ出来すぎな位にな……正直に言えば結構驚いたぜ?」
カップを手にお茶を啜りながら聞く老婆に対して、女は注がれたお茶の水面に写る自分を眺めながら、その言葉とは裏腹に少し自慢気な雰囲気で成果を語っていく。
しかし、カップを手に取ると天を仰ぎ、肩をすくめてからやるせなさそうにため息を吐いた。
「……だっけどなぁ~、全部もう今さらなんだよなぁ~」
「あのガキ共のせいで全部おじゃんかい。全く、忌々しいったらありゃしないね」
「忌々しくもあり、爽快でもありってな。……複雑なとこだわ。獲物を横取りされたお陰で他の連中は燃え尽き症候群気味だぜ? おまけに俺なんか普通にコイツで仕事する羽目になって忙しくしてたしよぉ」
女が側に立つ青年の太もも辺りをベシベシと叩きながらそう言うと、苦々しい顔をしていた百舌も意気消沈したように自嘲する。
「私含めて、あの大戦を仕組んだ奴らに復讐をとあれだけ暗躍して血気盛んだった爺婆が、見るも無惨に萎れちまって、今じゃあ集まりも悪いなんてとんだお笑い草さね」
「あとに残るは我らの悪行ばかりなり、と来ればなあ……やるせねぇな」
女と百舌は自分達の現在に二人して脱力感を覚えて肩を落とす。とはいえ、それもほんの数十秒程度であり、直ぐに気を取り直した。
「まあ、終わったことはもういい。でだ、例のクライアント様はどうなんだ? 交渉担当はお前だろ?」
「あんたたちが私に押し付けたんだろうが。私だって好きでやってる訳じゃあないんだ」
「そんな恨めしそうに言われても俺のせいじゃねぇしな。それよりどうなんだよ」
不服そうに軽く睨み付けてくる百舌の視線を躱しながら女は先を催促する。そのまましばらく睨んでいた百舌だったが、らちが明かないと思ったのかとても嫌そうな雰囲気を出しながら話し始めた。
「随分と帰還者にご執心だよ。異世界からあんな石まで寄越してちょっかいを掛けろなんて、とてもじゃないがマトモとは思えないね」
「そりゃそりゃご苦労様だ。結局奴さんは何が目的なんだ?」
「英雄の器を取り戻したいんだとさ。帰還者があの石で自分の元に帰ることを願うと心底信じてるようだったね」
うんざりとしながら語る百舌に女は首をかしげながら疑問を呈する。
「その帰還者って奴はよ、元々こっちの世界の奴なんだろ?」
「そうだ。生まれも育ちもこの世界さ」
「それでなんで自分の元に戻るとか考えんだ? あれか? ソイツら恋仲かなんかなのか?」
「そんなの知りやしないよ。私に分かることは、あの異世界の女神はかなりイカれとるって事だけだ。ともすれば帰還者を連れ去るためならこっちの世界を壊してもなんとも思わないくらいにね」
「ハハハッ! イカれてンな! そんな奴と交渉するお前も大変だ」
「そう思うなら代わりな。喜んで譲ってやるよ」
「いや、俺は組合のことで忙しいから」
「ハァ~。どいつもこいつもホントに……」
額に手をやりながら深くため息をはく百舌に対して、女はケラケラと笑った。見れば女の後ろに控えている男も百舌を指差し、腹を抱えながら声を無くして笑っている。
そんな二人を百舌はギロリと睨むが女は意にも介さない。
睨みが無駄だと悟った百舌はささくれだった心を落ち着かせて言った。
「まあいいさ、アレの相手は適当にしとくよ。それより、これからあんたはどうするんだい?」
「俺はコイツ使って組合で真面目に仕事するさ。さしあたっては人手不足解消だな。もう蓮堂と四迷の家だけじゃ怨霊処理が回んねぇんだよ」
「それで五塔杢かい」
「ああ。驚いたことにどうもまだ堕ちきってねぇらしいからな。あのガキ共が何とかするように仕組んどいた」
「上手くいくのかい?」
「さてな。いかなきゃそれまでだ。ダメなら萎れた爺婆に仕事を振るさ。勿論お前もだぞ?」
「私はアレの相手で忙しいからね」
「ハハハッ! こりゃあ一本取られたな!」
百舌の返答に再びケラケラと笑った女は、「さて」と言ってソファーから立つ。
「もう行くのかい?」
「ああ、充分に話せたからな。コイツは残してくから片付けは気にしないでいいぜ?」
「そうかい。ならさっさと行きな」
「おい!もっと他に言い方があんだろうが!」
「コレを残してくあんたにはこれで充分だよ」
「間違っちゃいねぇけど腹立たしいわ!」
そう言ってから苛立たし気にフロアから去っていった女を見送ると、百舌はカップに残っていた茶に口を付けて飲み干す。
そしてゆっくりとカップを戻してからポツリと呟いた。
「……それであいつの名は何て言ったっけねぇ」
「天児だよボケ! 忘れてンじゃねぇ! 相変わらずとんでもねぇ婆だな、お前は!!」
首をかしげながらそう呟かれた言葉に、百舌の対面に残されていた男がキレながらそう叫んだのだった。
ここ最近色々あって大変でした。
またのんびり書いていこうと思います。




