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四人の日常  作者: 曽良紫堂
エンジとお仕事
58/62

「多分ビームが来る」


 時は現在、正体不明の怪物に追いかけられているエンジ、柊、梓の三人は全力で走っている。お荷物(エンジ)を抱えて一定間隔で揺れる地面に足を取られながらも、決して転ける事なく逃げを打つ彼女らは、一路時蔵の待つ車を目指していた。

 遠くに見える時蔵も異変に気付いたようで、エンジンをかけたあと急いで車の向きを変える。それが終われば三人が乗り込む時間を短縮するため、大慌てで全部のドアを開け放ち手招きをしていた。

 

「ナイス! 車まで行けば逃げられるぞ! 気合い入れろ梓ぁ!」

「柊こそっ! あとエンジさんをちゃんと抱えて!」

「ちゃんと抱えてんだろうがっ!」

「もうちょっとですからバランスが悪くても我慢してくださいね、エンジさん!」

「聞けやテメェ!」


 走りながらやいのやいの騒いでいる二人に対して、エンジはニコニコとしたまま話しかける。


「柊、梓」

「何だエンジ!?」

「何かありましたかエンジさん!?」

「残念ながら……」


 前を向いたまま受け答えする二人に、エンジはおおよそ残念と思っているとは思えないウキウキとした声色で言う。

 それが必死に逃げている柊の怒りに触れ、彼女は語気を荒げてエンジへ叫んだ。


「残念ならそれらしくしろやっ!!」

「柊! それどころじゃないでしょ! エンジさん何があるんですか!?」

「多分ビームが来る」

「「……はぁ!?」」


 その言葉に二人が思わず後ろを振り向くと、足を止めた怪物の大きく開かれた口と思われる部分に、巨大な魔方陣が浮かび上がっている。その中心には強大な魔力が集まり球体を形作っていた。


「あれは魔力ですかっ!?」

「マジかよ!? あんなん撃たれたらアタシら消し飛ぶぞ!?」


 あまりの事態に顔を引きつらせる柊と梓。

 その最中も周囲の魔力を集め大きく光輝いていた球体が、吸収を止め徐々に収束していく。その様子に二人の頭の中で死の予感が過ったが、相変わらず浮かれた雰囲気のエンジに声を掛けられ意識を現実へ戻す。


「止まって」

「はあ!? なに言ってんだお前!」

「この状況で止まれないですよ!」

「いいから!」


 いつになく強く、そう言い放ったエンジに思わず二人は足を止めてしまった。


「下ろして」

「どうにかできんのか!?」

「うん」


 そう叫ぶ柊にエンジが自信を滲ませながら言う。未だ怪物の魔力はキンキンと音を立てて収束を続けているが、それが放たれるまでの猶予は幾ばくもない様だった。

 その場で一瞬悩んだ柊は苦渋の決断をする。


「……わかった。おい、梓」

「いいんだね、柊?」

「実際どうしようもねぇからな。エンジに賭けるわ」

「じゃあ、わたしもエンジさんに賭ける」


 二人が掴んでいた手を放すとエンジは地面に足がついた。そのまま柊の前に行くと、ごそごそと準備を始める。


「後ろに隠れて」


 そう言って足でしっかりと大地を踏みしめて羽織を頭から被り、左手を精一杯広げたエンジ。その背後に身を屈めながら隠れる柊と梓。エンジの体格が小さいため、かなり無理な体勢を強いられているが何とか隠れることができた。

 遠くでは魔力の光が見えない時蔵が「姐さん方!」などと叫びながら無防備にこちらへ来ようとしているが、梓が「来ないで!」と叫び返したことで危機を察し、倉庫の影へと飛び込んだ。


 一方、怪物が収束させている魔力の塊が片手で握れる程の大きさになり、一瞬強力に輝くと魔方陣から魔力塊がエンジに向かって放たれた。


「あれ?」

「えっ?」

「ビームじゃないんかい!」


 ポンという擬音が聞こえてきそうなほど緩く発射された魔力塊がノロノロと飛んで来る。完全にビームが来ると思い込んでいたエンジと梓は予想外の事に驚き、柊は思わず突っ込みを入れた。

 しかし、その間の抜けた光景は脅威とは比例しない。高密度に圧縮された魔力によって大気を揺るがしながら、着実に三人へと向かって来る。







 そして魔力塊がエンジと接触した。







「んっ!」

「「きゃあぁぁっ!!」」


 ドォンという強烈な爆発音と共に圧縮されていた魔力が解放され、空間全てを破壊しようと暴れ回る。

 衝撃波による轟音が響き渡り、アスファルトは(めく)れ、熔けて蒸発し、灼熱が辺りを焼いていく。さながら小型の太陽が現れたかのような地獄の光景に、梓はともかく柊は柄にもない女の子らしい悲鳴を上げる。

 だが、このような状況でもエンジは少し気合いを入れるだけで耐えていた。


 神霊紙によって織られた特別な衣服によって全ての衝撃や熱、暴風を完全に遮断し、衣服に忍ばせている装備たちが魔力塊との接触前に自動で結界を張り、瞬時にその影響のほとんどを抑え込む。


 こうして被害はエンジの目の前、十数メートル四方の範囲で収まり、三人には傷一つ付くことはなかった。


「収まった」

「いっ、生きてる柊?」

「ああ。……突っ込み入れてる場合じゃなかったわ」


 エンジが後ろに隠れている二人に声をかけると、梓は自分の体を擦りながら怪我の有無を確かめ、柊は引きつった半笑いで目の前に出来たクレーターを見る。


「全く死ぬかと思ったぜ……」

「エンジさんは大丈夫ですか?」

「全然平気」

「そうですか……よかった。でも、さすが神霊紙製の服としか言いようがないですね」

「凄いでしょ?」

「本当にな」

ネエ(ねえ)エンジチャン(エンジちゃん)アレウゴキソウダヨ(あれ動きそうだよ)?」


 そのまま三人は助かったとばかりに一息ついていたが、それまで黙っていたミカちゃんの一言で現状を思い出した。


 ズシンと重い音を響かせてこちらへ進んでくる怪物が、港の電灯に照らされてその姿を鮮明にしていく。一見すると二足歩行の恐竜のようだが、よく見れば全身がヘドロのように溶けてブヨブヨとしており、所々から廃材が生えていて、背中には錆びてひしゃげた鉄骨がとさかのように歪に並んでいた。

 正直に言って元が何なのか全くわからない、生物のような何かであった。


「いや、マジで何なんだアレ!?」

「ヘドロん?」

「そんな環境問題のゆるキャラみたいな感じじゃないですよアレ!」

「つーかエンジ! お前は何で楽しそうなんだ!?」


 異形の怪物を直視してしまった柊と梓は混乱する。しかし、エンジが弾んだ声色でゆるキャラか怪獣映画のキャラクターのような名前を付けているのを見て、すかさず突っ込んだ。


 そんな三人目掛けて怪物が腕を振るうと、そこから生えていた廃材が幾つも矢のように飛んで来る。

 エンジの危機を感知した装備品が再び結界を張り、飛んできた廃材を弾き飛ばして激しい音を立てた。弾かれた廃材が地面や倉庫の壁に深く突き刺さり、その威力を物語る。

 廃材が防がれた事を理解したようすの怪物が、今度は体全体を振るわせた。体に蓄えた廃材は腕以外からも飛ばせるようで、全身のあちこちからそれらが飛んで来る。

 ガィンゴィンと音を鳴らしながら結界がそれらを弾くためエンジには全く効果が無いのだが、同時に弾いた廃材が周囲に飛び散り、ぶつかり合って飛び交っているために下手に動く事が出来ない。

 その間にも怪物はどんどんこちらへ進んで来ていた。


 このままではマズイと柊と梓は判断し、何とか逃げようと再びエンジを抱えにかかった時、エンジが口を開く。


「うぃっひっひっひ! おうオレ、何だか面倒なのに絡まれてんじゃねぇか」

「かっこいいよ?」

「そのセンス俺にはわからねぇな」

「カッコいいのに……」

「あーいやまあ……それは置いといてだ。星使いの俺が何とかしてやるから体貸せってよ」

「ホント?」

「ホントホント。坊さんウソつかない」

「お金返さなかったのに……?」

「そりゃ生前の話だろ! しかもありゃあ、お布施だ。お・ふ・せ」


 何やら徐々に本題から脱線していくエンジ()()の独り言。同じ口から語られる二人の会話は、平時であればただ微笑ましいだけのやり取りであったが、今の状況は全く持ってそんな事をしている場合ではない。

 怪物が多数の廃材に包まれた腕を振りかぶりながら、既に攻撃が届く距離まで迫って来ているのだ。

 それなのに怪物が現れてからずっと、緊張感もなく呑気な事をしているエンジに柊がキレ気味に怒鳴った。


「何だか知らねぇが、そんな事言ってる場合じゃねぇだろ! 逃げんぞエンジ!」


 そう叫んで柊は強引にエンジの腕を取ったのだが、取られた方の彼女はニヤリと倉庫で見せた笑みを浮かべる。


「お()ぇさん、ちと(ちけ)ぇなぁっ、と!」


 エンジが地面を左足で踏み、そのまま不恰好に蹴り上げた次の瞬間、突然怪物が腕を振り上げた状態のまま岸壁まで戻っていた。

 突如として起こった現象に柊と梓、怪物でさえも戸惑いを隠せない様子でいると、右足が悪いせいで蹴りの後に体勢を崩したエンジが「うおっ」と言いながら倒れそうになる。

 慌てて柊が掴んでいた腕を引き上げ、梓が背中を支えた。


「全くままならねぇ体だ。済まねぇな、助かったぜ嬢ちゃんたち」

「それは……いいんですけど、何をしたんですか?」


愚痴を溢しながら二人に礼を言うエンジ。梓はそんな彼女に何をしたのか問う。だが……。


「ひ・み・つ。さて、俺の仕事はここまでだ。あとは―― 私の仕事ね」


 そう言って笑いながらあからさまに答えを濁したエンジが、立ち上がりながら眼帯に手を掛けた。

 台詞も途中で口調が一変し、それまでの老人の雰囲気からガラリと変わって、大人の女性のそれを纏わせる。

 その瞳を覆う眼帯が取り払われた深く青い右目には、小さく五芒星の光が浮き上がっていたのだった。

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