「お願いいたします」
キャビネットが開かれてから直ぐにポルターガイストは収まり、物が飛び交うこともなくなったため、倉庫内は再び静けさを取り戻した。
エンジはおもむろに人形の頭を優しく撫でる。すると人形は眠りにつくように、ゆっくりとガラスの瞳を閉じて、キシリと体を鳴らしながら座り込んだ。足を揃えてたおやかに座るその姿は、まるで妖精のような魔性の美しさだった。
柊と梓はそんな人形に少しだけ見とれながらエンジに尋ねる。
「コイツ落ち着いたのか? 座り込んじまったけど」
「うん。力の使いすぎ」
「凄い妖力でしたね。見た感じ瞼も体も動くように出来てないのに動きましたし、霊障もここまで大規模だと付喪神としてもかなりのモノです」
「ほったらかしにしてたら下手すりゃ死人が出てたな……」
そう言うと柊と梓はふうと一息つき、周囲の確認をしてから緊張を解いた。
「エンジ、これで今回は一件落着か?」
「……うん」
「このお人形さんはどうします? どうも盗品のようですけど……」
「とりあえず連れて帰る」
そう言ってエンジはもう一度人形の頭を撫でると、パタンとキャビネットの扉を閉じ梓の方を見る。
「……あの……私が持っていくんですか?」
「お願いいたします」
ペコリといつになく丁寧に頭を下げられてお願いされた梓は、どす黒いキャビネットを見て躊躇するが、エンジの後ろで代わってやろうかとニヤつく柊を見ると気合いを入れてそれを持ち上げる。幸い大した重さはなかったので梓一人で抱えることができた。ただ見た目が非常に不気味なだけで……。
エンジに頼られた嬉しさと不気味なキャビネットに触る不安感の間で、梓の感情は大いに揺れるのだった。
倉庫を出ると柊が電話をして、駐車場で待機しているはずの時蔵に連絡する。ワンコールで直ぐに繋がると時蔵の緊張した声が聞こえてきた。柊が仕事が終わった旨を伝えると、あからさまにホッとした声色になる。
直ぐに迎えに行くと言って通話は終わり、エンジたち三人は倉庫の前で車が来るのを待つことにした。しばらくして手持ち無沙汰になった柊はエンジに話しかける。
「それにしても、その人形持って帰ってどうにかする伝はあんのか?」
「杏里沙にお願いする」
「……まあエンジの頼みなら断らねえか」
完全に他人だよりな回答をされた柊は、依頼自体は片付いてるし……と半ば諦める事にする。そんな話を暇潰しにしていたところに、梓が思い出したように切り込んできた。
「それより! もう落ち着きましたし、エンジさんさっきの誰かについて説明してください!」
「うっ……えと。その……」
「おいおい、梓。手加減してやれよ」
「いいや、今度は誤魔化されません。わたし心配してるんですから」
「えっと……あれは――」
キャビネットを抱えたまま詰め寄る梓にエンジがしどろもどろになっていると、大きなエンジン音と共に車が猛スピードでこちらに突っ込んでくる。
ぎょっとした三人が固まったり、庇ったり、抱えて避けようとそれぞれしている前にドリフトしながら急減速した車が止まった。そしてヘッドライトに照らされた三人の元に、車から降りてきた時蔵がやってくる。その態度は重い心労が取れたように実に晴れ晴れとしていて、清々しいくらいに笑顔であった。
「姐さん方お疲れ様です! この時蔵急いで参りやした! して、お三方ともそんな格好でどうなされたんで?」
「……オイこら!! どんな運転してんだテメェはよぉ!?」
「はて? 姐さん方もお疲れだろうと思いやして、飛ばして来ただけで……」
「その心遣いは嬉しいんですけど、お陰でこっちは轢き殺されるかと思いましたよ!!」
「怖かった……」
「ほら! エンジさんも怯えてるじゃないですか!!」
「ええっ!? す、すいやせん! この時蔵、そんなつもりは微塵もありやせんで」
エンジのビビり様と、柊と梓、怒れる両名の剣幕に、「お三方の無事に浮かれておりやした」と申し訳なさそうに肩を落として平謝りする時蔵。その姿と謝罪を受けて溜飲を下げた柊と梓は、時蔵を伴って車にキャビネットを積みに行った。
この衝撃で既に二人の頭からは、エンジを問い詰めていたことがすっぽりと抜け落ちていたのだった。
「よし! これならなんとか収まるだろ」
「結構高さがギリギリだね。トランク閉まるかな?」
「恐らく大丈夫でさぁ。では、閉めますんで少し離れてくだせぇ」
梓一人で持てる重さとはいえ、意外と幅も奥行きもあって微妙にトランクに収まりきらないキャビネットを積み込むために、ああでもないこうでもないと試行錯誤していた柊、梓、時蔵の三人。
雑多に入っていたトランクの中身を一度整理してから端に寄せてスペースを作り、そこへキャビネットを寝かせて置くことで何とかトランクを閉じることができた。
なお、キャビネットの中には人形を守るようにトランクの中にあった毛布を詰めたことで、人形の安全を確保することも忘れていない。
そんなこんなで帰る準備が出来た三人は、背後で大人しく待っている筈のエンジに車に乗り込むよう言おうと振り返ったのだが、そこに彼女の姿は見えなかった。
「あれ? エンジさん……?」
「おいおい、エンジの奴また勝手に……! どこ行きやがった?」
三人が周囲をキョロキョロと見回すと、少し距離のある港の岸壁に立ち海を見ているエンジの姿があった。
「あっ! あそこ! いつの間にあんなところに」
「ったくあんなとこで何やってんだ。つーか一言断ってから行けや」
「お二方。あっしは車のエンジン掛けときやすんで、エンジの姐さんをお願いできるでしょうか?」
「ああ、頼むぜ。行くぞ梓」
二人はその場に時蔵を残しエンジの元まで歩いていく。近くまで行くが二人の足音にも何も反応を示さない彼女は、ただただじっと暗い海を見つめている様だった。
「おいエンジ! どっか行くなら一言言えって言っただろ! いい加減キレるぞ?」
「……う? ごめん」
「もう、心配かけないでくださいよ。それでエンジさんは何してるんですか?」
「海みてた」
そんなエンジへ柊と梓は声を掛けながら左右を挟むようにして並ぶが、エンジは海から視線を外すことなく受け答えをする。それに釣られて二人も海へ視線を向けるが、そこには穏やかな波が寄せてくる暗く海中を見通すことの出来ない水面があるだけだった。
「えっと……海に何かあるんですか?」
「……うーん?」
「やめてくれよ? ただでさえ最近船の事故あったんだからよ。それ海に潜んでる化物のせいだとか言わないだろうな?」
三人並んで水面を見ながら、梓がエンジへ質問するが彼女は少し首をひねるばかりで具体的なことは答えない。すると柊が半笑いをして冗談めかしながら荒唐無稽な事を言った。
その瞬間、海の底の方が一瞬だけ薄く光り、水面が不自然な形で僅かに揺れる。
「あ? 何だ?」
「今、光りました?」
柊と梓が訝しげに海を見つめていると、徐々に波が大きくなっていく。次第に揺れを伴って唸るような水の音が聞こえてきて、明らかな異常事態に二人が怯み始めると、それまで首をひねっていたエンジがポツリと言った。
「柊、梓」
「な、なんだ?」
「私詳しくないけど」
「いや、エンジさん。それどころじゃ……」
「これも仕事?」
この後柊と梓はエンジを抱えて踵を返し逃げ出す事となる。
こうして話は冒頭へと戻るのだった。




