「叱られるかな……」
あけましておめでとうございます
「ひっ、柊! これちょっと前情報と規模が違うよっ!」
「アタシらが来るまでの間に力を蓄えちまったんだろうさっ! おい、エンジ! こっからどうするか考えてんだろうなッ! 無いならあたしらが手を出すぞっ!?」
倉庫内には風切り音を出しながら飛び交う品物によって、轟々と風音が鳴り響いている。
そんな嵐の中に巻き込まれてしまい、ビュンビュンと自身に向かって飛んで来る段ボールを叩き落としながら、梓が焦ったように叫ぶ。同じくエンジを守りながら段ボールを捌いている柊は、背後に佇んだまま動かないエンジに叫んだ。
すると、少しの間を開けてから、スッと目元をにやけさせるエンジ。
「……うぃっひっひっひ。なぁに、奴さんの近くへ進むってだけさ。お前さんらは何もせんでいいぜ」
急に笑いながら歩き出したエンジが二人を追い抜き、全く別人のような口調で、すれ違いざまにそう言った。
柊と梓は飛んで来る段ボールの対処をしていたせいで虚を突かれてしまい、エンジを自分達の守備範囲から通り抜けさせてしまう。
「おいおいおい、マジで言ってんのかよ!」
「エンジさんッ! 危ないですから離れないで下さい! 無茶しないでッ!!」
勝手に行動したエンジに焦った二人が叫ぶが、彼女は意にも介さず進んで行く。散らばっていた物が飛び交っているお陰で、地面にエンジの歩みを阻害するものは無くなっていた。
とはいえ、その障害物たちが高速で向かって来るので、直ぐにぶつかってしまうかと思いきや、全ての物がエンジの近く、そのスレスレを通りすぎ一つたりともぶつかることがない。
時折屈んだり、立ち止まったりすると、そこを物体が紙一重で通りすぎていく様は、まるで全てを見通しているかのようだ。
「どうなってんだクソッ! 追うぞ、梓!」
「うん! エンジさん、待って! 危ないから、せめて私たちと一緒に行って下さいっ!」
相変わらず右足を引きずりながら歩いているにも関わらず、不自然なまでに歩みの速いエンジ。彼女の小さい歩幅と移動距離がなぜか全く噛み合っていない。
まるで動く歩道にでも乗って歩いているような彼女の動きに、柊は困惑と同時に悪態をついて梓と共に追いかけ始める。
梓はエンジへと呼び掛けるが、当のエンジはちらりと振り返ると、ニヤリと口の端を釣り上げて何も答えず無視をした。
「無視かよっ! おい、待てエンジっ!! 近くに居ねえとお前を守れねえだろうがっ!!」
「ねえ柊っ。エンジさん、何か雰囲気おかしくない!? あんな風に笑う人じゃなかったよねっ?」
「知るか! そんなん考えんのは後だっ!」
追いかける二人だがエンジと違い、飛来物の対処に手間を取られて遅々として進めず、一向に彼我の距離は縮まらない。ならばと彼女に向かって声をかけても、一顧だにされない状況に焦りともどかしさを募らせていった。
一方、柊と梓を置き去りにしているエンジは、チラリと二人の様子を伺った後、己の中の人物と言葉を交わしていた。
「……柊、怒ってる」
「うぃっひっひっひ! そりゃあ当然だな。自分達が面倒見るって請け負った対象が、勝手にどっか行っちまって、手前の言うことなんざぁてんで聞きやしねぇんだからよ」
「叱られるかな……」
「だろうな。まあ、怒られてる内が華だ。事の始末をつけたら素直に謝っとけ」
「……そうする」
夢で助言された時から始めていた密かな練習によって向上した力を使い、体の操作の主導権を不良坊主の自分に明け渡しつつ、独り言を呟くようにして互いに会話をする。
今生のエンジは柊と梓の焦りようを見て罪悪感を感じてはいるものの、行動を改める気はないようだった。
エンジがこの倉庫に足を踏み入れた時から感じていた、何らかの意志の在処へ、飛来物をすいすいとやり過ごしながら歩を進める。
しばらく進むと彼女の精神に小さな女の子の声が聞こえてきた。ラジオの周波数が合うかのように徐々に鮮明に聞こえてくるその声は、強い怒りと悲しみを湛えている。
――してッ! 私を――てッ!!
一際強い思念が発せられると飛び交う箱の中身が破裂しバンッと大きな音を立てた。粉々になった何かが一帯に降り注ぐが、エンジはそれを予測していたかのように羽織っている振り袖の左袖で頭を覆い難を逃れる。
すると破裂せずに残った段ボールが飛ぶ速度を落とし、嵐の密度が下がった。
この隙にエンジへ追い付こうと足を早める柊と梓だったが、その背へと追い付く前にまた荷物の勢いが増してしまい追い付けず、彼我の距離がまた離れる。
そんな二人をチラリと確認してから、エンジは彼女達を待つことなく進んで行った。
「それにしても奴さん、随分とお怒りみたいだな。聞こえも良くなってきたし、少し呼び掛けてみるか?」
「……そうしよう」
「なら奴さんの思念を意識しながら話しかけな。そうすりゃ自然と相手の波長にピントが合う。……いやまあ、それに関しちゃプロのオレ相手に俺が言うまでも無いか! うぃっひっひっひ!」
「照れる」
不良坊主から誉められたエンジは、てれてれとニヤけた。
だが、このように気の抜けたやり取りをしている間も歩みは止めず、飛び交う段ボールも器用にかわしている。
そして照れが抜けて気を取り直すと、真剣になり集中して思念へと問いかけた。
「何で怒ってる?」
すると、思念から少しの驚きと共に即座に怒りの返答が返ってくる。
――私は拐われたのッ。だから帰りたいのッ。
より鮮明な少女の声が聞こえた。しかし、エンジにはその思念の位置は分かっても、背景の事情を汲み取ることが出来なかったため問いかけ続ける。
「何処に?」
そう問いかけた瞬間、再び強い怒りの思念と共に周囲の物が大きな音を立てて弾けた。 後方では柊と梓の怯む声が聞こえるが、どこか怪我をしたという感じではないので努めて気にしないようにするエンジだった。
再び周囲の飛来物が突然弾け飛び、大小様々な大きさの破片が柊と梓に降りかかったが、驚きこそすれ対処はできたため二人とも怪我を負うことはなかった。自分達が大事ないと分かれば次に気にするのは、一人で勝手に先行しているエンジの事だ。
「もう何なの!? 何とか対応出来るけど予兆が全然捉えられない!」
「でもよ、また勢いが弱まった。勢いが戻る前に今度こそエンジに追い付くぞ梓っ!」
「わかってるよ柊ッ!」
先ほどよりもスピードを上げて走り出す二人。
前方を行くエンジとの距離は以前としてかなり離れているが、飛来物の密度が減っている今、ある程度の対処を捨てて形振り構わない走りをする事で徐々に彼女との距離を詰めていく。
未だ二人はエンジが何を視て、具体的にどこを目指しているのかわかっていないが、彼女が倉庫の奥まで行こうとしていることは見てとれる。事実、エンジはもう少しで向こう端に到達する位置にいた。付き添いの自分達を置き去りにして。
いくら見守りに近い付き添い兼手伝いとはいえ、 ここまで呼び掛けを蔑ろにされ、ほとんど役にも立てていないとなれば五塔杢の沽券に関わる。故に柊と梓は防御を捨ててでも追い付く為に走ったのだった。
そして、そのおおよそ祓い屋の大家、五塔杢家のトップとは思えない余裕のない行いの甲斐あってか、遠く見えていたおめでたい柄の小さな背に追い付くことができた。
「やあっと追い付いたぞエンジっ! シカトしやがってよぉ!」
「おう、お疲れさん。だが悪いがまだ途中でな。すまねぇけどよ、今は何も聞かずに大人しく黙ってついてきてくれな?」
その飄々としつつもあんまりな言葉に、柊は違和感を覚えるが、カチンと頭にきてしまい声を荒げる。
「んだと!? エンジ、テメェ倉庫に入る前の約束忘れたってのかッ!? 土壇場でゴネンなって言ったよなぁ!」
「うぃっひっひっひ! そりゃあ俺の負担が大きすぎる時って話だろ? なら見込み違いだっつー話だな。見ての通り俺は何ともねえ」
人をおちょくるような物言いに柊が苛つきながら突っかかると、不良坊主はそう言って笑いながら左袖をヒラヒラと揺らした。
「……くっ! この野郎ッ」
「ちょっと柊! アナタも柊をおちょくるのを止めて下さい!」
こめかみに青筋を立てて、煽る不良坊主の頭を叩こうとする柊を慌てて梓が止める。流石に不良坊主も悪いと思ったのか、にやけながらも「悪い悪い」などと言って謝ったのだった。
気づいたら年が明けてました。
少しだけ書きためたので数日の間、更新します。




