「うん、わかった。それで……」
実況席と化したカウンター席周辺で批難に近い視線に晒されつつも、用意のできたアイスティーを出すタイミングを伺う有夏。柊達も彼女が自身の過去の行動を大して気にも留めていないと見るや、視線をエンジ達のテーブルへと戻す。
そちらでは、思いもよらずエンジの見栄に巻き込まれてしまい、なんとなく座りが悪く渋い顔をしている愛梨亜と杏里沙が、事実を知りエンジの対面で俯いてしまった梓を黙って見ていた。
「えっと……あの……梓……」
「……他も……そうなんですね?」
「……ごめんなさい」
梓に対してエンジが気遣わしげに声をかけると、俯いたまま表情の窺えない彼女は、ポツリと小さい声でそう問いかける。
罪悪感からこちらもか細くなった声で、エンジが絞り出すように答えると、梓はバッと顔を上げ、困惑と自嘲が入り交じったような力のない笑みを浮かべた。
「うっすらと頭の片隅では思っていたんです。あの優しいエンジさんが、そんな蛮族みたいなこと出来ないだろうなって……」
「「「うっ……!」」」
穏やかに語る梓の『蛮族』という言葉が、同じ席にいた愛梨亜と杏里沙、そしてカウンターにいた有夏に突き刺さり、三人同時に呻き声を上げ胸を押さえる。側で見ていた傍観者たちは、全員がそう言われても仕方ないなと思った。確かに内情を知らずに起こった事の字面だけを見れば、ほぼテロリストである。
三人とも己の行動に恥じ入るところは何もないとはいえ、こうも悪気も何もない全くの素で『蛮族』などという評価をされれば、多少は思う所もあった。
そうして意図せず三人を撃沈した梓は続ける。
「でも、私達にもちょっと事情があって……。もしかしたらって思いたかったから、違和感を無視して先走って……。私、迷惑でしたよね……?」
「ううん。ちょっと怖かっただけ」
「そ、そうですか……。怖がらせてしまってすみません」
「いい。私が悪かったから」
「じゃあ、私がエンジさんを怖がらせた事と、エンジさんが私に嘘をついた事、どっちも悪かったって事でお相子にしませんか?」
「いいの?」
「ええ! エンジさんがそれで良ければ、是非ともお願いします」
「じゃあ、お願いします」
「はい! では、これでお互い水に流しましょうね!」
「うん! ありがとう、梓」
問いかけに対しエンジが首を横に振りながらも、そこだけ妙にキッパリと答えると、梓はちょっとショックを受けながら謝罪する。
お互い相手に負い目を感じており、それによって謝罪合戦が始まる事を危惧した梓の提案に、エンジが同意し、頭をペコリと下げたことで無事に二人は和解する事ができた。
一方、梓が事情などと言い出したのを聞いて、二人のやり取りを見守っていた店内の者達に動揺が走る。
エンジとミカちゃんを除いたその場の全員が五塔杢家の事情を知っており、素早く互いに目配せを交わしながら、話に割って入るか様子を窺う。
結局、この時点ではそうすることはなかった。
「でも、そうすると私が選んでしまった依頼は、エンジさんには向いていないかも知れないですね」
「そうなの?」
「ちょっとエンジさんの実力が分からなくなっちゃったので、何とも言えないんですけど、そこそこ大変なの選んじゃって……」
「そうなんだ……」
「あっ、いえっ! 選んだのは完全に私のせいですから、依頼には私も手伝いに同行しますよ! ですから、エンジさんは大船に乗ったつもりで安心してください!」
周囲が右往左往している間にも二人の会話は進み、話の流れでいつの間にか梓も依頼に協力することになっていた。
「梓、ありがとう」
「いえ、さっきも言いましたけど、私のせいでもあるんですから気にしないでください」
「うん、わかった。それで……」
お礼を言うエンジに対して、彼女は少し照れくさそうに手を振りながらはにかむ。それで話は一段落したと見守っていた周囲の誰もが、話をしていた梓本人でさえそう思ったところで、エンジが続けて言った。
「事情ってなに?」
その言葉に梓が動きを止め、固まる。
「…………。あっと、その……。えっと……」
「困ってる?」
エンジも先ほどは謝罪の最中だったので深くは尋ねることはなかったが、決して梓の言う事情というものが気にならないわけではなかったのだろう。その問い掛けに不意を打たれ、何か言わねばとしどろもどろになる梓に、助けになれればという表情をしながら、再び彼女は問いかける。
「……っ。……そうですね。実は柊の両親が――」
「梓ぁ!!」
その時初めて自身の手痛い失敗に気付いた梓が、最初は誤魔化そうと口を開きかける。しかし、エンジから伝わる純粋な疑問と強い心配の気配に、彼女は観念して五塔杢家の抱える事情を打ち明けようとした瞬間、カウンター席に座る柊が大声を上げてそれを遮った。
その突然の大声に、エンジと梓は肩をビクッと震わせて驚き、話を止めてカウンター席へと振り向く。
「それは今はウチだけの事情だから言うな」
「で、でも柊――」
「梓。これは五塔杢当主代理として言ってんだ。頼むから分かってくれ」
「……うん。ごめん、柊」
酷く真剣な顔をした柊が梓に釘を刺す。梓は反論しようとするが、柊が普段なら、まず振りかざすことのない、五塔杢家の事実上のトップとしての立場からそう言われてしまえば、納得する他なかった。
「エンジも悪かったな。でも、そういう事だからよ。今は詳しくは聞かないでくれな?」
「……わかった」
梓が理解を示し頷くと、次いで柊はエンジの方へ向き直り、謝ってから申し訳なさそうにお願いをする。対してエンジも、納得はいかずとも渋々ながらそれを了承し、頷いた。
「あんがとな、エンジ。じゃあ話も終わったし、気分を入れ換えて仕事に行こうぜ。その様子じゃ、もう準備出来てんだろ?」
「うん」
「なら決まりだ! おう、梓! 仕事だ、行くぞ!」
「わかったから急かさないで柊。では愛梨亜さん、杏里沙さん、有夏さん、エンジさんの事は私が責任を持ってお手伝いしますから!」
柊はエンジの返答を聞くと、カウンターで悩ましい表情をしている有夏の肩をポンと軽く叩いてさっさと外へと出ていく。エンジもミカちゃんを回収してそれに続いた。
急な出立に慌てる梓は、急いで愛梨亜達に頭を下げて二人に続こうとしたところで、声をかけられる。
「お願いね、梓。貴方達がついていれば何とかなるとは思うけど、不味そうだったら遠慮なく連絡してちょうだい。みんなで助けにいくから」
「そうですよ。助けさえ呼んでもらえれば飛んでいきますから、絶対に無理だけはしないで、三人で無事に帰って来て下さいね?」
「は、はい! 任せてください!」
そう愛梨亜と杏里沙に言われた梓はたじたじになりながら、もう一度頭を下げて店を出ていった。
三人と一体が仕事に行ったため静かになった店内で、八巻はふうっ、と息を吐いた。 そこに愛梨亜が話しかける。
「八巻はあの二人の事情を知っていたのよね?」
「うん。この前、柊さんと一緒に駅に送ってもらった時に聞いちゃって……」
「そう……。なら巻き込んだ訳ではないのだから、謝らなくても良いわね?」
「いや、いいんですけど。そう言われると何か引っかかる物が……」
「ふふっ。八巻君、別に何かを誤魔化している訳ではないですから、安心してください」
「そんな笑顔で言われたら、何故か安心できない!」
愛梨亜と杏里沙が胡散臭い笑みを浮かべて八巻をからかい、彼はそれにツッコミを入れる。そうやって三人は談笑するが、店内に残った者の中で唯一、有夏だけが難しい顔をして何かしらについて悩んでおり、その輪に加わることはなかった。
そんな彼女を見かねた杏里沙が話しかける。
「有夏。さっきは柊の機転で事なきを得ましたけど、これ以上先延ばしにするのは難しいですよ」
「……そうだね」
「慈円寺の家でも話したけれど、この話を持ってきたのは有夏なのだから、私と杏里沙は貴女の判断に従うわ」
「……うん。ごめん、杏里沙、愛梨亜」
「いいんですよ。エンジの事を思えば悩むのは当然です。あの人は昔から無茶をしますからね」
「それに友達の頼みなのだから、エンジが関わらないのであれば、直ぐにでも聞いてあげたいと思うのは当然よね」
「……そうだけど、それは無理だ。あの頼みはエンジにしか出来ない。だから、あたしはこんなに迷ってる」
慈円寺家でエンジが双子に抱きつかれ眠り、三人が両親と家族の絆を確かめ合ったその後、有夏は二人に柊の頼みについて相談していた。
話を聞いて愛梨亜と杏里沙は大変悩ましい顔をしたが、結局二人は受けるか受けないかをエンジに委ねる事にして、もしも受けるならば全力で補佐をするという意見に落ち着いた。
そして、いま黙っていたとしても、今後エンジが何かの拍子に柊の頼みを知ってしまうかも知れない。それならば、自分達から伝えた方がいいとも。
そんな愛梨亜達の意見を聞いてもなお、有夏はエンジに対するリスクを考え、さらに情報を集めつつ思い悩んでいた。
「でも、もうあたしも腹を決めないとね」
「じゃあ……」
出し損ねたアイスティーを一気飲みした有夏が決意を込めた顔をする。彼女が意思を固めた事を察し杏里沙が尋ねると、有夏は二人の顔を見て頷く。
「うん。エンジに話そう」
「そう。なら、今日はエンジも疲れているだろうから、明日にでもそうしましょう」
そう宣言した有夏に愛梨亜がそう告げて、三人は改めて店を開ける為の最終確認を始めたのだった。
「えっと。なんだか纏まったみたいでよかった……」
三人が話している間、ずっと空気のように忘れられていた八巻は、そう溢して一人また息を吐いたのだった。
ここ二ヶ月くらい体調が悪く、何か話も書けないので、気分転換に他の所で他の話書いたり、別の事してました。
相変わらず体調はよくないですけど、少しはやる気も出たので、またちまちま書いて行こうと思います。




