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四人の日常  作者: 曽良紫堂
エンジの生活
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「そう。だから仕方ない」

 委員会が思いの外早く終わった愛梨亜とエンジはスマホで有夏へと連絡し、二人と玄関で合流した。


「委員会どうだった?」

「返却期間が延びるって話だけで、少し変な話はあったけど今のところ関係はないわね」

「変な話ってどんな話なんですか?」

「普通の何倍もの匿名の意見があったらしいわ。返却期間が短いってね」


 靴を履き替えながらの二人の質問に愛梨亜が委員会であったことを答える。


「実際短い」

「それはエンジがいつも読んでる途中ですぐ寝ちゃうからですよ。そのせいで全然読み進まないじゃないですか」


 愛梨亜に履き替えを手伝ってもらっているエンジがぽつりと言うと、杏里沙がそう言って突っ込んだ。


「眠くなるから仕方ない」

「わかるわー。まあ、眠くなるよね」

「そう。だから仕方ない」


 開き直ったように言うエンジとそれに同調する有夏が二人してウンウンと頷き合いながらそう言った。


「教科書は読めるのに、何で普通の本だと途中で寝てしまうんですかね」

「変な本ばっかり選ぶからよ。この前読んでたのは、昆虫に振る舞う魚類の創るコース料理全集とかいう分厚い本だったわね」

「あの辞書みたいな本、そんなタイトルだったんですか!?」


 杏里沙の疑問に愛梨亜が答える。エンジが先々週読もうとしていた本は、内容が想像できないような奇想天外なタイトルの本であった。


「あの本どんな内容なのさ?」

「わからない」

「読みきれなかったんですね」

「私は借りるの止めたのよ。ページ数が多すぎるし、面白くも無さそうだったしね」

「無念」


 そう話ながら校門を出て駅へと向かう道を歩く四人の前に一匹の三毛猫があらわれる。猫は四人をじっと見つめにゃあと一言鳴くと、ゆっくりと何処かへと向かって歩いていき、そのまま姿が見えなくなった。


「かあさま」

「わたし達のことを呼んでいましたね」

「今度顔出さないと、しばらく会ってないし」

「おばさまもエンジが心配なのかしらね」


 猫を見送った四人は口々にそう言いまた歩き始める。そのうち駅に着くとすぐに来た電車に乗り込む。車内を見渡し、空いていた席を見つけると愛梨亜と杏里沙がエンジを挟むように座り、有夏はエンジの前に立つ。落ち着いたところで愛梨亜が話はじめる。


「今日は買い物して帰るのかしら?」

「そうですね。冷蔵庫の中身も大分少なくなりましたから、スーパーで買って帰りたいですね」

「エンジ今日の夕飯はハンバーグだよ」

「ハンバーグ!」


 有夏がエンジに夕飯の献立を伝えると、エンジは目を輝かせて喜んだ。


「今日のお夕飯の献立は、いつ決まったのかしら?」

「さっき二人を待っている間に有夏と決めたんです。挽き肉が結構な量残っているので、今日使ってしまおうと思いまして。ねっ、有夏?」


 杏里沙は愛梨亜にそう言って、有夏の方を向いた。


「そうそう! あたしが作るから期待して良いよ!」

「有夏、期待してる!」


 そうやって有夏はエンジの期待を煽り、エンジは興奮したように頬を赤らめた満面の笑みで有夏に言った。

 そんなエンジの様子を愛梨亜と杏里沙が暖かいまなざしで見ていたのだった。



 地元の駅に着いたあと、スーパーで大量の食材を買った四人は荷物を愛梨亜と杏里沙が分け合って持ち、荷物を持たない有夏がエンジと手を繋ぎながら自宅である雑居ビルまで帰って来た。

 そのまま階段を登り二階のリビングまで行くと手を洗い、買ってきた荷物を持った二人は業務用の大型の冷蔵庫に次々と食材を入れていく。


「結構買ったわね。これなら四日は持つかしら」

「お野菜がセールで安く買えて助かりました。これなら今月も依頼をこなさなくても大丈夫そうです」

「杏里沙、家はお金には全く困っていないのだけれど……」

「資産は幾らあっても損はないですからね!」


 杏里沙がとても良い笑顔で力強くそう断言した。


「お金は大事」

「エンジもそう思うの?」


 側で見ていたエンジが真剣な顔で言うと、有夏が珍しい物を見る様な顔で彼女に問う。


「無いとご飯が無くなる」

「ははっ、そりゃ腹ペコなエンジには一大事だね」

「死活問題」


 必死そうにそう答えた彼女の様子に、有夏は笑いながらグリグリと頭を撫でる。


「大丈夫ですよエンジ、いざとなれば依頼で稼ぎますから。有夏が」

「はっはっは、任せとけ!」


 杏里沙が有夏に仕事を押し付けるように茶化して言えば、有夏は笑ったまま自信満々にそう言い、エンジは二人を見ながら一言、期待していると言った。

 三人がそうしている間、愛梨亜は夕飯に使う食材をキッチンに並べて有夏を呼ぶ。


「有夏。夕飯の材料はこれでよかったかしら? ハンバーグよね」

「お? 準備してくれたんだ、ありがと」

「付け合わせは勝手に選んだから、他がよかったら言って頂戴」

「これでオッケーだよ」

「じゃあ冷凍の挽き肉を解かしている間に、着替えてきましょう」


 そう言って愛梨亜と有夏はリビングを出て階段を上っていった。


「杏里沙、テレビ見よ?」

「いいですけど、二人が戻って来るまでですよ? 戻ってきたら一緒に着替えましょうね」

「そうする」


 残った二人はテレビを見るためにソファーへ行き、杏里沙はエンジを膝の上に乗せて座りテレビをつける。大型のテレビに写る番組をザッピングしながら見ていると夕方のニュース番組が始まっていた。


「……速報です。今日午後二時ごろ音橋港付近を航行していた外国籍の輸送船が座礁し乗組員十五人のうち六名が海に投げ出されたと見られ現在行方不明、他九名の乗組員が船から救助され病院に搬送されましたが、内二人が重症、三人が軽傷ということです。警察と海上警備隊は事故の原因の究明に……」

「大変だ」

「大きな事故みたいですね、原因は何でしょうか」


 報道番組のキャスターが真剣な顔で速報を読み上げ、内容が進むにつれ事故の大きさがわかってくる。エンジはクマの縫いぐるみを撫でながら一言そう言い、杏里沙は事故の原因について話していると着替えに行った二人がリビングへと戻って来た。


「あれ? 何見てんの?」

「音橋港の船の事故です」

「あら、原因は分かっているのかしら?」

「いえ、これから調べるみたいですね」

「そう。じゃあ、私達はお夕飯を作るから、二人は着替えていらっしゃい」

「わかりました。エンジ、行きましょう」


 愛梨亜と有夏が問いかけると、テレビから意識を放して二人の方を向いた杏里沙が答える。二人はそれを聞くとニュースの内容にはあまり興味が無さそうにキッチンへ向かう。

 そうして三人が話し、杏里沙に着替えに連れていかれるまでの間、エンジはずっとニュースで流れている事故の映像を、じっと無言で見つめていた。


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