「えっと……ごめんなさい」
エンジに詰め寄りながら今日の依頼の説明を捲し立てている梓の肩に愛梨亜が手を掛けてエンジからやんわりと引き剥がす。急な事に戸惑った梓が後ろを振り返ると、慈愛の表情を浮かべ微笑んでいる愛梨亜が目に入り、ぎょっとしてしまう。
「エンジの為に依頼を選んでくれてありがとう、梓。でも先に私が向こうで内容を聞くわ」
「え? 愛梨亜さん? ちょ、ちょっと待って下さい!」
「いいからいいから。今ならお茶も出すわ。私の奢りよ?」
愛梨亜は梓の両肩を掴んで反対側を向かせると、背中を押してエンジから少し離れたボックス席に座らせた。そして彼女自身はその対面席へと腰かける。
その際に入り口付近で途方にくれて頭を掻いている柊と、げんなりとした顔をしている有夏にチラリと目配せをした。その視線を受けた有夏がしぶしぶカウンター内に入りキッチンでアイスティーを淹れ始め、とりあえず柊は八巻に案内されたカウンター席へと座る。
一方、詰め寄られ梓の勢いに萎縮していたエンジは横に座った杏里沙に諭されていた。
「エンジ、どうしてこうなったのか分かっていますか?」
「…………見栄はって嘘ついたから」
「そうですね。でも、もっといけないのは早く謝らなかったことですよね?」
「……うん」
「このところ色々あって、私も忘れていて後回しにしてしまったのは失敗でした。ですが、いい機会ですから梓に謝って誤解を解きましょう?」
「……そうする」
杏里沙が優しく頭を撫でながらエンジの間違いを指摘すると、彼女は少し項垂れながら後悔を滲ませた声で懺悔する。
会うたびに自分を誉めると同時に、実力への信用を深め、誤解の勢いを増していく梓に、それが嘘だとエンジにはちょっと言えなかったのだ。勢いが怖かったので。
そして今、過去にちょっとした出来心でついた過ちが時を経て自身の首を絞めている。
まさしく自業自得であった。
エンジは杏里沙に促されると一つ頷いてソファーから立ち上がり、重く震える足を動かしながら愛梨亜と梓が座っているテーブルへと向かっていく。後ろから杏里沙に背を押されつつ、付き添われて謝罪に向かう彼女の眼帯は涙で若干湿っていたのだった。
梓を席へと着かせた愛梨亜は、戸惑いオドオドとしている彼女から今日の依頼についての説明を聞いていた。
エンジの冗談半分の嘘を真に受けてどんな困難な依頼を持ってきたのかと、表情には出さずにヒヤヒヤしながら聞いていたが、依頼主を聞いて自分達が介入せずとも案外どうにかなりそうだと胸を撫で下ろす。
梓に分からないようため息をついていると、若干涙目のエンジと付き添いの杏里沙が自分達のテーブルへと向かって来るのが視界に入る。愛梨亜があえてそれを無視して会話をしていると、沈痛な面持ちのエンジが梓の隣に立った。
「あっ、梓……。えっと……その……」
「あっ! え? エンジさん!? どうしたんですか……?」
エンジが非常に気まずそうに梓に声をかけると、何故だか分からないが圧のある愛梨亜との会話に緊張していた彼女は、蜘蛛の糸がおりてきたとばかりに顔を輝かせエンジへと振り向く。
しかし、涙目のエンジをみて再び混乱へと突き落とされる。
「えっと……ごめんなさい」
「えっ? いっ、いやエンジさん頭を上げて下さい! ホントどうしちゃったんですか!?」
「私、梓に嘘付いてた」
「うそ……?」
「仕事の話は私じゃなくて有夏達の話」
「え……? えっと……? ええぇ!!!?」
突然の謝罪に梓が何が起きたのかと慎重にエンジへと問いかけると、エンジは勢いよく頭を下げた。深々と腰を折った最敬礼である。
慌てた梓が取り敢えず頭を上げさせるために、わたわたとしながら対応していると、そのままの姿勢で放たれたエンジの一言で動きが止まる。
一瞬呆けた彼女に対して、次いで放たれた言葉は梓に驚きの叫びをあげさせた。
「オドロイテルネ」
「そりゃあな。梓は完全に信じきってたから、嘘だって言われりゃああなるわなぁ……」
「うちのエンジが本当にごめん……」
カウンター席ではいつの間にかテーブルによじ登って座っていたミカちゃんが、その光景を冷静に見つめて一言溢す。同じく見ていた柊もさもありなんと言った具合。
自身の一応の庇護者の何とも言えない姿に苦笑いをしている八巻と、アイスティーを淹れる作業をしながら申し訳なさそうに謝る有夏。
カウンター席は完全に実況席と化していた。
「し、仕事の話ってエンジさんが話してくれた話全部ですか!?」
「ほとんどそう」
「首都の谷武士のビルを更地にしたのも?」
「有夏の仕事」
エンジの両肩に手を当てゆっくりと頭を上げさせた梓が尋ねると、エンジは頷く。
「あの、何かヤバい話でてない? 谷武士のビルって、まあまあ前にあったガス爆発事故の事だよね?」
「アリカチャン、ホントウ?」
「あ~あったね、そんな仕事も。組合が隠蔽して世間的にはガス事故って事にしたヤツ。でも結果的にそうなっただけなんだよ?」
「普通はそうならねぇんだよ、有夏……」
見守っていた八巻が聞き捨てならないことを聞き、事情を知っていそうな有夏に問いかけると、ミカちゃんと柊も同様に有夏を見た。問われた有夏といえば、作業を続けながら過去の仕事を思い出し、そんなこともあったなーなどと呑気に思いを馳せる。
その際に放たれた言い訳染みた言葉に柊が呆れたようにツッコミをいれた。
「……きゅっ、臼宿のチンピラを潰し回ったのも?」
「それも有夏」
焦ったように梓が新たに問いかけ、エンジがそれを肯定する。
「……海野さん」
「仕方なかったんだよ。人に憑いて逃げ回るヤツ相手だったんだ」
「そう言うヤツたまに聞くな。出会ったことねぇが」
八巻がジトっとした目で有夏へ声を掛けるが、彼女は紅茶のポットと時計を眺めたまま悪びれもなく答える。
有夏の回答を聞いた柊もそれならまぁ、といった反応を示した。実際、そういう手合いは素早く対処しなければ大事になる可能性が高く、その時の有夏の行動も已む無しとして組合で処理されていた。
「下原の商店街の集団昏睡と沼箱のテナント一夜集団消失もなんですか!?」
「それは愛梨亜と杏里沙」
次々と明かされる真実に困惑する梓に対して、申し訳なさそうにしながらも淡々と事実を開示していくエンジ。
彼女の口から愛梨亜と杏里沙の名が上がり、梓がバッと二人を見ると、その二人もまさか自分の名が上がるとは思っていなかったようで驚きながらバツの悪そうな顔をしていた。
「余罪が次々と出てくる……」
「ソレッテエンジチャントアリアチャンタチドッチノ?」
八巻が呆れたようにそう嘆くと、ミカちゃんがぬいぐるみのつぶらな瞳を向けて尋ねてくる。八巻はミカちゃんへ優しく微笑みながら首をゆっくりと横へ振り、何も答えなかった。口は災いの元なのだ。
「もうエンジったら、あたしの仕事だけじゃないじゃん」
「こう改めて聞くと、有夏達やり過ぎだろ……。普通はここまで出来ねぇぞ?」
ここまで向こうの話を聞いてポットと時計から目を離し顔を上げた有夏は、エンジの方を向いて肩をすくめた。
彼女はしょうがないなぁ、といった雰囲気を出しているが、柊からすれば有夏達の方が大概ヤバいことをしている。
エンジの嘘なんてコイツらに比べたら可愛いもんじゃないか、決して口にはしないがそう柊が抱いた思いは周囲の者達も同じなのであった。
この後どうすっかな……。
今のところ書き出しがなにも思い付かないので、しばらくかかると思われます。




