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四人の日常  作者: 曽良紫堂
エンジとお仕事
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魂の狭間 夢の海


 エンジは波の音と自身の足元が水に浸かっている感触がしたことで意識を覚醒させる。目を開くと足元が視界に入った。昼に着ていたゴスロリ衣装に眼帯はそのままに、ストッキングだけを脱いだ裸足で砂浜の上に立ち、足首までが水に浸かっている。

 静かに音をたてて、寄せては返す波に浚われる細かな砂の感触に得も言われぬくすぐったさを覚え、笑顔を(こぼ)す。

 どうやら穏やかな夜の海辺に立っているようだった。


 ゆっくりと夜空を見上げれば満天の星が瞬いており、その星たちの発する光の反射によって海面はキラキラと輝き、幻想的な光景を生み出している。そのお陰か月明かりもないというのにあまり暗さを感じることはなかった。

 むしろ海自体がうっすらと光っているようにも見える。


 エンジが今いる環境を確認していると、横から声を掛けられた。


「久しぶりだなオレ。んまぁ~、見事にガキんちょのまんまだな。ちゃんとメシ食ってんのか?」

「久しぶり。食べてる」

 

 その陽気で、しかし、どこか人をおちょくったような声の方を向くと、裳付衣(もつけごろも)に袈裟をかけた坊主頭の老人が、エンジの隣で彼女と同じように足元を海水に浸けて波打ち際に立っていた。


 彼はそう言って答えたエンジをまじまじと観察すると、皺の目立つ顔でニカッと笑って正面を向く。釣られてエンジも正面を向き、二人して無言で水平線を見つめた。


「魂を救う為に瘴気を受けるのは辛いか?」

「……それなりに」

「うぃっひっひっひ! まぁ、そりゃそうだわな。縁も所縁もないヤツの為に、瘴気なんぞを受けるのが辛くないわきゃあねぇや」


 暫しそうして眺めていると、おもむろに老人がしてきた質問にエンジは一息の間を置いてから少しだけ疲れたような声色で答える。それを聞いた老人はやはり陽気に笑った。


「無視して放っといても良いんだぜ? 幾ら見捨てらんないつってもよ、今のオレが潰れるまで頑張る義理なんざねぇんだから」

「ワタシは放っておいたの?」

「俺が救ったのは、絶対に俺の救いが必要なヤツだけだ。結局ガキ一人だけだったけどな」


 再びエンジの方を向いてニヤニヤとしながら老人は言う。エンジも彼の方を向き、少しだけ不快そうな顔で咎めるように質問を返した。


「何で一人だけ?」

「それがそんときの俺の一番の使命だったからさ。他のヤツなんざ些事だ。どうなろうが知らんわ」

「いいの?」

「いいか? 人にゃあ限度ってもんがある。救う力があるからって無限にゃあ救えねぇんだ。キリがねぇ。だからな、俺達みたいなのが選べるのは最初から全てやらないか、せめて自分が絶対にすべき事だけはやるか、だけなんだよ。極論だがな」

「…………そう」


 人を食ったような老人は未だニヤニヤとしているが、その実エンジの事を心配しているようで、彼女を諭すような物言いをしてくる。

 酷くひねくれていたが、エンジにもその思いは伝わったようで、ふいと顔を逸らしつつもそこに拒絶の意はなかった。


「その点、オレは大変だな。損な性分だ」

「そうかな?」

「そうだろ。俺なんざ一人しか救ってないんだぜ? それに比べて、使命を(こな)した上に目についたヤツを手当たり次第助けようなんざ、そりゃあ無理無謀ってもんよ。ただでさえ、黒柿の時ので一杯一杯で余裕なんかなかろうに。うぃっひっひっひ」



 老人が笑っていると、二人の背後から砂浜を踏みしめ、こちらへと向かってくる音が聞こえてきた。


「不良坊主の私の言う通りね。今のワタシは頑張り過ぎよ」

「だろう? 真面目過ぎんだよ、オレは」


 老人は、後から彼の意見に賛同する声をかけてきた人物の方に向き直り、へらへらと笑いながら話しかけた。

 ゆっくりと砂浜を歩いてきた若い女性は、エンジの隣に立ち、ニッコリと優しく笑いかける。

 彼女は背が高く、とてもカラフルな民族衣裳を身に纏い顔料を使ってシャーマンのような化粧を施している。

 そして、見ていると深く吸い込まれてしまいそうな綺麗な青色の瞳には、小さく五芒星の光が浮き上がっていた。


「今のワタシの使命なんて、両親の元に生まれた時点でほとんど終わったようなものなのよ?」

「でも、みんな助けてって思ってる……」

「それこそ、そこの不良坊主の私が言う些事ってものでしょう? 本来なら助けるのはこの世界の者がするべきで、どの世界でも異物の私達がすべきではないのよ」

「…………」

「まぁ、普通はそう世の中上手くはいかねぇもんだけどな。うぃっひっひっひ」


 民族衣裳の女性の言葉に不安そうに反論するエンジに対し、彼女は膝をついて目線を合わせると優しく頭を撫でる。

 ともすれば冷たいと取られてもおかしくない事を言いながらも、その声色や行動はエンジへの深い心配を滲ませていた。

 エンジもそれはわかっているが納得できないのか俯いてしまう。

 俄に重くなった空気を混ぜっ返すように、老人が茶化し皮肉げに笑っていると、再び背後から人がやって来る気配がする。


「はぁっ、はぁっ、やっとっ……入れたっ……! わたくし達! 今のワタクシを惑わす事をっ……言ってはなりませんよ!」


 大きな音を立て息を切らせて走ってきたのは、若い牧師のような格好をした男性だった。

 彼は老人と女性を睨み付けるとゲホゲホと咳き込みながらも、最早絶叫しているといっても過言ではない程の大声で注意する。


「ワタクシの行いも(こころざし)もとても尊いのですから、それを妨げる様なことはあってはならないのです!!」

「そうは言っても、それが必ずしも正しい行いだとは限らないでしょう?」

「いいえ! 人々の魂を救うことは絶対に正しい行いです!!」

「それが身を削るような事でもかしら?」

「それは……、ですが助けを求める魂を救うのは――」


 牧師の男性と彼の大声に顔をしかめた民族衣裳の女性がエンジそっちのけで言い争いを始めた。

 その様子を見た老人は耳を押さえながら一つため息を吐くと、ゆっくりと二人から離れエンジに手招きする。いきなり始まった言い争いに、同じく左手で片耳を押さえて顔を反らしながら呆然としていたエンジも、二人に気付かれないようにチョコチョコと老人の方へ避難した。


「あれまぁ。あの俺はうるせぇから、ここに入るの難しくしといたってのに。全く頑張るねぇ」

「声、大きすぎる」

「ホントにな。言ってる事は至極真っ当だけどよ、なんであんなに声が馬鹿デケェんだ?」

「知らないの?」

「知らねぇよ、オレもそうだろ? 老体にあの大声は堪えるからよ、会話にならねぇんだ。しかも俺よりも前の俺だから、事情も見てねぇわかんねぇと来たもんだ。能力だけは知ってるが」

「意見はいいの?」

「主義主張はそれぞれだ。そこで区別はしねぇよ。だから、ここに見合わねぇあの大声じゃなきゃ、最初から入れてたんだがなぁ」


 老人はそう言って気の抜けたようにアゴヒゲを擦る。終わる気配のない言い争いを見て肩を竦めると、エンジへと向き直り最初のようにニカッと笑った。


「さっきは俺もああは言ったけどよ、オレが助けてぇってんなら無理には止めねぇさ。まぁ、少しは自分を省みろとは思うがね」

「……うん」

「今回のところは、この前の仕事で貰っちまった瘴気の残りを俺が引き受けてやるから好きにやんな」

「……いいの?」

「駄目なら最初から言わねぇよ。ただ勘違いすんなよ? 俺は今のオレの記憶でしかねぇんだ。瘴気の総量自体は変わんねぇからな?」

「どうして助けてくれるの?」

「生前は不良坊主だったんだ。なれば、そんくらいはしとかねぇとよ。つまりこれが俺が絶対にやるべきことってこったな」

「……ありがとう、おじいちゃんのワタシ」

「良いってことよ」


 カラカラと笑った老人が優しくエンジを抱き締めると、エンジが感じている負荷が少なくなる。それは前回の仕事の時から増えていた分とちょうど同じくらいの負荷だった。


 増加分の負荷を請け負い、怠そうに首を回しながら立ち上がった老人は、手を握ったり開いたりしながら確認をしているエンジの頭を撫でる。


「さて。あっちは終わらないみてぇだから、気付かれん内にそろそろ(けぇ)んな。絡まれると面倒だぜ?」

「うん。そうする」


 いつの間にか取っ組み合いの喧嘩に発展していた二人の方を見つつ頭を掻く老人。エンジもぎゃあぎゃあと喧しく騒いでいるのを見て、巻き込まれるまいと急いで目を閉じる。

 すると直ぐに意識が揺らいでいく。


「おっと! そうだ、オレよ。あの牧師の俺とこの俺の能力を使えるように練習しときな」

「……? なん……で……?」


 ゆらゆらと意識が遠のいていくエンジに対して、老人が思い出したように声をかける。途切れ途切れの意識でエンジが尋ねると、老人は「ただの勘だ」と答えてカラカラと陽気に笑った。

 

 それを最後にエンジの意識は眠りにつき、騒がしくなった海辺から姿を消したのだった。

大分遅くなりましたが、明けましておめでとうございます。


今年も緩くやっていこうと思います。

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