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四人の日常  作者: 曽良紫堂
エンジとお仕事
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「飛燕と庵に早く会いたい」


 少し時は戻り、機嫌のなおったエンジの手を引いた愛梨亜を先頭に四人と一体は、玄関へと向かっていた。

 式神達によって綺麗に整備された前庭を抜けて母屋の玄関の前に着くと、愛梨亜の代わりに手の空いていた有夏が戸を開き、ただいまと言いながら入っていく。


「誰もいない」

「さっきより静かになってるわね」

「この感じだとみんなは離れかな? エンジ右足上げてねー」

「靴箱におじさま以外の靴が揃ってますから、少なくとも外ではないですね」

エンジチャンチ(エンジちゃん家)ハジメテハイルナ(初めて入るな)ー」


 次いでエンジ達が玄関をくぐるが、やはりその先には人気がなく、気付けば先ほどまでは聞こえていた騒音も止んでいた。エンジは誰かいないかとキョロキョロと廊下を見回す。

 その間に自身の靴を脱いでいた有夏が、愛梨亜と話ながらエンジの靴を脱がすのを手伝い始める。

 杏里沙が靴箱を開き中を確認すると、中には幸庵以外の家族の分の靴と、使用人や人型の式神用の靴が詰まっていた。

 空いているスペースに四人分の靴を仕舞っている間、ミカちゃんは初めて来た慈円寺家を珍しそうに見回していた。


「とりあえず、どうしましょうか。離れの方に様子を見に行きますか?」

「行くのは構わないのだけれど、そうなると荷物が邪魔になるわ」

「じゃあ先に部屋に行こうか。あっちの方も気になるけど、先ずは身軽になっとかないと」

「双子には悪いですけれど、そうしましょうか」

「決まりね、じゃあ行きましょ。って、エンジ!」


 玄関先での相談の結果、行動方針が決まった。

 愛梨亜たち三人は幼少期に慈円寺家で保護され、エンジが実家を出るまで一緒に暮らしていたので各々の自室が存在する。

 その部屋に荷物を置きに行くため愛梨亜が後ろに居るはずのエンジに声をかけるが、当の彼女と言えば相談にも参加せずミカちゃんとお喋りしながら、既に離れの方へと歩き出していた。

 愛梨亜が慌ててエンジの手を握って止めると、彼女は振り向き不思議そうに首を傾げる。


「どうしたの?」

「どうしたの、じゃないわよ。お願いだからどこかに行くのなら、せめて一言言って頂戴」

「うん? うん、わかった」

「……お願いね。じゃあ先ずは部屋に荷物を置きに行きましょ」

 

 愛梨亜のお願いに対してエンジの理解してるのか、してないのか分からないマイペースな返答に三人は苦笑いをする。

 そして改めて部屋に行こうと促すが、エンジは首を振って拒否した。


「どうしたのさ、エンジ?」

「離れに行かないと……」

「荷物を置いたら行きますよ。それじゃダメですか?」

「飛燕と庵に早く会いたい」


 有夏と杏里沙の問いに、どことなく気が急いたような雰囲気を滲ませながら答えたエンジは、三人を見上げ愛梨亜に繋がれた手を控え目にクイクイと引っ張る。


「……わかったわ。杏里沙、私と有夏で荷物を運んでおくから、エンジの方はお願い」

「有夏はそれでいいんですか?」

「杏里沙。エンジがこの調子だと、あたしらが折れた方が早いよ」

「それにここで何か危険な事があるわけでもないでしょうし、一人付いてれば十分よ」

「あたしらも荷物を置いたら後から追うよ」

「そうですね、分かりました。じゃあ先に行きましょうか、エンジ、ミカちゃん」


 エンジの視線に射ぬかれた愛梨亜が、ため息と共に折れた。そのまま二人の方へ振り返り、方針の変更をしようと提案する。

 杏里沙が有夏に良いのかと尋ねると、彼女は苦笑いをしながら了承した。


 渋りつつも仕方ないという雰囲気を出してはいるが、何だかんだ言っていても結局ところ三人はエンジに対して非常に甘く、彼女のためにならない事や身の危険などの相応の事情がない限りお願いは決して断らない。

 場合によってはそのようなお願いであったとしても三人の方が折れる事もあるくらいだ。

 そこまでするのは、ひとえに彼女らがエンジを溺愛しているからだった。

 エンジもそれを良く分かっており、日々の生活で頼りはするが無理なお願いをすることはほぼない。


 愛梨亜は杏里沙から荷物を受け取ると、代わりにエンジの事を任せる。

 四人分の荷物を持って自室へと向かう愛梨亜、有夏と別れ、杏里沙とエンジはミカちゃんを肩に乗せ、手を繋いで双子や母がいるであろう離れへとエンジにしては早いペースで向かって行った。




 慈円寺家の離れは母屋と廊下で繋がっており、距離はあるものの履き物を履いて外に出る必要がない造りになっている。

 私が嫁いで来るまで離れは荒れ放題だったと、エンジ達は些細な夫婦喧嘩で燕が幸庵への不満を貯める度に彼女から愚痴として聞かされていた。実際に荒れていた範囲は離れに留まるどころではなかったのだが。


 そんな母親の連れてきた者たちの尽力によって綺麗になった離れへと続く廊下を歩いていると、ちらほらと使用人や式神たちが見えてきた。

 エンジが「ただいま」と挨拶をすると、その声に気付いた使用人達が振り返り驚いたように「お帰りなさいませ、燕尼お嬢様、杏里沙様」と頭を下げる。

 エンジはその一団の中のある式神に話しかけた。


「久し振り」

「ふふっ。この姿でも燕尼様には分かられますか」

「金丹でしょ?」

「ええ、御当主様の式神の金丹にございます。お久しゅうございます、燕尼様」

「格好良くなった」

「有り難いことです。先頃、器を換えて頂きましてこの姿に」


 誰何することもなくニコニコと挨拶をするエンジに、嬉しそうに微笑む金丹。

 そのまま和やかに話を続ける二人に周囲の者達は驚きを隠せない。

 新しい身体になった後、あまりにも以前と違う容姿になった金丹を一目で見抜いた者が彼らの中には誰一人としていなかったからだ。

 そもそも古い身体と新しい身体では容姿以前に種族すら違ったのだから分かるはずもなかったのだが、エンジには全く問題なかったようだった。


「この前おばさまと会った喫茶店にいましたよね?」

「はい、杏里沙様。その日のみ店を借り上げ、店長に成り代わっておりました」

「あのコーヒーとても美味しかったので、今度淹れ方を教えてくださいね」

「そう言って頂き光栄です。私で良ければ幾らでも」


 杏里沙も容姿の変わった金丹に驚く事もなく、まるで以前から知っていたかのように普段と変わらない様子で話しかける。

 彼女が前回燕と会った時に出されたコーヒーの事を誉めると彼はとても嬉しそうに微笑んだ。


「かあさまと飛燕と庵は?」

「御当主様と飛燕様、庵様は大広間におられますが、今は……」

「ありがと」

「燕尼様っお待ち下さい!」


 杏里沙と金丹が話をしている間にエンジは周りの使用人に母と双子の所在を尋ね、聞くなり礼を言って三人の居る大広間へと足を向ける。

 慌てて周囲の者達が引き留めようとするが、一切気にせずズンズンと歩いていく。

 それに気付いた杏里沙と金丹が、周囲の者達にそのままでいるように言ってから後を付いていく。

 エンジを先頭にするという大変珍しい並びで進んで行くと行く先々で使用人達と擦れ違う。その度にエンジは声を掛け、使用人達が驚きながら彼女の歩みを制止しようとするが、少し後ろから付いてきている杏里沙と金丹に止められるといった事を繰り返していく。

 やがて大広間の前に立つ燕の式神達と襖が見えてきて、その奥から大きく言い争う声が聞こえてきた。


「みんなだ!」

「ちょっとエンジ! 気を付けてください!」

「大丈夫!」


 パッと顔を明るくしたエンジがグッと駆け出そうとすると、杏里沙が転ばないように注意する。その注意に振り返る事もなく返事をすると、そのままぽてぽてと駆けて行った。


 大広間の襖は廊下に沿って何枚もあり、その前を数体の式神が固めていたが、ゆっくり駆けてくるエンジを認めると会釈をしながら道を譲る。

 ありがとうとお礼を言いながら式神の横を通りすぎたエンジは、言い争う声が一番漏れて聞こえてくる丁度大広間の中央辺りの襖の前に立った。


アケルノテツダオウカ(開けるの手伝おうか)?」

「うん。お願い」

ワカッタ(わかった)! エイ!」


 襖を開こうと左手を掛けるが、この襖は特殊な造りになっており非常に重く、エンジの非力な左手一本では開くことが出来ない。

 見かねたミカちゃんが囁くようにして彼女に手伝いをかって出ると、エンジも周りを見回し、周囲に杏里沙と母の式神達しか居ないことを確認してから頷く。

 了解を取ったミカちゃんが襖に手を掛けると同時、思いの外強い力で勢い良く襖を開いた。


 ズバンと大きな音を出して開いた襖の先には、部屋中ひっくり返った置物や畳に破れて綿の出た座布団が散乱しており、中央では横倒しでバリケードにされた座卓を挟んで睨み合って今まさに動き出そうとしていた母と双子がいた。


 その惨状にミカちゃんが思わず小声で「ウワァ」と溢して引いている事も、母と双子が目を丸くして固まっている事も一切気にせず、エンジはとても嬉しそうに眼帯をしていない左目を輝かせて「ただいま」と言ったのだった。

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