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四人の日常  作者: 曽良紫堂
エンジとお仕事
38/62

五塔杢柊 3


「遅かったね。そんなに話が弾んだの?」

「まあな。いや、遅くなってすまねぇ」

「いいよ。私も少しだけやることあったし」


 梓の部屋に入ると、部屋の主が三面あるパソコンのモニターの一つを見たまま話しかけてくる。

 あたしには何だかわかんねぇが、作業をしていたらしい。


 部屋の中を見回すと、そこにはベッドと化粧台以外は何もない光景が広がってる。


「相変わらず殺風景だな。いい加減、何か物を増やさねぇの?」

「必要な物は全部揃ってるからいいの」

「嘘こけ。必要も何もあたしがプレゼントしなきゃ、化粧台だって買う気なかっただろ」


 あたしがベッドに腰掛けても一切気にせず、モニターを見つめて作業している梓。

 コイツは自分の物をほとんど増やさない。僅かな私服と、ベッドとパソコン関係の物しか買わなかったんだよ。

 あたしの振りするための服は別室に仕舞ってるから、この部屋のクローゼットの中はひどくスカスカだ。

 パソコンだってゲームとかの遊びに使う訳じゃなくて、株式だの為替だのをやるためにしか使ってない。

 化粧品すら買わねぇってのは、流石に社交に出るときに困るんで、あたしが化粧台と一緒に一式をプレゼントした。それから化粧品の種類が増えてる様子はないがな。


「だって、待ってればそのうち柊が買ってくれると思ったから」

「おい、梓! お前そんな事考えてたのかよ!」

「柊。また、お待ちしています」

「ふざけんな! 自分で好きな物買え!」


 こっちを向いてにっこりと笑顔でそう言った梓に、あたしはベッドから勢いよく立ち上がって突っ込みを入れた。




 その後すぐ作業が終わった梓がパソコンの電源を落とし、伸びをしながら立ち上がる。


「ん~お待たせ。結局、私の方が遅くなっちゃったね」

「全くだ! じゃあ、行くぞ」


 さっきの事で少しだけ機嫌が悪いあたしが先導して梓の部屋を出る。

 廊下に出ると電気がついていないけど、窓から満月の光が入ってくるので暗すぎる訳じゃなかった。


「修復用の物は持ったか?」

「これに全部揃ってるよ」


 後ろを振り返って確認すると、梓が手に持ったアタッシュケースを見せてくる。それにあたしが頷くと、二人して真剣な顔になる。


「気合い入れてくぞ、梓」

「うん。がんばろう、柊」


 互いに頷きあうと、地下を目指し廊下を歩いていく。



 この家には昔、表向きは貯蔵庫として使っていた地下室が三階分もある。地下の一階は本当にその用途で使っていたけど、そこから下は違う。

 地下二階と三階は簡易的な座敷牢になっていて、そこに祓い屋の仕事で来た厄介な物や者を祓うまで閉じ込めてたんだ。暴れても問題ないようにな。ちなみに記録を見る限り入れられてたのは、ほぼほぼ物の方だったらしい。


 そんな所だから文化財認定の調査だかなんだかで、外部の人間が来たときは誤魔化すのが大変だったそうだ。その時には既に中は全部空だったから、大掃除して何とかなったらしいけども。


 今、あたしらは普通なら用がなければ誰もいれねぇそこに足を踏み入れてる。

 目立たないように作られた階段を降りていき、裸電球の電気をつけてても少し薄暗い地下二階の入り口にかかっている注連縄を越えると、途端に瘴気が漂い出した。


「この辺は大丈夫だな」

「そうだね。でも、ここまで瘴気が来てるってことは三階は駄目そう」

「替えの注連縄だって安くねぇってのに。参るぜ……」


 そこそこ広い地下室の両側には幾つも区切られた部屋が並び、その正面は木製の格子で塞がれてる。昔は床に畳がひかれてたらしいが、大掃除の時に全部処分したから今は土が剥き出しの土間だ。

 昔のウチの者は、どうみても牢屋にしか見えねぇこれを何て言って誤魔化したんだ?


 梓と二人手分けして座敷牢の中と中央を貫く通路に等間隔でかかっている注連縄に異常がないか確認し、幾つものそれをくぐって奥にある三階へ降りる為の階段へ向かって行くと、段々と音が聞こえてくる。


 それは洞窟に吹き込む風の音のような、低い低い獣の唸り声。


 あたしらはそれに怯むことなく歩を進めた。

 途中、注連縄が黒く染まり朽ちてたから、それを交換しながら階段を降りていく。三階まで着くと瘴気は一層濃くなり、その濃さは今日エンジが浄化したのよりも格段に酷かった。


 三階には大部屋の座敷牢が向かい合わせに二つあるだけだった。

 電気がついてないから真っ暗闇な左右の格子の奥に、さっきの獣のそれとはうって変わった静かな息遣いが聞こえる。


「……また来たよ。親父」

「……()()()()、お加減はいかがですか?」


 あたしと梓が暗闇の奥に声をかけても返事はない。ただ気配だけがある。

 それは酷く暴力的で、荒々しく破滅的で、ただただ野生的で、しかし少しだけ理性的でもあり、ここにいると野生のよりも鈍い人間の生存本能が悲鳴をあげる。


 あたしは(はら)に力を込めて本能を押さえ込むと、入り口近くに置いてあった古びた電灯のスイッチを入れた。

 切れかけの電球がチカチカと点滅しながら光って、うっすらと部屋の中を照らし出した。


「相変わらずヒデェもんだ、ここは……」

「でも、まだ薄い方だね。この前に変えたのがまだ持ってるみたい」


 梓の視線の先を見れば、中央の簡素な祭壇に黒く煤けて薄汚れた法具が置いてある。有夏達みたいな陰陽系の術と違って、ウチの術の大半は密教系だからな、霊札の代わりだ。

 いつもならほとんど灰になってるから、コイツはよく持った方だな。


 あたしらが全力で力を込めた新しい法具を煤けた法具と取り替える。

 すぐに瘴気が晴れる事はないけど、しばらくすれば徐々に吸い取ってくれるだろ。


「……いくぞ、梓」

「いいよ、柊」


 代わりに置いた法具に向かって二人で手印を結ぶ。同時に牢の暗闇の奥から身の毛もよだつ叫びが放たれる。


「「―――― ―― ――― ―― ―――!」」


 二人で声を合わせて力を借りる慧儺(けいな)明王の真言を何度か唱えると、徐々に叫びは小さくなって聞こえなくなった。

 周囲を見回すとさっきより少しだけ瘴気が薄くなってる。同じく周囲を見回していた梓と顔を見合せてから、牢屋の向こうへと声をかけた。


「おーい、親父、母さん! 意識戻ったかぁ?」

「……お……うよ」


 苦しそうなうめき声と共に意味のわかる言葉が返って来た。梓も反対の牢に声をかけると同じようにうめき声と言葉が返ってくる。


 それにあたしらはホッとしながら、先ずは先に返事のあった親父が入っている牢の中へと入っていく。手に持った電灯にかなり広い牢屋内が照らされ、徐々に見えてきたのは特注の注連縄で身体中を巻かれた、あたしの父親だった。


「気分はどうよ?」

「……はっ! いつも通り最低だ」

「なら、まだ大丈夫ですね。お父さん(・・・・)

「そうとも言えるな、梓ちゃん」


 親父の額からは瘴気と同じ色でできた半透明の角が二本生えてる。半透明なだけあって実体じゃあないみたいで、昔触ろうとして手がすり抜けた。

 身体も瘴気に犯される前より二周りくらい筋肉でデカくなってる。皮膚の色も全体的に少し赤っぽく変わってるし、唇からはみ出るほど大きくなった歯は既に牙と言っても過言ではなく、その威容は物語に出てくる鬼そのものだ。


 調子が悪そうな親父が悪態をつきながらも、カラカラと笑う。あたしらが心配しないようにだろうな。


「注連縄の様子見るから動かないでくれよ?」

「わかってるって。それより梓ちゃん、外は変わりないか?」

「ええ。本業も副業の方も特に何も問題は起こってませんよ」


 あたしが確認している間、梓は親父の話相手をしてくれてる。その会話を聞き流しながら手早く確認を終えた。


「よし、問題なしだ。じゃあ親父、次は母さんの所にいくわ」

「おう。二人とも早く行って、顔見せてやれ」

「では、お父さん。また来ますね」


 そう言って顔をしかめて電灯の光を煩わしそうにしていた親父の元から離れて、向かいにある母さんのいる牢へ行く。

 親父と同じように母さんとの会話と確認を済ますと、電灯を消す。


「じゃあ、二人ともまた来るからな」

「お父さん、お母さん、頑張ってくださいね……」


 既に唸り声しか返って来ない地下三階を後にして、地上へ向かう階段を昇ってく。


「……いつまで持つのかな」

「……わかんねぇよ。わかるのは正気でいられる時間がどんどん短くなってるって事だけだ」

「助けたいよ……柊……うぅ……」

「泣くなよ、梓。……何とかなるさ。きっとな……」


 途中で泣き出した梓を慰めながら一階に出ると、叔父さんが階段前の壁に寄りかかって待ってた。


「……優璽叔父さん、そこでずっと待ってたのか?」

「うん、僕も心配でね。……その様子だと、あまりに良くなかったみたいだね」


 叔父さんは、出てきたあたしらを見てホッとした様子だったけど、梓が泣いてるのに気づいて顔を曇らせた。

 だから、あたしは空元気でも極力明るく振る舞う。


「そうだけど心配すんな! きっと何とかなるし、親父も母さんもそんなに(ヤワ)じゃねーからさ!」


 その後、叔父さんと泣いている梓の二人を強引に客間に押し込んで家族団欒を取らせた。

 全く、アイツも意地張ってないで本当の父親に慰めてもらえばいいんだ。


 今日やることが全部終わったあたしは、風呂に入ったあと自室へと引き上げた。


「きっと何とか出来るさ。心配なんかねぇよ……」


 ベットひとりそう呟きながら今後の事を思い、自室の窓から見える月を寝るまで眺めていた。


慧儺明王は適当に考えた名前なので、そんな仏様は恐らく実際にはいませんし、真言も思い付かなかったので書きませんでした。


あと、母親の方の状況は考えるのに飽きたのでカットしました。そのうち考えます。


色々と雑ですが、ひとまずこんな感じでお願いします。

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