五塔杢柊 2
応接室の前に着き無造作に扉を開くと、紅茶の入ったカップを片手に何かの書類に目を通している男性がソファーに腰かけているのが見える。
最近若干白髪が交じり始めた黒髪に眼鏡をかけた優男は、扉を開いたあたしに気付くとにこやかに挨拶をしてきた。
「お帰り柊ちゃん、お邪魔してるよ。今日は祓い屋の仕事だったんだって?」
「久しぶり、優璽叔父さん。ちょっと友達の頼みでね。依頼に付き合ってたんだ」
あたしがそう言いながら向かいのソファーに腰掛けると、叔父さんはもう一組あったティーカップに紅茶を注いで音もなくあたしの前に置く。
熟練の使用人みてぇな所作してるけど、これでいてこの人は五塔杢百貨店の社長をやってる人だ。つまり五塔杢グループのトップでもあるお偉いさんだったりするわけだな。
「どんな依頼だったんだい?」
「調査と除霊だよ。真樺駅に幽霊っぽいのがでるって話だったから、本当に居たらどうにかしてくれってヤツ」
「ああ、その幽霊の噂は聞いたことがあるね。でも、結構前の噂だった気がするけど……?」
「実害も殆んどないし報酬がクソみたいに低いせいで、随分と塩漬けになってた依頼だったんだよ。それより梓と話したんだって?」
あたしがそう聞くと叔父さんは少し困ったような、それでいて悲しそうな顔をして、うんとだけ言って肯定した。
「梓もあたしの事を気にしないで、自由にすれば良いのに……」
「あの子は僕の奥さん似で真面目で頑固だからね。一度こうと決めたら、なかなかそれを曲げないんだよ」
「……あたしのせいで迷惑かけて……ゴメンな、優璽叔父さん」
「迷惑だなんてとんでもない! どうしようもない事だったんだ、柊ちゃんのせいじゃないんだから謝らないで」
叔父さんが慌てたようにそう言ってくれるけど、やっぱり気に病んじまうよ。
あの日、もっと早く異変に気づけていれば、あたしと梓は入れ替わる事もなかったのに……。
「それにね……。梓の服装や振る舞いのせいで柊ちゃんの評判がちょっとね……」
そう言って気まずそうにあたしから目線を逸らす叔父さん。
あたしと梓は互いの体が入れ替わってる事を親族以外には隠して学校や社交に出ている。言ったってどうせ信じられねぇし、何故そうなったのか説明も出来やしねぇから、お互いの振りをしてるんだ。
最初にあたしの振りをした梓を見た時はあまりにも近寄りがたいヤンキーって感じで、コイツから見たあたしってこんなヤツなのかって衝撃を受けた。
流石に叔父さんや周りの親戚からダメ出しを食らって、今のギャルっぽい感じに落ち着いたんだ。まぁ、今くらいの格好だったらあたしも何も文句はねぇし、なんなら羨ましいまである。
「あたしの評判はもうどうでもいいよ。元々評判が良い訳でもないし、副業の会社を継ぐ訳でもないから」
「そうは言ってもね……。僕はね、二人がスキャンダルや体が戻った後の始末を気にしているのも知ってる。けどね、もっと自由にしてもいいと思ってるんだ」
叔父さんが真剣な顔で言ってきた。あたし達の事が心底心配なんだろう。でも、あたしはそれに何も答えられない。
「そういったフォローは大人である僕や他の親戚に任せて、まだ子供らしくしていてもいいんだよ? 梓はまだしも、特に梓の振りをしてる柊ちゃんはね」
「……考えとくよ」
結局あたしは叔父さんにそれしか言えなかった。
それからは気分を入れ換えて、お互いの最近の近況を話し合ったり、生活での悩みなどはないか等の相談を聞かれたりした。
話が一段落するとそこそこの時間が経ってる。そろそろ梓の所に行かねぇとまずい。
「おっと、少し話しすぎたかな。柊ちゃんはこれから梓と兄さんたちの所へ行くんだろう?」
「そうだよ。そろそろ結界直さないといけないからね」
「僕も力になれたら良かったんだけど……」
「何言ってんの。こっち方面の事以外、生活から何から全部、優璽叔父さんや祓い屋をやってない一族の皆が助けてくれてるじゃねーか」
「僕らにはそれ以外に出来ることがないからね」
「逆に梓はともかく、あたしにはこれしか出来ないからね、ホント助かってるよ。この上でこっち方面も頼っちまったら、あたしの立つ瀬がねぇ」
「……わかったよ。なら他の事では存分に頼ってね」
あたしが冗談めかして言うと、叔父さんもクスリと笑う。
良かった。叔父さんにはマジで世話になってんだから、そんなシケた顔をしてもらいたくねぇんだ。頼ることで気が紛れるってんなら、これからも存分に頼っていこう。
その後少しだけお互いの予定を確認し合ってから、今日は奥さんの待つ自分の家じゃなくてウチに泊まるっていう叔父さんに、新たなあたし特製のお守りを渡す。
代わりに今まで叔父さんが持ってた、力の抜けたお守りを受け取ってあたしは席を立つ。
あの新しいお守りを持ってれば、取り敢えず今日ウチで何かあっても悪影響を受けねぇだろう。
先ず目指すは梓の部屋だ。




