五塔杢柊 1
有夏達と別れたあと、あたしは電車に乗り込み息を吐く。
そうして思うのはやっちまったという後悔と羞恥、それと慈円寺エンジという少しの希望。
瘴気の浄化という、この目で見なければにわかには信じ難い力を前にして、あたしは冷静ではいられなくなっちまった。それでもしばらく冷静を装って動揺を表に出さなかったのは、確信が持てなかったからだ。それが両親を救う唯一の術であるという確信が……。
だから、帰り道で八巻という関係ないヤツが一緒に居たにも関わらず有夏を問い詰めちまったし、情けない所を晒しちまった。今思えば恥ずかしい限りで、あたしの顔はさぞ赤くなっていることだろうな。
でも、恥を晒した甲斐はあった。おかげでエンジの力が知れたし、上手く事が運べば両親もあたしらも助かるかもしれねぇ。もちろんエンジの負担の事もあるから、期待はし過ぎねぇが。例え頼みを断られたとしても、どうにかエンジに弟子入りでも何でもして、あたしが浄化できるようになればいい。無茶でも何でもやってやるんだ。
ずっと探し続けていた希望が見つかって、少し肩の荷が軽くなった気がした。
そんな事を考えている間に迎えが待っている駅へと到着し、あたしは電車を降りて駅を出る。すると、あたしを見つけた家の迎えの者が声をかけてきて、停めていた黒塗りの高級車へと案内してくれた。
礼を言ってそれに乗り込むと、車は滑らかに動き出す。
次々と窓の外を流れていく夜の繁華街に乱立するビルの明かりを目に写しながらも、それに何も思うことはなく風景は通り過ぎていく。
しばらくそうして頬杖をついていると、一際大きい明かりが見えてくる。それはあたしの一族が経営している老舗の百貨店『五塔杢百貨店 本店』の明かりだ。
古い時代に先祖が祓い屋の副業として始めた小さな商店が、いつしか規模を拡大し老舗の百貨店となって本業と入れ替わっちまったのが今日の五塔杢家という一族で、あたしは世間で言うところのお嬢サマってやつに当たる。自分で言ってて似合わなさに笑っちまうけどな。
さすがに猫を被れるくらいには礼儀作法を心得てはいるが、世間一般がイメージするような上等な品性が備わってる訳じゃない。むしろ祓い屋らしく荒々しいのがあたしの性根だ。
とまぁ、そんな五塔杢家だけど、今では様々な業界に進出していて、グループ企業として分けた会社を一族の中で祓い屋として求められる実力の水準に達していない人達が経営している。
もちろんそういう人も本業のバックアップに貢献してくれているけど、「祓い屋送りにならなくて良かった……」なんてこっそりと本音を溢しているのを一族の集まりで聞いたことがある。
いやまぁ、祓い屋には危険が多いから、中途半端な実力の人の気持ちもわからなくもないけど、周囲からは大店だの大家だのなんて持ち上げられてても、一族からそんな言葉が溢れるくらいには祓い屋としての五塔杢家は衰退してきてるらしい。
噂を聞くにどこの家も多かれ少なかれそんな感じらしいし、祓い屋の需要も緩やかに減ってきているから仕方ない事ではあるんだろうな。
本店の前を抜けて車は進んで行く。大通りから逸れて走って行くと、昔からの高級住宅街に入った。
古くから続く名家やら何やらのデカイ屋敷が並ぶ中に五塔杢家はある。周りの屋敷よりも広い敷地には庭園や池があり、その奥には古いながらも品の良い洋館が立っている。
何だか様式で建てられた歴史的な建物だとか何とかで文化財に指定されてるらしいが、そんなことにはあたしは一切興味がなく、維持費が馬鹿みたいにかかるってだけの古くてデカイ家だ。
その家に帰ると玄関の靴箱には梓の靴が入っていて、既にあの娘は帰ってきているみたいだ。
とりあえず、まずは着替えようと自室を目指して無駄に長い廊下を歩いていると、急に後ろから声をかけられた。
「お帰りなさい、柊」
「お、おう。ただいま、梓」
振り返ると私服の梓がにこやかに廊下に立っている。
いつものことながら、コイツはどうやってあたしの後ろに立ってんだ?
どんなに警戒していても気配も音もしないのから心臓に悪いんだよぁ。
「柊はいつも隙が多いんだよ」
そんなあたしの内心を読んだようにそう言って梓が笑った。ムッとして言い返そうと口を開くが、声を出すその前に梓が続ける。
「エンジさんとの仕事はどうだった?」
「……まったくよぉ。べつに特に何事もなく無事に終わったよ」
「ふ~ん。本当に?」
「そうだぞ。いやまぁ、帰りにあっちこっちに寄り道して振り回されたのは大変だったけどな」
出鼻を挫かれ抗議するのも面倒になったあたしが悪態をつきながらそう言うと、梓はこっちに近づきつつ、探るような声色で聞いてくる。
流石に約束した手前、浄化の話は漏らせねぇから咄嗟に誤魔化す。
「まあ、ならいいや。そういえば叔父さんが来てるよ」
「……わかった。応接室か?」
「そうだよ。私はもう話してきたから、終わった後で来てね」
「ああ。部屋で待っててくれ」
自室に向かう梓が踵を返して離れていくのを何とも言えない気持ちで見送る。そしてあたしは予定を変更して応接室に向かった。




