帰り道にて 1
店を出た三人は、有夏の先導で駅までの近道である薄暗い裏路地を歩きながら話をしていた。この頃には柊は八巻に慣れてきていて、彼の人となりを多少掴んでいた。逆に八巻は柊が名門女子校の制服をきっちりと着こなして真面目そうに見えるのに、妙に口が悪いというギャップに、内心かなり戸惑っていたがそれを表に出すことは無かった。
「なぁ、有夏」
「なに? 忘れ物でもした?」
「今日のあの怨霊モドキの核と同じモンは本当にお前が言うほど厄介だったのか? 見てたんだろ?」
「……本当に厄介だったよ。今日のヤツと同じくらいね」
不意に柊が有夏に先程抱いた疑問を問うと、ほんの少し間を開けて有夏が答えた。すると、柊は立ち止まり天を仰いだ。
二人も立ち止まり彼女を見るが、その表情は伺えない。八巻は訝しげに柊へと声をかける。
「五塔杢さん?」
しかし、柊はそれに答えることなく、立ち止まったまま淡々と言葉を続けていく。
「あたしにはそんなに厄介だとは思えなかった。確かにヤバい瘴気だとは思ったけどよ、アレはエンジに逆らわなかったし、すぐに消えちまったからな」
「……そうかな?」
「そうだよ。あたしの目には、ただエンジが話を聞いてただけに見えた。だけどよ、そんなのあり得ないだろ! ほぼ怨霊だったんだぞ! あのレベルのヤツが出てきたら、あたしらくらいの実力がなきゃ普通は十数人単位でかかって、それでも何人か死ぬ! なぁ有夏、エンジはホントは何したんだ? あいつは何者なんだ!?」
「ちょっ、五塔杢さん! 声! 遅い時間だから!」
ゆっくりと顔を戻し有夏の目をしっかりと見つめると、三人以外誰もいない薄暗い路地に柊の叫びにも似た問い掛けが響く。八巻は急な大声におろおろと周囲を気にしながら宥めようとし、有夏は柊とは対照的に押し黙ったままだった。
「瘴気の塊の中からちゃんと人の形をした魂が出てきたんだぞ! 何だよアレは! 魂は一度瘴気に汚染されたら救えないんじゃなかったのか! 答えろ、有夏!!」
そう叫んだ柊が有夏を睨み付け返答を待つと、その姿を見た八巻は空気を読んで宥めるのを諦めて黙る。
三人が無言で立ち尽くす路地に初夏の夜の生暖かい風が吹いた。
有夏は一瞬だけ目を伏せ、何かを決意したように掌を握ると、柊の目をしっかりと見返す。
「……そうだよ、普通はそう。でもエンジは普通じゃないんだよ。だから、ああいうのも救えちゃうんだ」
「……そりゃ、良いことだろ? 何でそんな顔――」
「ちっとも良くない! エンジが何をしたかだって? エンジが全部引き受けたんだよ! あそこで引き寄せられて混ぜられた魂や、アレに纏わりついてた瘴気も全部だ!」
最初は静かに語り出すが、柊の一言にスイッチが入ったように激しい感情をさらけ出した。
「全部って……」
「まるまる全部だよ! ただ話を聞いてただけだって? そんなわけないでしょ!? 瘴気はエンジが自分の身体に吸ったんだよ! そんな風に見えない? そりゃそうだよ、吸った端から浄化してたんだから!」
驚いた八巻の呟きにも叫ぶように返し、そうして激しい語気で語られる内容に柊は呆然とする。瘴気に犯された者がどうなるのかを彼女はよく知っていたからだ。
一方、八巻も異世界での経験でそれがどんなに危険な事なのかを理解していた。一度、向こうでの瘴気に当たる穢れに犯されてしまえば、狂気に陥り周りの全ての生者を憎み、害するようになる。こうなってしまえば普通ならまず救うことは出来ない。
もっとも、この世界とは違う世界での話なので、これと同じくらい危険なのかどうかは自信がなかった。
そんな二人に一定の理解の色が見えた事で、有夏は語気を少し和らげ言い聞かせるように語り掛ける。
「それがどんなに負担になるかわかる? アレは猛毒の塊をずっと飲んでるようなものだから、普通なら発狂して怨霊になるよ。そうならないように浄化すれば身体のエネルギーを激しく消耗するんだ」
「それであんなに食べるんだ……」
先程もエンジの体躯から考えれば異常とも言える量の食事をペロリと平らげていた光景を思い出し納得する八巻は同時にあることに気付く。
「もしかして、そのせいで慈円寺さんってあんなに小柄なの?」
「そうだよ……。成長が止まったのはミカちゃんの件からだし、エンジの妹と弟は年相応の成長してるからね」
二人が話していると、呆然としていた柊が突然再起動したように動き出し、有夏に詰め寄った。
「……浄化? 浄化だって!? エンジは本当にそんな事出来んのか!?」
「ちょっ! 柊も見たでしょ! 瘴気が消えてくとこを」
「アレが……」
勢い良く肩に掴みかかりながら問い詰めてくる柊に有夏は面食らったが、疑問にはちゃんと答える。すると柊が顔を伏せながら質問を続ける。
「……なぁ有夏、エンジは瘴気に犯された魂だけじゃなくて、瘴気に犯された人間も浄化できんのか?」
「……できるよ。基本的にやること変わんないからね」
その答えを聞いた柊はゆっくりと伏せていた顔を上げると有夏を見つめる。そして、すがり付くような震える声で言った。
「お願いだ。母さんと親父を助けて……お願いします……」
酷く苦しそうにそう言った柊の目からは、涙が流れていた。




