「こう、背中を掴んで」
スプーンを咥えたまま喋ったため口の端からスープが少し垂れて衣装につきそうになると、それに慌てた柊がカウンターテーブルに置いてあるナプキンでエンジの口元を拭いた。
「おい、気を付けろよ! 染みでも付いたらどうする!?」
「これ汚れない」
「大丈夫よ、柊。その服は何をしても絶対に汚れたりしないし、解れもしないわ」
「なんたって神霊紙で織った服だからね」
「いや、知らねぇよ……! そうじゃなくても普通にマナーだからな? というか解れもしないって、いよいよどうやって作ったんだよ、おい」
「それは秘密ですね」
かなり慌てた様子の柊に愛梨亜が安心するよう言うが、その説明で改めて服の異常さを再確認した柊は遠い目をする。
そこに最後の客を捌き終え、精神に多大なダメージを負った八巻が報告に来た。
「最後のお客さんの会計終わりました……」
「八巻君、お疲れ様です。いま飲み物出しますから、そこに座って待っていて下さい」
「陸井さん、ありがとう……! さっきまで散々だったから、その優しさが染みる……」
「ちょうど良いわ。ついでだから八巻、貴方にも説明するから聞いておきなさい」
「えっと……何についてでしょうかね?」
有夏に促され柊の隣のカウンター席に着いた八巻に愛梨亜がそう言うが、余りの精神的ダメージにより、先程まで会計以外の思考を完全にシャットアウトしていた八巻は事情が全く掴めていない。
同時に柊も八巻の事が誰だかわかっていないので、急に隣に座った見知らぬ男が話に入ってくるのに戸惑っていた。
「柊、こいつが例の昇級の原因だよ」
「あぁ! こいつが例の暴行犯か!」
「あってるけど言い方ぁ! 全く持って正しいんだけども!」
「八巻、うるさいわ」
「ハイ、スミマセン!」
柊の納得の仕方に突っ込みを入れる八巻だが、愛梨亜から咎められると背筋を一気に伸ばし引き吊った顔で謝罪した。
「完全に調教されてんな」
「愛梨亜はスパルタだからねー」
その様子を見ていた柊と有夏がしみじみと言い合っていると、杏里沙が出来た料理をカウンター席に座る三人に出した。八巻にはジュースも追加で出される。
「こいつも食うのか?」
「ええ。今日は大変でしたから、賄いです」
「この優しさが染みる……!」
八巻は賄いが出るという予想外の出来事に、涙を滲ませ過剰に感激する。そんな彼に柊は引いていた。
なお、エンジは自分に意識が向いていないとわかると、これらの出来事を一切無視し再び食事に集中していた。
三人の食事が済み一息つくと、愛梨亜が洗い物をしながら再び先程の話題に戻る。
「エンジが何をしたか。結論から言えば、恐らく潜んでいた瘴気の核を引きずり出したのよ。そうでしょ、エンジ?」
「そう」
聞かれたエンジはそれを肯定し、頷く。そこまでは理解していた柊だが、次に疑問に思い、答えを聞きたいのはその手段だった。なお、いまいち事情がわからない八巻は、話を聞きながらも杏里沙にコッソリと今までの経緯を教えてもらっていた。
「どうやってだよ?」
「捕まえた」
「それはもう聞いた。そうじゃなくて、あたしが聞きたいのはアレを捕まえた方法だっての」
「こう、背中を掴んで」
質問に左手で空中を掴むジェスチャーをして答える。柊はその次に詳しい解説が来るのかと待ってみても、エンジはそのままの体勢でそれ以上何も言わない。しばし二人の間に沈黙が流れ、見つめあうが何も起こることはなかった。
「え? それだけか!?」
「それだけ」
「解説はねぇのか?」
「今した」
「……はぁぁぁぁ~!? エンジ、ふざけてんのか?」
「柊、エンジはふざけてないわ。それ以外に説明のしようがないのよ」
全く要領を得ないエンジの説明に柊が軽い怒りを覚えていると愛梨亜からフォローが入る。それを聞き、どういうことだと目線で愛梨亜に問うと説明を始めた。
「さっき話した通り、私たちは瘴気の原因、核となるものを見れるし干渉できる。でもね、これは何か特別な手段を使ってる訳ではないの。柊がそこのコップを取るのと同じ気軽さで、私たちはその核に干渉できる。ただそれだけなのよ」
「だから教えられないってか?」
「物を掴むってどうやるの? と聞かれても、その物の近くで手を握って対象を挟むという位しか説明のしようがないでしょう? そういうことよ」
「…………マジかよ。普通に信じられねぇが、もう結果を見てるしなぁ……」
「気になるとは思うけどさ、気にしても仕方ないよ? それにこんなの組合の仕事では、ほぼ必要ない力だしね」
説明を聞き頭を抱える柊に、有夏がそう言う。
「そうね。これはどちらかと言うと、土地神とかが持っていると便利な能力ね」
「管理している地域のお掃除が自分でできますものね。それをやる気があるかは別としてですけど」
茶蛇巳のように土地の管理に熱心な土地神は実はそこまで多くなく、誰かに願われたり、大きな問題が起きなければ、特に何もしないというのが大半だった。八巻とミカちゃん以外のこの場にいる全員がそれを知っているので、杏里沙の言葉にみな苦笑いをする。
「今回の核はそこで亡くなった方の魂や邪気といったものを吸い込んで貯めるタイプの物だったんでしょうね」
「珍しいとまではいかなけれども、そこまで多くは見ないタイプよ」
「吸われたモンはどうなるんだ?」
「今まで見てきたモノだと、際限無く吸ったものを混ぜ合わせるんだよ。そして瘴気は作るわ、弱ってる人呼び込んで死なすわで、祓うのも結構厄介だったよねー」
昔に見たその光景を思い出して厄介だったと語った有夏の言葉を聞いた柊は疑問に思う。しかしその疑問を聞く前に八巻が質問する。
「あの~、瘴気と邪気って違うの?」
「そうですね、違います。邪気は生き物の負の念、思考が発散されたものを指しますね」
「瘴気は違う界、この世に重なってはいるけれど決定的にずれている場に存在する空気みたいなものよ」
「そこの事は異界とか呼ぶね。あぁ、八巻が落ちた異世界とは違うよ。異世界はこことは全く重なってない文字通りの別世界だからね」
説明を聞き、そうなんだ、などと言って納得する八巻。その話の流れで、すでに柊の疑問を問う機会は逸してしまっていた。
そして、何気なく時計を見たエンジが、あっ、と声を上げる。
「もうすぐ映画始まる」
「そう言えば前から見たいって言ってたわね」
「もう遅いですから、そろそろお開きにしましょうか」
「柊、今日はエンジがお世話になったから駅まで送るよ。八巻はついでだから付いて来な」
その言葉を合図に有無を言わせずお開きの雰囲気となった。
エンジは有夏からミカちゃんを受け取り、柊にお礼を言うと杏里沙と上の階に引き上げていき、残った柊と八巻は帰り支度を始めるのだった。
何故かイマイチやる気が出ないのです。
まあ、なんか書けたら投稿しようかと思います。




