「除霊」
四日堂を出たエンジと柊は現場へと向かいながら、今回の仕事についての確認をしていた。
「いいか、エンジ? 今回受けた仕事は除霊だ」
「除霊」
「そうだ。お前の階級で受けられる仕事で、一番簡単そうな仕事を受けてきたぞ」
「どんなの?」
言葉遣いは荒いが見た目どおり真面目で面倒見のいい柊は、エンジのために組合で見繕ってきた依頼の説明を始める。
「電車の運行会社からの依頼でな、何年も前から真樺駅に幽霊が出るんだとさ。駅の職員も運転手も驚くんで、マジで出るなら何とかしてほしいそうだ。なんか報酬が渋くて長い間塩漬けになってた調査と除霊の依頼だな。まぁ、内容自体は基本中の基本だ」
「ふーん」
「なんだよ、ビビってんのか?」
依頼の説明を聞いたエンジの気のない返事に、柊は半笑いでからかう。しかし、そんな事を気にした様子もなくエンジは呟いた。
「大変そう」
「そんなことはねぇだろ。今んとこ怨霊にもなってねぇみたいだし、現場に行って確認したら適当に祓って終わりだ」
「いつもそうやってるの?」
柊が一般的なやり方を言うと、エンジは驚いたように柊を見た。その様子を柊は不思議に思いながらも肯定する。
「大概はそうだな。事前調査されてる場合もあるが、基本は確認をして手に負えそうなら除霊。手に負えないなら、刺激しないように撤退して報告ってのが普通だ」
「除霊のやり方は?」
「そりゃ人それぞれだ。あたしと梓の場合は霊札を使うのが多いぞ」
「話を聞かないの?」
「あぁ? 誰のだよ?」
「そう。ならいい」
柊の答えにエンジはそう言って、それ以上深くは追及しなかった。
太陽が沈み暗くなった町を二人は真樺駅を目指して歩いていく。途中エンジの羽織の内側にしがみついて着いてきたミカちゃんに驚いたり、柊とミカちゃんが自己紹介をして仲良くなったり、エンジが歩き疲れたと言って休憩を要求したりと色々ありながらではあるが、無事に本日の現場である真樺駅へと着いた。
真樺駅の窓口に行き、祓い屋の仕事で来たと告げると組合から連絡が入っていたようで、すぐに事務室へと案内されて駅員から詳しく話を聞く事になった。
「十年くらい前から出てたんですか?」
「ええ。私がここに配属されてからすぐくらいでしたから、もう十年ほどになりますね」
「その頃なにか変わったことはありましたか? 例えば人身事故で誰か亡くなったとか」
「特にこれといって心当たりは無いですね。その頃より昔から人身事故は少なくても年に一回はありますし、残念ながら亡くなった方も少ないながらいます。けど、その度に事故対策とお祓いをしてもらっているんですよ?」
「それでも現れることがあると」
「そうなんですよ。近頃じゃ、人身事故もその幽霊のせいじゃないかなんて噂が出回る程で……。我々もほとほと困っていまして」
「わかりました。私どもも最善を尽くします」
駅員との打ち合わせが終わり二人は事務室を出る。打ち合わせは当初エンジがしていたが、初対面の人間にはエンジのあまりに端的すぎる言葉遣いに対応できず、仕方がないので見守るだけのつもりであった柊が対応した。
「さて、今から仕事を始める訳だが。その前に今度はもうちょっと話せるようにがんばろうな?」
「うん。話の練習する」
「ワタシモ、オハナシノレンシュウニツキアウネ」
「ありがとう、ミカちゃん」
珍しくちょっとだけショックを受け項垂れていたエンジは、打ち合わせの間ずっと大人しく人形のふりをしていたミカちゃんと柊に頭を撫でられ慰められた。
そんな三人はまずは調査を行うことにして駅構内を歩き回る。調査の主体はエンジで行い、柊は危険なミスがあった時以外は基本的に口出ししない。
平日の夜だというのに、あまり人の行き来の多くない構内を幽霊の痕跡を探して見回って行くと、とある路線のホームでエンジが反応した。
「ここ」
「何かわかったのか?」
「うん。結構不味い」
「どういうことだよ? この駅が全体的に薄い瘴気で覆われてるのはわかるが、特に問題ない範囲だぞ?」
「ヒイラギオネエチャン、ホントウニワカラナイノ?」
「……? なんだよ、ミカちゃんまで。特に何もないぞ?」
エンジは柊にそう告げるとホームのある一点を見つめたまま動かなくなり、ミカちゃんも柊を不思議そうに見るが、柊には他と同じようにしか見えず気配もしないため何が不味いのか全く分からなかった。
他の者が調査をしてもきっと同じ反応だっただろう。全国にはこの駅と同程度で問題にならない量の瘴気に包まれた土地や建物はごまんとあり、雰囲気が悪いとか若者が肝試しに来るくらいしか実害はない。普通の人々は何かに気付く事もないし、この程度では悪い噂が商売に直結する不動産業者が神社仏閣にお祓いの依頼を出すとき以外はだいたい放置される。
ちなみに、そういった所が対処できないものを祓い屋という組合が依頼として受けて対処する。
しかし、エンジとミカちゃんには何かしら感じるものがあるのか、険しい顔をしつつも困ったような、憐れむような、そんな複雑な雰囲気を出していた。
「あたしには何かわかんねぇけど、何かあるんだな?」
「うん」
「手に負えそうか?」
「まだ大丈夫」
「そうか。じゃあ、仕事だな。見てるから困ったら言えよ?」
「任せて」
エンジは頷いてミカちゃんを柊に預けると、自分達が降りてきたホームに降りる階段前まで行き、先程見つめていたホームの一点に向かって羽織を靡かせながらゆっくり歩いていく。何をしてるのかと柊がその行動を疑問に思っていると、その地点に着いたエンジがおもむろに左手で勢いよく宙を掴んだ。
その瞬間、柊の背筋が凍りつきエンジの手の先には闇のように真っ黒で巨大な影が現れた。凄まじい程の瘴気がホームに満ち溢れ、思わず柊は臨戦態勢に入る。
「なんだこの瘴気の量は!? エンジがやべぇ!」
「ダイジョウブダヨ」
「何言ってんだ! こんなの怨霊クラスだぞ!」
「エンジチャンナラダイジョウブ、ミテテ」
尋常ではない瘴気の量に自身の霊札を取り出してエンジの援護に向かおうとする柊をミカちゃんが止めた。何を言ってるのかとミカちゃんを見ると、熊のぬいぐるみのつぶらな瞳がじっと柊の目を見ていた。
もう一度諭すように止められた柊は期を逸してしまった事も相まって、仕方なく警戒したまま見守ることにした。
「大丈夫?」
エンジが巨大な影に向かって声をかけると、おおぉ~、という重低音の叫び声が返ってきた。エンジはそう、と一言だけ言って影を掴んだままじっと動かない。しばらく見つめあっていると、今度は影からまた同じような叫び声が発せられた。
「良いよ」
エンジは影の掴む場所を変えてホームのベンチへと影を引きずって行き、ベンチに座った。その隣にいる影はずっと重低音の叫び声を響かせていて、その音は柊の精神力を削る。堪らず耳を塞ぎそうになるが、エンジの護衛として来た手前じっと耐える。
「あんなの、エンジは大丈夫なのか……? ミカちゃんは問題ないか?」
「ダイジョウブダヨ、ヒイラギオネエチャン。エンジチャンモ、ナレテルカラ」
「慣れてるって、どういうことだ?」
「アノヒトハ、ワタシタチトニテルカラ」
「似てるって、全然違うだろ?」
「……ウウン。ニテルヨ。クワシクハ、アリアチャンタチニキイテ」
「……わかった」
二人が話している間も影は叫び続け、エンジは黙ってそれを聞き続ける。長い間それは続き、いつでも援護に向かえるようにしている柊は今更ながらホームに誰も来ないし、電車も来ないという事に気付いた。
いつの間にか影の世界に取り込まれていたことに気付き、焦りが生まれる。
柊とて実力者だ、イレギュラーな事態とはいえ油断していたつもりは全くないにも関わらず、いつ取り込まれたのか分からないなんて本当に異常な事だった。
このまま見守るだけで本当に良いのかと葛藤していると、影の叫びが止まった。
静かに黙って聞いていたエンジが影に向かって頑張ったねと告げると、影の瘴気が段々と消えていき徐々に人の輪郭が現れる。先程まで重低音の叫びだった声は男性の震えた声に変わっていき、その内容も聞き取れるようになっていった。聞こえてきた内容はありがちな話ではあるが、実際にその本人から聞くとかなり悲惨で柊は思わず同情してしまう。ただどう考えてもこの男性の話ではない話も混じっているようだった。
男性が声を震わせ泣きながら後悔を吐き出していく度に瘴気は晴れていき、全てを吐き出した頃にはあれだけあった瘴気が全く消え去っていた。
「もう大丈夫?」
「全て吐き出してすっきりしたから大丈夫だよ。これでもう行ける」
「そう。行ってらっしゃい」
人としての姿を完全に取り戻した男性にエンジが問いかけると、男性はすっきりとした笑顔で答えた。
するとホームに光輝く扉が現れる。その神々しい扉に柊が目を丸くしていると、男性はエンジに礼を告げてその扉の向こうへと消えていき、男性が消えるとその扉も消えていった。
それを見届けたエンジの元へ柊が駆け寄る。
「無事かよ、エンジ?」
「問題無い」
「一体何したんだ? 突然怨霊もどきが出て来て、あっという間にどっか行っちまったが」
「あの人繰り返し死んでたから捕まえた」
「ほぉ、それで?」
「話を聞いてあげた」
「そうしてたみたいだな。それで?」
「それだけ」
「それだけってお前……。まあいい、もう何もないか?」
「無い。あの人が全部持っていった」
「そ、そうか……」
これは埒があかないと悟った柊はミカちゃんの事を含めて、詳しくは有夏達に聞くことにした。その後、エンジに異常が無いことを確かめてから、念のため改めて駅構内を調べる。すると先程まで駅全体を薄く覆っていた瘴気がさっぱり無くなっており、異常も見つからなかったので駅員に終了の報告を行い帰途についた。
そんな三人を駅の向かいのビルの屋上からずっと見ていた影が呟いた。
「はぁ~、無事に終わって良かった良かった。頑張ったね、エンジ」
危険があれば瞬時に移動できるように屋上のフェンスの上に立っていた有夏が、安堵しながら屋上へと降りる。愛梨亜達から送り出され、密かに護衛としてついて来ていた彼女に柊以外の二人は全く気付く事はなかった。
「さて、エンジ達が帰ってくる前に、急いで帰りますかぁ」
伸びをしながらのんびりそう言うと、次の瞬間にはその場からその姿がかき消えたのだった。




