「わかった。大人しくする」
クラス中の視線を受けながら八巻が自分の席へと移動し始めた。
彼は先ほど担任に頼るように言われた有夏と杏里沙に視線を向けこちらに向かってくる。
「さて、どうしようか」
「認識阻害の設定は変えますか? 」
「入ってきた時にエンジの強度だけ上げたでしょう? そのまま様子を見るわ。有夏よろしくね」
「オッケー。エンジは愛梨亜の言うこと聞いて大人しくしててね」
「わかった。大人しくする」
四人は表情も変えずにそう手早く確認をすると、何でもないような日常会話を続けていく。
そうしている内に八巻が席に着き、有夏へと話かけてくる。
「初めまして、八巻です。海野さんでよかったですか? 」
「そうだよ! 初めまして、あたしが海野有夏だよ。で、こっちが陸井杏里沙」
「初めまして陸井杏里沙です。困ったことがあれば何でも聞いて下さい」
笑顔で友好的に挨拶を交わしながら、エンジ以外の三人は八巻を観察し、エンジはひたすら縫いぐるみを撫でる。
八巻は身長は170cm後半で、体型は細いながらもがっしりとした筋肉質、顔立ちは普通だがあまり目付きが良くない。目が笑っていないのだ。
性格は良さそうではあるのだが、そのせいで若干の威圧感がある。
とは言えその程度のことで怯むような事もなく、二人は普通に会話を続けて学校生活について色々説明していき、八巻も色々と質問を重ねていく。
「あの、初対面でこんなこと聞いていいのかわからないんですけど」
「ん? いいよ、何でも聞いてみ? 」
「ありがとうございます。じゃあ聞くんですけど、二人と奥の方の二人は凄くよく外見が似てますけど親戚なんですか? 」
「あぁ~、やっぱりそれ気になるよね」
「いえ、良く聞かれるんですけど、似ているだけで親戚ではないんですよ」
「そう、愛梨亜も杏里沙も小さい頃からの幼馴染ってだけで血は繋がってないんだ」
二人がそう答えると八巻は驚いた様子で
「愛梨亜? さんも含めて、そんなに瓜二つなのに血縁じゃないんですか? 凄い珍しいですね。初めて見ました」
「そうなんだよ。最初に会った時あたしも驚いたわ。自分が三人いるって」
「わたしもそうでしたね。愛梨亜はどうですか? 」
「私も驚いたわよ。でも、驚いたお陰で仲良くなれたから良かったわ」
「そうなんですか。あと、初めまして八巻です」
「初めまして、空見愛梨亜です。どうぞよろしく」
杏里沙が愛梨亜へ話を振り、それに答え笑顔で挨拶をする愛梨亜。
こうしている内にチャイムが鳴って八巻と三人の挨拶は終わる。
そのあいだ愛梨亜の膝の上で八巻に注目される事のなかったエンジは、ずっと大人しくクマの縫いぐるみを撫でていた。
四限の授業が終わり昼休みが始まると、杏里沙は席を立つ。
「購買へ行きますけど、みんな何がいいですか? 」
「あたしはいつものでいいよ。飲み物はきょうはオレンジ」
「私もそれでいいわ。飲み物もいつもので」
「いつものやつ」
「わかりました。エンジは飲み物はお茶でいいですか? 」
「ん。それでいい」
全員の注文を聞いた杏里沙は、その光景を見ていた八巻に尋ねる。
「八巻君は今日は購買ですか? 行くなら案内しますけど」
「本当? じゃあ案内してもらっていいかな? 」
「ええ、構いませんよ」
「ありがとう。助かります」
そう言って八巻が頼むと杏里沙は笑顔で了承し、連れだって教室を出て行った。
「どう思うよ、アレ」
有夏が笑顔で、しかし良い感情を感じさせない低い声で愛梨亜へと問いかける。
「怪しいわね。あの警戒の仕方は普通ではないわ。でも、あれで警戒を隠しているつもりなのかしら? 」
「初日で緊張してた? 」
「そういう感じではないねー。朝の視線もアレかな? 」
「かもしれないわね」
愛梨亜が考えを言うと、エンジが一応といった感じでフォローする。しかし有夏も愛梨亜と同じ考えなので警戒をあらわにしている。
「アレはどうしようか」
「杏里沙の報告次第だけど、今は警戒だけにしておきましょう」
「わかったよ」
愛梨亜が一応の方針を答えると、有夏は納得したように頷く。
「わたしは? 」
「エンジは誰かと一緒にいて、あまり一人きりにならないようにしてちょうだい」
「わかった」
エンジが問いかけると愛梨亜はそう言って、エンジを膝の上に乗せる。
そうして有夏と愛梨亜が今後の方針を話していると、多くの荷物を持った杏里沙と八巻が帰って来た。
「買ってきましたよ。はい、これが愛梨亜でこれが有夏、こっちがエンジのですよ」
そう言って杏里沙はそれぞれの買って来た昼食を手渡して行くが、明らかに一人だけ量が多い。 エンジの前にある他の三人の四倍はある食糧、その事に疑問を持った八巻が杏里沙に問いかけるが
「何か量、多くないですか? 」
「いつもどおり。あと、慈円寺エンジ」
「えっ? えっと、八巻賢壱です。よ、よろしくお願いします」
自分に聞かれたと思ったエンジの返答と唐突な自己紹介に、多少戸惑いながら返す。それを受けエンジは一言よろしくと言うと、そのまま意識を全て食事へ向け淡々と食事を始めた。八巻が対応に困っていると愛梨亜が説明する。
「こういう子だから気にしないで頂戴、昔に色々あって食事量が多くないと体調を維持出来ないのよ」
「あっ、はい、そ、そうなんですか。わかりました」
動揺しながらも察し、理解した様子で頷く彼をよそに、エンジはモグモグとゆっくり無言で食事を続けていき、その大量の食事の全てを食べ終えた時にはもう昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴っていた。