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四人の日常  作者: 曽良紫堂
エンジとお仕事
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「これも仕事?」


 ある日の静かな夜、音橋港の埠頭にエンジは立っていた。港の明かりに薄く照らされた、暗い海を眺めているエンジを挟むようにして明らかに(ひる)んでいる五塔杢(ごとうもく)柊と梓が立っている。


「柊、梓」

「な、なんだ?」

「私詳しくないけど」

「いや、エンジさん。それどころじゃ……」

「これも仕事?」


 そう言ったエンジの目線の先からはゴゴゴと津波のような大きな音がしており、先程から見えていたタンカーよりも大きな影が水面から顔を出し始めていた。


「そ、そ、そんな……」

「そんな?」

「そんなわけねぇだろうがぁぁぁ!!!」

「逃げますよ、エンジさん!」


 エンジの質問に柊がそう叫び、梓と共に踵を返しエンジの両脇を抱えて走って逃げ出した。

 二人は恐怖に引き釣った顔で懸命に走るが、背後からは先程よりも大きい海水の溢れる音が響き地面も揺れている。

 二人に抱えられ宙吊りになって、後ろ向きに引っ張られているエンジの目線の先には暗くて詳細は分からないが、とてつもなく大きな生物がいた。


 その生物の目のようなものとエンジの目が合うと、その生物は口のような場所を大きく開き、鳴き声をあげた。金属がひしゃげた時のような大音量が静かな港に響く。


「おお!」

「楽しそうにしてんじゃねぇ! クソ、何であたしらがこんな目に合わなきゃいけねぇんだよ!」

「柊の日頃の行いが悪いからじゃない!?」

「梓! てめぇこの野郎!」


 エンジが目を輝かせ、柊と梓が言い争いながら逃げていると、全身を現した生物が三人を追いかけ埠頭に上がって来た。

 音と地面の揺れでそれを察知した三人は、一人は楽しそうに二人は必死な悲鳴をあげて逃げた。





 何故このような事になっているのか、それを説明するには少し前に遡らなければいけないだろう。





 八巻をバイトとして雇った次の日、エンジ達四人は首都の中心街にある祓い屋の本部に怒鳴り込んでいた。


「もう一度説明してくれるかしら?」

「ですから、空見愛梨亜さん、海野有夏さん、陸井杏里沙さんの昇級は今回の件の報酬なんです」

「だから、あたしらはそんなの報酬になってないって言ってるんだよ」

「ですが、これは決定事項で手続きも既に済んでおりまして……」

「そもそもわたし達はその報酬の話を聞いてもいないし、受けとるとも言ってないんですよ?  ですから、どうにか元の級に戻りませんか?」

「そう言われましても、幹部会の決定でして私ではどうにも出来ませんよ……」



 明らかに苛ついた様子で再度の説明を求める愛梨亜に、受付の青年は半泣きになって説明をする。その説明に納得のいかない様子の有夏と杏里沙に問い詰められて青年は困り果てていた。

 この本部に来てから何十分もこんな調子で堂々巡りをしている愛梨亜達をエンジはあくびをしながら見ている。

 エンジとしては特に今後組合の仕事を受ける気は全く無いので、愛梨亜達が昇級して自分と仕事で組めなくなることに危機感はない。しかし、愛梨亜達はエンジのトラブル吸引能力を本人より深く理解しているので、もしもの時のためにチームを組めるよう昇級は絶対に断りたいのだった。


「話にならないわね。私達に八巻を押し付けた幹部を連れてきなさい。()()()()()()()()()()

「いま出ておりまして、不在です」

「そんな言い訳が通用すると思っ――」

「おう、有夏じゃねえか! なんだ、仕事受ける気になったのか?」


 三人の怒りが爆発しそうになったその時、有夏の言葉を遮って五塔杢柊のご機嫌な挨拶が聞こえてきた。

 有夏を見つけてご機嫌なのか、受付周辺に漂う不穏な気配に気づくことなく近寄ってくる。

 側まで来るとそこで初めて気づいたのか周りをキョロキョロと見回すが、数十分も激しい押し問答をしていたせいで受付周りはぽっかりと空き、本部に居合わせた者はみな恐る恐る様子を窺っていた。


「なんかあったのか?」

「ちょっとね。勝手に昇級されそうなんだよ」

「もうしておりますよ」

「煩いわね。貴方は早くその幹部連れてきなさい!」

「ですから、本当にいま不在なんですって……」


 全く話が進まない事に怒り心頭の愛梨亜を杏里沙に任せて、有夏は柊を連れて少し受付から離れ事情を説明した。


「ああ、それで昇級したのか」

「まだ了承した訳じゃないよ」

「いや、確かに()でぇ話だとは思うけどよ、普通なら了承してるから。有夏達が変なんだよ」

「こっちにも事情があるの!」

「その事情ってのは、結局何なんだよ?」

「それは……」

「私と組めなくなるから」


 柊の追求に有夏が口ごもっていると、愛梨亜達と受付の言い争いに飽きたエンジがちょこちょことやって来て隠していた理由を暴露してしまった。

 エンジの暴露を聞いた柊は呆れた目で有夏を見て、そのまま受付でごねている愛梨亜達を見る。そして無言でもう一度有夏を見たあと、エンジにジェスチャーで本当かどうかを聞く。

 エンジがそれにコクンと頷いて返事をすると、柊は頭を抱えた。


「有夏……お前……マジか……」

「あたし達には一番重要な事なんだよ!」

「いや、わからない訳じゃねぇけど……それにしたって事前にやりようはあっただろうに……」


 可哀想な人を見る目で有夏を見た柊に、有夏が反論するが柊には虚しく響く。


「つーか、エンジが昇級すれば済む話だろ?」

「エンジは昇級基準まで最低五回は仕事受けなきゃいけないけど、あたし達はあと一回しか組めないから仕事を受けられなかったんだよ」

「そんなんなるまでエンジは何してたんだよ」

「動けなかった」

「エンジは色々あって動けなかったんだけど、あたし達には指名で強制依頼が入ってて、断れないそれを受けてたら気づいた時にはこんなことに……」


 若干煤けたような有夏に詳しい事情を聞いて同情する柊。そりゃあこんなに必死にもなるなと、普段の三人のエンジへの溺愛っぷりを見ていた柊は納得する。

 そして再びエンジを見ると、一つ頷いて有夏に言った。


「あたしはまだ組める範囲だから、エンジと組んで仕事してやるよ」

「えっ!?」


 柊が真剣に有夏にそう告げると、エンジは予想もしていなかった展開に驚き柊の方を向く。


「う~ん、どうもあたし達の昇級は覆らなそうだし、エンジを任すにしても知らない輩よりかは柊ならまだ安心かな」

「えっ!?」


 それを受けて有夏が難しい顔をしつつも、少し乗り気なことにエンジはまた驚き有夏の方を向く。


「任せな! ちゃんと昇級するまでつきあってやるからさ」

「じゃあ頼もうかな。おーい、愛梨亜ー柊がさぁ――」


 柊の頼もしい言葉に有夏が一つ頷いて頼み、その事をまだ受付で言い争っている愛梨亜達に説明しに行く。

 


「ええぇ~」



 有夏から説明を受けた愛梨亜達がその提案を受け入れ柊と打ち合わせを始めている間、自分が仕事を受けることを全く想定していなかったエンジは、説明を終えた有夏が来るまで呆然と四人を見つめて立ち尽くしていたのだった。



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