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四人の日常  作者: 曽良紫堂
エンジの生活
22/62

「期待してる!」


 放課後に勉強会をした翌日、昼休みが終わり午後の授業が始まっていた。二クラス合同の体育で男女別れて行っており、男子はサッカー、女子はソフトボールをそれぞれグラウンドの半面を使ってやっていた。

 現在は初夏とはいえ気温が日増しに高くなってきており、グラウンドは大変暑くなっている。汗が吹き出るような暑さにセミも鳴き出しジージーとうるさくしているが、それにも負けないくらいの声援が女子の使っているグラウンドに響いていた。


「有夏、ホームラン」

「任せてエンジ。かっ飛ばしてくるよ!」

「期待してる!」


 授業は試合形式で行われていて、現在エンジのクラスと隣のクラスは同点で二塁ランナーには愛梨亜が出ていた。

 一打勝ち越しのチャンスにクラスメイトは色めき立ち次の打者へと声援を送る。その打者である有夏が、エンジの期待に自信満々にそう答えバットを振りながら打席向かっていく。

 相手のピッチャーは中学大会でかなり良い成績を残した選手で、ソフトボール部では一年生ながらエースとして君臨していた。


「海野さん! 今度は打たせないわ!」

「打たせて貰うよ! 今度はホームランだ!」


 相手のピッチャーと有夏が互いに宣言し、観客になっているクラスメイトから歓声が上がる。

 一度有夏に三塁打を打たれた相手はプライドが許さないのか、体育の授業でするような手加減はもうしないと一層の集中をしていた。


「有夏も大人げないですね」

「楽しいからいい」

「エンジはそうかもしれませんけど、ちょっと目立ち過ぎですよ」

「それはそう」

「部活の勧誘がまた始まったらどうするんですかね?」

「有夏次第」


 盛り上がる一同とは違って冷静な杏里沙が隣のエンジに愚痴る。春頃の部活勧誘騒動を思いだし杏里沙はうんざりとしていた。

 有夏が遊んだ結果ありとあらゆる部活からひっきりなしに勧誘され、下校するのが困難だった時期があったのだ。

 今はどの部活にも所属しないと宣言したため沈静化したが、どの部活も虎視眈々と狙っており、いつまた騒動が再発するかわからない状況だった。


 エンジと杏里沙が喋っているとキンという金属音が響き、またも歓声が上がる。二人が見ればバットをいい笑顔で振り切った有夏と弧を描いた打球を呆然と見送るピッチャーがいた。

 打球はぐんぐんと伸びていき、ボールがグラウンドの外に出ないように設置されているフェンスに直撃した。

 本日のルールでは文句無しのホームランだった。


 片手を上げながら塁を回っていく有夏、二塁にいた愛梨亜は既にホームへと帰って来てクラスメイトとハイタッチをしている。


「次は私の番ですね」

「頑張って杏里沙!」

「程ほどに頑張りますから、ホームランは打ちませんよ」

「残念」

「じゃあ行ってきますね」


 杏里沙がバットを持って打席に向かうと愛梨亜がエンジの元へ戻ってきた。


「お疲れ、愛梨亜!」

「ありがとう、エンジ。次は杏里沙の番ね」


 抱きついてきたエンジにそう言いながら打席の方を見るとホームに帰ってきていた有夏と何か喋っているのが見えた。そのまま杏里沙は打席へと入り、有夏はクラスメイトに揉みくちゃにされながらこちらへとやってきた。


「海野さん凄いね! ホームランだよ!」

「でしょー? もっと褒めてくれていいよ!」

「島田さんってウチの部のエースなのに打っちゃうなんて凄いよ!」

「これでどの部活にも入らないなんてホント勿体ないよね」

「今は何の部活にも入る気は無いからねー」


 そんな風に周りのクラスメイトにちやほやされながら帰って来た有夏。マウンドにいるピッチャーの島田はそんな有夏を悔しそうに見ていた。

 有夏達の一塊がエンジと愛梨亜の元まで来ると皆エンジに気を使いそれぞれ離れて打席に立った杏里沙を応援しだす。周りが落ち着いたところでエンジが有夏を褒めた。


「有夏、スゴかった!」

「でしょ! 言ったとおりホームラン打ってきたよ!」


 エンジが有夏に抱きつきながら褒めると、有夏はそれを受け止めつつエンジの頭をなでる。

 キンと音が鳴り三人並んで打席を見れば杏里沙がヒットを放ち一塁へと駆けている所だった。瞬く間に一塁までの距離を減らし、野手がボールを取る頃には既に塁を踏んでいた。


「陸井さん早い!」

「やっぱり陸井さんも運動神経いいよね」

「空見さんもそうだし、三人とも成績まで良いとか完璧かよ!」

「羨ましいわ。少し分けて欲しいくらい」


少し離れたクラスメイトが口々にそう称賛するのを聞いていたエンジは鼻を高くする。


「何でエンジが自慢気なのかしら?」

「皆がカッコいいのは嬉しい」

「嬉しいこと言ってくれるじゃん!」


 愛梨亜の質問にエンジは珍しく溌剌とした笑顔で答えた。それを聞いた有夏が嬉しそうに両手でワシャワシャとエンジの頭を撫でたので、エンジの髪の毛はボサボサになってしまった。


「じゃあ、エンジも私達に格好いい所を見せてちょうだい」

「わかった! 有夏、ミカちゃん」

「はい、受け取ったから頑張って!  目指すはホームランだよ!」


 愛梨亜はそう言うと手櫛でエンジの髪を整えてヘルメットを被せ、バットを手渡し背を押して打席に送り出す。エンジは右手に置いていたクマの縫いぐるみを有夏に渡すと左手のバットを引きずりながら打席へと向かう。同時に有夏の激励にはニヤリとしながら頷いた。


「今日のエンジはテンション高いね」

「ソフトボールに参加できて嬉しいんでしょう。いつもは見学だがら」

「これなら朝イチで体育教師に交渉した杏里沙も報われるでしょ」


 いつもは陸上競技以外は体育の授業を見学しているエンジだが、今日は杏里沙の交渉によりエンジのみの特別ルールが実施され試合に参加することができた。エンジのみのルールとして野球盤のように打球の止まった位置によってヒットかアウトか、ヒットなら何塁打かが決まるようになっている。

 これは昨日の昼に少し頑なだったと反省した杏里沙が、エンジの為に登校直後に教師の元へ突撃、交渉したために実現したのであった。


「急にねじ込んでしまったあの教師にはお礼を言いに行かないといけないわね」

「放課後に杏里沙が行くってさ」

「そう、なら任せましょう。ほらエンジが打つわよ」


 打席に入ったエンジが左手のみでバットを肩に担いで構えると、ピッチャーは微笑ましいものを見るように微笑み、さっきまでとは違う、とてつもなく手加減をしたボールを放つ。エンジは真剣な顔でゆるゆると飛んで来るそれを捕えバットを振るが、大きく空振りをしてしまう。

 授業に参加している女子全員が落胆するが、すぐに切り替えエンジを応援する。そこには敵味方の関係ない一体感が生まれていた。


 ピッチャーの島田は先程よりもっと打ちやすい球を投げる。エンジはひょろひょろと飛んで来る球を捕え打った。打たれた球はボテボテと転がっていき全員が固唾を飲むなかゆっくりと止まった。急いで審判をしている教師が確認するとヒットのエリアにギリギリ入っていた。


 女子全員が歓声を上げエンジも手を上げて喜び、隣で急に上がった歓声に驚いた男子がシュートを外していた。


 それから試合は進み、結局エンジのクラスは負けてしまったが、皆清々しい笑顔で互いの健闘を称えあったのだった。





「今から体育準備室に行って来ますから、少し待っててください」

「待ってるよー」

「じゃあ行ってきます」


 放課後になり杏里沙が先程の体育でお礼を言うために体育教師のいる準備室へ行き教室を離れる。残った三人はそのまま教室で杏里沙を待つことにした。


「今日は大活躍だったね、エンジ」

「ヒットを打った」

「島田さんにも今度お礼を言わないといけないわね」

「いい人だった」


 有夏がソフトボールの話を振ると、エンジは胸を張って自身のヒットを自慢する。そんな彼女をを撫でながら愛梨亜は、エンジをこんなにも喜ばせてくれた相手ピッチャーの島田に、いつお礼を言いに行こうか考えた。それを聞いていたエンジが島田を褒めた。


 教室に残っていた生徒が帰宅するために教室を出ていき、外からは運動部の掛け声が聞こえてくる。三人が残って今日の夕飯について話していると、教室の扉が開かれソフトボール部の顧問と部員が入ってきた。


「まだ居てくれて良かった。海野、今日島田からホームランを打ったそうだな」

「そうですけど、何か用ですか?」

「単刀直入に言うけど、ウチの部に入ってくれないか。どうか、このとおり」


 有夏を見つけて入ってくるなり顧問が頭を下げて部活の勧誘をしてきた。周りにいた数人の部員も一緒に頭を下げていた。


「前にも断ったじゃないですか」

「そこをどうにかお願いできないか?」

「海野さんが入ってくれれば大会で優勝も夢じゃないと思うの!」


 嫌そうな顔で断ろうとする有夏に、その雰囲気を察した顧問と部員が言い募る。部員達のその勢いに少し有夏は面食らった。

 

「いやー、ちょっと難しいですかね」

「今時間はあるか? あるなら詳しいことは部室で話さないか?」

「いや、困るんですけど」

「そこを何とか!」


 ぐいぐいと強引なまでに押してくる顧問と部員達にどう言ったものかと有夏が困っていた。すると愛梨亜が有夏に呆れたように耳打ちした。


「もう行ってくれば? 自分で撒いた種なんだから刈り取ってきなさいよ、今後のために」

「愛梨亜~助けてよ」

「嫌よ。こっちにまで飛び火したら困るもの」

「くそう。覚えとけよ愛梨亜」


 愛梨亜の耳打ちを聞いて悲しそうな顔をした有夏だが、仕方ないかと気合いを入れて顧問と部員を引き連れ部室へと向かった。


「有夏、大変」

「仕方ないわね。まあ、直ぐに断って戻ってくるでしょう。さてエンジ、暇だからテスト勉強でもしましょうか」

「お、お手柔らかに」

「ええ、昨日と違って優しく教えるわ」


 残された二人が試験勉強を始めようとすると、校内放送が流れた。


「一年六組の空見愛梨亜さん、残っていましたら至急職員室まで来てください。繰り返します一年――」

「呼び出し? 何かしら、困ったわね。今私しかいないのだけど……」


 意図の不明な急な呼び出しに愛梨亜は困った顔をした。


「行った方がいい」

「いいえ無視するわ。どうせ大したことではないでしょうし」

「でも至急って」 

「……」


 エンジが愛梨亜を諭すように言うとさらに愛梨亜は困った顔をして悩み出す。すると駄目押しのようにまた呼び出しの放送が流れた。


「ならエンジも一緒に行きましょう」

「杏里沙と有夏、待たないと」


 愛梨亜が妥協案を提案するが杏里沙と有夏を気にしたエンジに却下される。


「…………仕方ないわね。ここで待っていてね、エンジ。すぐに帰ってくるわ」

「待ってる」


 しばらく葛藤した愛梨亜は諦めるとエンジに言い含める。


「なにかあったら、何してもいいから呼びなさい。絶対に駆けつけるから」

「心配しすぎ」


 大袈裟なと言わんばかりの態度のエンジに愛梨亜は余計に心配を募らせる。


「それだけ私たちには貴女が大切なのよ」

「ん、ありがとう」


 尚も心配そうな愛梨亜がエンジを抱きしめ、おでこにキスをした。その後くすぐったそうなエンジを置いて、何度も後ろ髪を引かれながらも愛梨亜は職員室へと駆けていった。




 それを見送って教室に一人になったエンジは、さてと一息ついて右腕に乗せたクマの縫いぐるみを撫でてから、テスト対策として愛梨亜に渡されたノートを使い自習をしようと机に向かう。

 問題を解こうとペンを握ったところで教室の扉が開き、早々に帰宅したはずの八巻が入ってきた。


「八巻、忘れ物?」

「いや、慈円寺さんに用事があったんだ」


 それに気づいたエンジが疑問に思い八巻に問いかけると、立ち止まった彼はやけに真剣な顔で言った。


「用事?」

「結構重要な相談があってね」

「なに?」

「俺にそのクマの縫いぐるみを譲ってくれないかい?」


 八巻の問いかけにエンジの目がスッと細くなり、自習を止め机から八巻の方へ向き直る。


「なぜ?」

「知り合いが誕生日のプレゼントに欲しがってるブランドの縫いぐるみがあるんだけど、手に入らなくてさ。そのとき慈円寺さんが持ってるそれが良く似てるから譲って貰えないかなと思ってね」

「嘘」


 エンジが理由を問うと、八巻は急ににこやかになり早口でそう言ってきた。それを全て聞いた上で、彼を冷ややかな目で見ながらエンジは一言で断じる。


「やっぱり嘘ってわかる?」

「流石に」

「そうかぁ。念のためにもう一回聞くけど、そのクマ俺に渡す気は?」

「無い。断る」


 エンジに嘘と断じられた八巻はおどけたように言って頭を掻いた。そして再び要求が断られた瞬間、がらりと気配が変わった。


「なら仕方ない。あんまり抵抗しないでくれよ? 怪我させるのは本意じゃないからさ」



実はソフトボールのルールをよく知らないので何となくで書いています。

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