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四人の日常  作者: 曽良紫堂
エンジの生活
20/62

「問題ないと思う」

 四日堂を開いた日から数日が経ち、エンジは今日も今日とて学校で愛梨亜達三人と一緒に授業を受けている。そろそろ学期末試験が近づいており授業はテストに向けた内容になっていた。

 教師の話を聞いていなければ解けない問題も中間テストで出ていたため、教室内にはそれを聞き逃すまいとする真面目な生徒とそんなものはどうでも良いとばかりに寝ていたり遊んでいたりする不真面目な生徒が入り乱れている。


 そんな中エンジは真面目に聞いている振りをしてひたすらノートに絵を書いていた。しばらくカリカリとペンを動かしていると納得のいく出来になったのか、ふむと一つ頷いて隣の席の有夏をじっと見つめた。

 

「どうしたのエンジ?」


 有夏がその視線に気付いて小声でエンジに尋ねると、エンジはすっと自分のノートを有夏に差し出した。有夏が疑問に思いながらノートを受けとりページを捲っていき、あるページを見るとプッと吹き出す。

 そこには今まさに授業で扱っている過去の偉人の特徴を持った人物が写真のようにリアルに書かれていて、その顔には幼稚な落書きがしてあった。エンジは有夏を見て満足そうな顔をしているが、高い画力の無駄遣いだった。

 

「海野、どうかしたか?」

「あーいえ、何でもないです」

「そうか。 テストが近いから集中しろよ?」

「はーい」


 授業をしている担任の赤街(あかまち)が有夏を注意した。注意された有夏は飄々(ひょうひょう)とした態度で謝る。

 それ以降は特に何かあったわけでもなく恙無(つつがな)く授業が終わった。


 昼休みに入り愛梨亜が購買へ昼食を買いにいっている間、エンジ達はここ数日でクラスに馴染んだ八巻を交えて話をしている。


「有夏、さっきの授業で何に笑ってたんですか?」

「エンジがさ、ノートに書いた落書き見せてきて、それの出来が無駄に良かったから面白くなっちゃって」

「へー、慈円寺さん絵が上手なんだ」


 杏里沙が有夏に先程の授業でのことを聞き、有夏が絵を思い出しながら答えた。それを聞いた八巻が絵に興味を示す。


「見る?」

「良ければ見せて欲しいな」


 エンジがノートを取りだし八巻に手渡すと、彼はページを捲り出す。お目当ての落書きを見つけるとおー、と感心した声を出した。


「これさっき授業でやってた人?」

「そう」

「凄いな。特徴聞いただけで本人の姿絵すら見たことないのに、コレだ! って思えるね。顔の落書きは別にして」


 八巻がそう褒めるとエンジは照れながらも嬉しそうにする。


「良く書けていますけど、授業中に落書きしててテストは大丈夫なんですよね、エンジ?」


 八巻と一緒にノートの落書きを見ていた杏里沙が笑顔でエンジに問うが、その目は若干笑っていなかった。


「……たぶん」

「駄目そうですね。今から少しでもテスト対策しますよ」


 少し怒った杏里沙の詰問にエンジは目を泳がせ小さい声で答えるが、杏里沙はその様子からテストは不味そうだと判断した。


「杏里沙、多分もうすぐ愛梨亜戻ってくるよ?」

「それでもです。少しでも早く始めます」

「あの、俺も分かんないところあるから教えて欲しいんだけど駄目かな?」


 流石に有夏が止めようとするが、断固としてやると決めた杏里沙が教科書を机から取り出そうとゴソゴソと漁っていると、その頑なな雰囲気を察し一旦気を反らして落ち着いて貰おうとした八巻が便乗した。


「良いですけどエンジのあとでお願いしますね?」

「それはもう、当然です!」


 杏里沙は教科書を出しながら八巻に笑顔で答える。圧の強い笑顔を向けられた彼は若干怯えながら神妙に頷いた。


「じゃあ、始めますよ。エンジ準備はいいですね?」

「よくない」

「我が儘言わないで下さい」

「いや」


 エンジに向き直った杏里沙が教科書を開いて始めようとするが、エンジはプイッとそっぽを向き拒否する。杏里沙が少しむきになって声をかけるがエンジは体ごと窓の方を向いて徹底抗戦の構えを見せた。


「ありゃりゃ。拗ねちゃった」

「これ大丈夫なんですか?」

「まあ、愛梨亜が帰ってくれば終わるよ」


 そんな二人の攻防を見ていた有夏に八巻が心配そうに耳打ちした。有夏は苦笑いをしながらそう言って扉の方を見る。すると愛梨亜が大荷物を持って帰ってきた。


「戻ったわ。有夏、あの二人は何してるのかしら?」

「杏里沙塾が開校されるかどうかの攻防だね」

「……? まあ良いわ。ほら二人とも、お昼買ってきたわよ」


 ガタゴトと音を立てエンジを椅子ごと回してこちらを向かせようとしている杏里沙と、その度に違う方向へそっぽを向くエンジを見た愛梨亜が有夏に尋ねるが、有夏は過程を言わずに適当に答えたためどういうことか伝わらなかった。そのため愛梨亜は取り合えず二人の仲裁に入る。


「食事の時間」

「もう、放課後にやりますからね。八巻君もそれでいいですか?」

「勿論いいです。俺、放課後の予定ないんで」


 愛梨亜に声をかけられた二人はハッとした。次いでエンジは杏里沙に向き直り勝ち誇った笑みを向け、それを向けられた杏里沙はため息を一つこぼし仕方なさそうにエンジと八巻に言った。エンジは嬉しそうに頷き、八巻は杏里沙の雰囲気が元に戻ったことに安堵しながら了承した。


「放課後に何をするのかしら?」

「杏里沙塾だって」


 一連の話についていけなかった愛梨亜が疑問に思い聞くと有夏がさっき言ったことと同じことを言って茶化した。


「何ですかその呼び方。エンジがテスト不味そうなので教えるんです」

「ついでに八巻もね」

「どうも、ついでです」


 茶化された杏里沙が少しムッとするが、また頭に疑問を浮かべていた愛梨亜に詳細を説明した。軽い感じで有夏が抜けていた八巻のことも付け加えると、八巻も同じようなテンションで乗った。


「そう、わかったわ。じゃあエンジも貴方も()()()()教えるわね」


 ようやく話に追い付いた愛梨亜が買ってきた食事を配りながらエンジと八巻に言った。その愛梨亜の言葉を聞いて有夏がニヤつきながら小声で八巻に話しかける。


「八巻覚悟しといた方がいいよ」

「えっ? 何をですか?」

「愛梨亜は杏里沙と違ってスパルタだよ」

「…………え?」


 自身の弁当箱を取り出している八巻に有夏がヒソヒソと耳打ちすると八巻は頬をひきつらせた。



 午後の授業も終わり放課後になると、テスト期間では無いもののクラスに居残って勉強会をする生徒がチラホラといる教室内でエンジ達は八巻を交えて机を囲んでいた。

 昼に宣言したとおり勉強会が開かれ、エンジには杏里沙が八巻には愛梨亜がそれぞれ教える側としてついている。


「ここは違うわね、計算ミスよ。このくらいの計算は間違わないで頂戴」

「す、すみません。頑張ります」

「またよ。さっきこの公式を使うって教えたわよね?」

「教わりました」

「なら使いなさいな。私は同じことは二度は言わない主義なの」

「申し訳ないです。はい」


 八巻は遅れぎみだと自己申告した数学を一通り教わって今は練習問題を解いているのだが、答えを間違える度に愛梨亜から厳しい指摘と呆れの感情が飛んで来るので半泣きの状態だった。

 有夏はそれを見て言わんこっちゃないといった表情をしたあともう一組の方を見る。杏里沙に教わっているエンジは勿論そんなことはなく、スパルタな二人に比べれば穏やかに勉強が進んでいく。

 そうしていると、たびたび帰り支度をしたクラスメイトが挨拶をしていく。その度に五人全員で一時手を止め、挨拶をして彼らを見送った。


「それにしても八巻君はすっかりクラスに馴染みましたね」

「陸井さんのお陰ですよ」


 教室から出ていく彼らを見ていた杏里沙が、ここ数日で友人を作った八巻のコミュニケーション能力の高さにしみじみと感想をもらす。

 八巻はその呟きを聞き逃さずに、色々と世話を焼いてくれた杏里沙に感謝の念を伝えると、彼女はちょっと驚いた顔でありがとうと一言いった。


「あたしは?」

「勿論、海野さんと空見さんもだよ」

「エンジが抜けてるよ?」


 二人のやり取りを横目で見ていた有夏が自分たちの事はどうなのかと問いかけると、八巻は少し慌てて有夏と愛梨亜を付け加えた。エンジについて言及が無かったので有夏が追撃する。


「慈円寺さんは……そう……うん……お世話になったかな」

「お世話した」


 抜けを指摘された八巻が微妙な顔でエンジについて考えるが特に世話になった記憶がなく、とはいえそれを正直に言うのも憚られるので、はぐらかすようにお礼のようなものを言った。

 エンジはそれを聞いて世話した心当たりは無かったが満足そうに頷く。


 驚きの図々しさだった。


「八巻、喋ってないで続きをやりなさい。今日中にこの問題まで解いて貰うわ」

「……あの、結構量があるんですけど」

「問題ないわ。教えたことをしっかり使って解けばそんなに時間はかからないわよ?」

「ハイ……。ガンバリマス……」


 四人で喋っていると一人手元で何かを書いていた愛梨亜が八巻に続きをやるように迫る。八巻に指定された問題数は問題集の数ページ分にもなり、とてもじゃないが下校時刻までに終わりそうに無かったのだが愛梨亜は問題ないと彼にプレッシャーをかけた。

 そのプレッシャーに負け八巻は再び涙目になり、黙々と問題を解いていった。


 それぞれの教師役に指定された問題を黙々と解き進める八巻とエンジ、しばらくそんな二人を眺めていた有夏がふと時計を見ると最終下校時刻まであと十分だった。


「杏里沙終わった」

「良くできました、エンジ。じゃあ今日は終わりにしましょうか」

「もう時間だし、杏里沙先生がこう言ってるからそっちも終わりにしたら?」


 そのとき丁度エンジが問題を解き終え、杏里沙に回答を見て貰っていた。全ての回答が正解なのを確認した杏里沙が今日の勉強会を終わろうとする。

 一方、有夏は未だに問題を解いている八巻とそれを監視する愛梨亜という、謎の緊張感漂う二人に向けて終わりを促した。


「そうね。ここまでやれば取り合えず十分でしょう」

「ふう、終わった。頑張ったぞ俺」


 有夏の声に愛梨亜は時計を見て納得し八巻に終わりを告げた。八巻は集中を解き脱力しながら頑張った自分を褒める。

 そして五人は帰り支度を始めた。


「八巻、これをあげるわ」

「えっと、空見さんこのノートは?」


 帰宅準備をしていると、愛梨亜が八巻に教えている最中に何かを書いていたノートを渡した。受け取った八巻はなにかわからず困惑している。

 愛梨亜はノートの内容を説明した。


「貴方が苦手なところの解説を纏めておいたわ。これを見て勉強すればテストで酷い点数は取らないでしょう」

「えっ。そんないいの?」


 八巻は驚き手元のノートをパラパラと捲って内容を確認する。


「いいわよ。そのために書いたのだから、いらないなら捨てるだけよ」

「うわ、マジで苦手なとこの解説書いてある。凄いなコレ。ありがたく使わせて貰います」


 事も無げに愛梨亜がそう言った。

 ノートにはさっき八巻が間違った問題や苦手としている問題についての解説がびっしりと書いてあり、内容もわかりやすかった。

 

「ええ、恩に着なさい」

「ホントありがとう」


 八巻が感謝を告げると愛梨亜は当然と言ったように鷹揚に頷いた。



 その後、五人で学校を出て八巻とは駅で別れ、地元の駅についたエンジ達四人は家に向けて歩いていた。


「八巻君も最初に比べて険が取れましたね」

「そうだね。特に変なことも無いし、もう警戒のレベル一段下げてもいいかも」


 愛梨亜がエンジと手を繋ぎながら歩きその後ろを杏里沙と有夏が並んで歩く。話す話題は今日の勉強会のことについてであり、杏里沙と有夏が今日までの八巻の行動を鑑みて警戒心を少し下げていた。


「八巻はいい奴」

「あら、なんでそう思うのかしら?」

「褒められたから」

「チョロいね、エンジ」


 後ろの二人の話を聞いてエンジが八巻を褒める。あまり接点の無いようにしていたエンジが褒めた理由を愛梨亜が尋ねるとエンジはニコニコと嬉しそうに昼のことを言った。

 そのあまりの純粋さというかチョロさに三人は内心危惧し、有夏が口から思ったことを言ってしまう。しかし、そんなことを言われてもエンジが気にした様子は無かった。


「まあ、エンジは置いておいて彼も今まで警戒する以外に不審な行動は取ってないし、その警戒も解けてきたようだからこちらも少し緩めようかしら」

「普通の人と同じくらいの警戒度でいいんじゃないですか?」

「まあ、今日のあの様子ならそれで大丈夫だと思うよ」

「じゃあ、そうしましょう。いいかしら、エンジ?」

「問題ないと思う」


 相談の結果三人の八巻への警戒も少し下げることに決まり、それをエンジに確認するとエンジも機嫌良く同意したのだった。

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