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四人の日常  作者: 曽良紫堂
エンジの生活
2/62

「ん。お願いします」

 四人の住居である雑居ビルは、繁華街から少し離れた場所の裏通りの奥まった場所に並ぶ商業ビル群の中にある一棟である。

 駅からはそこそこ近く交通の便は悪くはないが、一人の足が良くないともなれば必然的にゆっくりと歩く事になり、四人の登校にはそれなりの時間がかかる。いつもは遅刻をしないように時間に余裕を持って自宅を出るが、今日は予定外の事がありその余裕も全く無くなった。


 四人とも特に遅刻すること自体はどうでも良く、何も問題を感じないが、そのどうでも良いことのせいで他人に目を付けられるのも気分が悪い。ただでさえ色々な意味で目を引く四人なのだ、どうとでもなるとは言え不要なトラブルに巻き込まれたくはない。面倒なので。

 よって、今四人は有夏を先頭に杏里沙はエンジを抱き抱え、愛梨亜は二人の荷物を持ち、エンジは揺れに青い顔をしながら駅まで走っていた。


「……うぷ」

「エンジ大丈夫ですか? もうちょっとで駅なので頑張って下さい」

「……大丈夫………頑張る……うぷ」

「吐きそうなら吐いてもいいよ、杏里沙に」

「有夏!ちょっとやめて下さい! エンジもダメそうならちゃんと言って下さい!」

「少しスピードを落としましょ。この時間ならちゃんと電車に間に合うわ。エンジもダメそうだし」


 そう言って走りを早歩き程度の速度に落とし進んで行くと、程なく駅に着く。そして改札を抜けると直ぐにいつも乗る路線の電車がホームへとやって来る。

 急いで四人がその電車に乗り一息つけば、どこからか探るような視線を感じる。


「見られているわね。何かしら」

「エンジの顔色が悪いからじゃない?」

「大丈夫ですか、エンジ? 気分が良くないなら降りて休みましょうか?」

「……大丈夫。大分良くなってきた」


 愛梨亜はエンジに視線を向け動かず回りの気配を探りながら呟き、有夏は杏里沙に抱き抱えられたエンジの背を擦りながら答える。杏里沙はそんな二人の会話を気にせずエンジを心配し、背中を擦ってもらっているエンジの顔色も、大分良くなって来た。

 そうしている内に視線も感じなくなった。


「何だったのかしら。近くからでは無かったわね」

「まあ、こっちに隠そうとして気付かれる程度の奴みたいだから、大したことないでしょ」

「そうね。でも、少しだけ気に留めておきましょうか」

「そうだね。大した労力でもないし、前みたいに何かあっても嫌だしね」

「あんな事はもう起こらないと言いきれないのが困ったところね」


 そう言ってすっかり顔色が良くなり、杏里沙に抱き抱えられたままにこにことクマの縫いぐるみを撫でているエンジを見て、二人はため息を吐いた。



 学校の最寄り駅に電車が到着し、乗客がぞろぞろと降りていく流れに乗って四人も電車を降りた。駅からは四人と同じ制服を着た多くの学生も、学校を目指し人の川を作っていた。その川の流れに四人もついていく。

 しばらくついて行けば四人の通う高校の校門が見えてきて、人の川は校門へと飲まれて消えて行く。自分達もその校門をくぐり、幾つかの階段を昇れば四人の所属する一年生の8つのクラスの教室の扉が目に入る。

 どの扉の向こうからも、ガヤガヤとした話し声が聞こえ多くの生徒が居ることがわかる。

四人はその中の表札に1-6と書かれた教室の扉を開けた。扉を開けた音がしたにも関わらず、教室の中にいた生徒は誰一人として四人の方を見ることはない。そもそも扉が開いた事にすら気付いている様子も全く無く、それぞれの友人と会話をしたりふざけあったりと自由に過ごしていた。

 四人はその事に何も反応することなく自分達の席である後ろの窓際の席へと向かった。


「間に合った」

「遅刻しなくて済んでよかったです」

「まあ、遅刻してもしなくてもあたしらには関係ないけどね」

「それでも余計な面倒は避けられるなら避けたいわ」


 そう言いつつ四人が席に着くとチャイムが鳴り、それからしばらくして担任教師が教室に入ってきて朝のホームルームが始まった。


「今日はこの後入学以来休学していた八巻が復学してくる。もう学校には来ているが手続きの関係で、だいたい一限が終わった辺りに教室に来る予定だ。席は海野の隣だから、海野はわからない事があったら教えてやってくれ」

「はーい」


 担任はそう言い、海野有夏(うみの ありか)がどこか呆けた表情で気の抜けた返事を返す。


「なんだなんだ海野、その気の抜けた返事は。何か不安だな、陸井も助けてやってくれ」

「わかりました」


 有夏の返事に苦笑いで呆れたように言う担任は、有夏の前の席の陸井杏里沙(りくい ありさ)にそう頼む。笑顔で了承の返事をした杏里沙に担任はホッと安心したようだった。

 そうしてホームルームは進み終わりに差し掛かり


「あとは急なんだが、今日は図書委員会があるそうだから慈円寺と空見は放課後忘れないように」

「はい」

「わかりました」

「はい、ではホームルームを終わります」


  最後の連絡事項が慈円寺燕尼(じえんじ エンジ)空見愛梨亜(そらみ ありあ)に知らされ二人が返事をすると、担任はホームルームの終了を告げ教室を後にした。



「うへー、本当に当てられたよぅ」

「だから言ったじゃないですか、当たりますよって」

「わたしも当てられた」

「エンジにも言ったじゃないですか」

「答えは合ってたのだから、いいじゃないの」

「合ってようが間違ってようが関係ないの! 気分の問題なの!」

「そう。気分の問題」

「もう二人ともしょうがないですね。そもそも有夏はともかくエンジは間違ってましたし。勉強しないとですね」

「うっ」


 一限の授業が終わり杏里沙が言ったとおり授業で指された有夏とエンジは、自分達の机の上にべったりともたれ掛かり愚痴を吐いていた。

杏里沙と愛梨亜が二人をなだめる為に声をかけるが、有夏は幼子が駄々を捏ねるように声を上げエンジもそれに同調する。その様子に呆れたように杏里沙は二人を注意し、答えを間違えたエンジには勉強を促す。

 実際の所、今日の問題はたまたま間違えただけで、エンジの成績は決して良くないわけではないのだが、学年で上位の成績を独占している三人と比べると流石に見劣りしてしまう。

 愛梨亜は、杏里沙にそう言われてシュンとしてしまった自身の後ろのエンジの席まで行き、彼女の体を抱え上げ、彼女が座っていた椅子に腰掛け、膝の上に座らせて、頭を撫でながら言う。


「大丈夫よエンジ、出来ないのは歴史くらいで他は良くできているのだから」

「……そうかな?」

「ええ、そうよ。だから出来ないところは他の教科の分も含めて私たちが教えるから一緒に頑張りましょう?」

「ん。お願いします」

「はい。お願いされたわ」

「わたしも教えますからね!」

「あたしは教わるわー」

「何でですか! 有夏は出来てるでしょう!」

「何となく?」


 愛梨亜がエンジをフォローするようにそう言えば、エンジもニコニコと機嫌も良くなり、それに慌てたように杏里沙もエンジにフォローしようとすれば、有夏が引っ掻き回す。

 二人のやり取りを見たエンジは楽しくなりクスクスと笑い出し、そのうち皆で笑い合う。そんなふうにして四人でじゃれ合っていると教室の前の扉が開き、担任と見慣れない男子生徒が入ってくる。


「おーい、注目! 彼が今朝言った復学してきた八巻だ。じゃあ自己紹介して」

「はい。今日から復学しました八巻賢壱(やまき けんいち)です。よろしく」


 担任に促された八巻は、鋭い目付きでそう言って簡素な挨拶をして頭を下げた。


「はい、というわけでこれから同じクラスの一員だから仲良くするようにな。八巻、席は後ろのあそこの席だから、困った事があれば隣の海野とその前の陸井に聞けばいいぞ。面倒見るように頼んであるからな」


 彼の挨拶を見て担任は、彼も復学初日で緊張しているのだろうと思いながら、有夏の隣の席を指差しそう言った。

 八巻は目線でその指先を追い、自分の席の場所を理解すると担任にはいと答え、そのまま席へと向かうのだった。

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