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四人の日常  作者: 曽良紫堂
エンジの生活
19/62

風猫


 夕飯をご馳走になり落ち着いておると、燕尼殿が杏里沙様と店から引き上げて行かれた。

 我と茶蛇巳は店に残り、恐れ多くも愛梨亜様と有夏様に酒を振る舞って頂くこととなった。


「茶蛇巳と風猫は酒の好みはあるの?」

「私はお酒なら何でも好きです」

「我もそうですな」

「いつもは何を飲んでいるのかしら?」

「大体は清酒ですね。お供えで頂くので」

「我もそうですが、寺住まい故になかなか飲む機会がないのです」


 神社住まいの茶蛇巳と違い、我の住処(すみか)は寺なので酒が手に入る機会が少ない。

 故に我が飲むには土地神やら妖怪が集まる寄り合いの会合に出なければならず、仕方なく年に数回の会合でしこたま飲み貯めしておく他ない。

 初代の住職に酒について聞かれたとき、別に好きにしてよいと言うたのが運のつきだったのう。まさか禁酒にするとは思わんかった。

 奴等の生態をよく知らんかった我にも落ち度はあれど、何度言うても改善しないのもどうかと我思う。


「そうなの。じゃあ、今日は洋酒でも出してあげましょうか」

「いいんですか!?」

「たまには違ったもの飲むのと良いよ」

「ありがたき幸せ」


 愛梨亜様が奥から琥珀色の酒が入った瓶を持ってきて注いで下さった。

 我と茶蛇巳は普段呑む機会のない洋酒に期待を隠しきれず、落ち着きをなくした。

 神だろうが妖怪だろうが皆酒好きで、酒を前にすれば冷静ではいられない。

 毎回、会合では酒が原因の諍い(いさか)がある程だ。

 いつも我は巻き込まれんよう端の方で大人しく呑んでおる。まあ、呑むのを邪魔されれば暴れると言うてあるので誰も寄って来はせんがの。


「どう? おいしい?」

「私達はまだ飲めない歳だから味は知らないのよね」

「美味しゅうございます」

「今の洋酒ってこんなに美味しいんですね。清酒とは違った美味しさです」


 本当に旨いのう。遥か昔に会合で出されて飲んだ洋酒は不味すぎて、今飲んでいるこれとは天と地の差じゃな。

 何せあの時の酒は酒好きどもが一口で皆黙り込んだ挙げ句、やることをやってそそくさ帰って行くほど不味かった。

 あれはその前の会合で、皆が酒に夢中で纏め役の話しを聞かんかったせいで、其奴(そやつ)が腹いせに用意した物だったらしいが、本当に不味かった。もしや腐ってたんじゃなかろうか?


「そう、良かったわ。それなら貰い物でどう処分しようかと思ってたから、二人で全部飲んじゃって頂戴」

「こんなに良い物を宜しいのですか?」

「気にしないでいいよ。なんならまだ山ほどあるからお土産にあげるよ」

「ありがとうございます! 大事に飲みますね!」


 嬉しいのう、この酒が帰っても飲めるとはたまらん。

 隠し場所には気を付けんと燕の奴はともかく幸庵が没収してしまう。


 あやつは飲む癖に、我には本尊なのだから寺で飲むなとか言いおる。

 あの寺は我の家なのだぞ! 好きにして良いではないか。

 それを飲みたければ山を降りて家まで来て飲めとは、なんたる不遜。我のこと奉っておるくせに何なのじゃあやつは!


「なに不機嫌な顔してるのよ?」

「いえ、少し酒の隠し場所について考えておりました」

「隠し場所? 何で隠すのよ、誰も飲まないでしょ」

「寺は禁酒故にそこで飲むなと、没収されるのです。幸庵の奴めに」

「あらまあ。それはまた……」


 奴への不満が顔に出とったのか、どうしたのかと愛梨亜様が聞いてこられた。我はこれ幸いとばかりに幸庵の悪行を愛梨亜様へ告げ口した。

 すると、そう言って愛梨亜様は苦笑いをされた。


「幸庵さん、寺で飲むなって言ってるだけで、別に他で飲むのは良いんでしょ?」

「そうですが、慈円寺の家まで降りてこいと申すのです」

「……? 行けば良いじゃん」


 有夏様が至極真っ当な事を仰るが、我には出来ぬ事情がある。あまり(さと)られたくはないので、ここは言葉を濁すかのう。


「慈円寺の家で酔うのはちょっと……」

「ああ、庵がいるからか」

「皆まで言わんで下され」


 言葉を濁すも即座に有夏様に見抜かれ、我の顔が熱くなる。

 そんな我を有夏様と愛梨亜様は微笑ましい者を見る目で見てこられた。


「先輩ホントにエンジさんの弟さんのこと好きなんですねぇ」

「煩いぞ茶蛇巳!」

「怒らないでくださいよぅ」


 それまで黙って酒を味わっていたおった茶蛇巳が、感心したように頷きながらそう言いおった。今まで色恋沙汰で茶化されたことの無い我は恥ずかしく茶蛇巳に怒鳴るが、当の本人はヘラヘラと謝ってくる。


 コヤツ既に酔っておるな。


「エンジは良いって言ったから、多分あと確実に反対するのは燕さんだね」

「おば様は手強そうね」

「燕は怒っとったからのう。どうしたらよいのでしょうか」

「色々あるでしょうけど、まずその身なりを整えたら良いんじゃないかしらね?」


 そうしてお二人に助言を頂いたり、酔った茶蛇巳に水を飲ませたりしながら楽しく飲んでおった。





 宴は進み、しばらく茶蛇巳の愚痴などを聞いておると。


「あら。珍しい」


 急に愛梨亜様と有夏様が顔を見上げ天井を見た。そしてこちらに向きなおる。


「茶蛇巳はもう帰った方が良いわね」

「え? 急にどうしたんですか?」

「ちょっとね。茶蛇巳には厳しいお客さんが来たんだ」

「私には厳しい……?」

「また埋め合わせするから、悪いけどこれ持って今日は帰りなさいな」


 そういって愛梨亜様は奥から持ってきた酒の瓶を何本か手渡し茶蛇巳を立たせ、その背を押して店から出した。

 終始茶蛇巳は疑問を浮かべていたが、その様子に何か感じたのか大人しく帰っていきおった。

 一方、店内に残された我には嫌な予感がしておった。


「わ、我はよいのですか?」

「風猫はまあ何とかなるんじゃない?」

「そんなあやふやな……」

「あそこで静かにこれ飲んでなさい。そうすれば絡まれないから」


 そう言って愛梨亜様はカウンター席からは死角になるボックス席に我を誘導し、見たことの無い色をした液体の入った瓶をテーブルに置いた。


「これは……?」

「美味しいわよ」

「味ではなくですね」

「美味しいのよ?」

「いや、その」

「美味しいから、それ飲んで大人しくしてなさい」

「…………承知しました」


 我が得体の知れない液体に(おのの)いておると、愛梨亜様がそれを飲むよう進めてくる。結局この液体が何なのかは教えてもらえなんだ。

 席に着き、ちびちびと液体を飲む。


「あれ? 旨いのう」

「だから言ったでしょ美味しいって」


 一口飲んでみると何か果物のような芳醇な香りが広がる。見た目に反してとても旨いそれは強い酒精であるように思えるが、するすると入っていってしまう。

 一度手をつければ、それを注ぐ手が止まらず次々と飲んでしまう。


「旨いのう。これは何という酒なのですか」

「知らない方がいいよ」

「え?」

「知っても普通手に入らないから、知らない方がいいよ」

「手に入らない……?」

「それにすぐそんなこと気にしてられなくなるわよ」

「は?」


 有夏様と愛梨亜様が笑顔でそう言っていると店の扉が開く。






 そして入ってきた圧倒的な存在に我は肝が冷える。







「いらっしゃい。珍しいわね」

「――――」

「あらそうなの、有夏」

「はーい。カウンター席にどうぞ」

「――――」


 愛梨亜様がその存在に気さくに話しかけるのが信じられなかった。

 お二方の話しは聞き取れるのに、その存在の言葉は何一つ理解できず、圧倒的な圧として我を苛む。

 我はただ見つかりませんように、気を向けられませんようにと震えながら縮こまる。

 この存在に少しでも気を向けられれば、我と言う矮小な存在は消し飛んでしまうと思うた。


「風猫そのお酒もっと飲みな。楽になるから」

「あ、ありかさま……われは……」

「ゴメンね。ここまで抑えが緩いとは思わなかったんだ。少し守ってあげるからそれ飲みなね」


 あまりの事に取り乱し、いけないと分かっていながらもカウンター席にいるその存在を視界に入れそうになったそのとき、有夏様が我とカウンター席の間に立ち視界を遮った。

 そして小声で我に話しかけて下さるが、震えるこの口では満足に話しもできなんだ。

 見かねたのか有夏様が謝り我の額に指をつける。するとさっきまで感じていた圧か小さくなり少し楽になった。我は急いで言われたとおりにさっきまで飲んでいた酒を口に含む。


「有り合わせしかないけどこれね。後はお酒飲むでしょう?」

「――――」

「貴女、その体で食べられるの?」

「――――」


 先程よりも声の圧も減って、会話を聞いても震えは出なかった。


「そうなんだ。最近そっちはどんな感じ?」

「――――」

「あら大変じゃない。どうなったの?」

「――――」

「あらら、それはあなたにも相手にも迷惑だね」

「――――」


 いつの間にか我の側を離れた有夏様と愛梨亜様がその存在と話しておられるが、相変わらず我にはその存在の言葉は理解できない。


「怪我の功名という奴なのかしらね。それで何されたの?」

「――」

「ねえ、愛梨亜。昨日燕さんが言ってたのって」

「多分これのことでしょうね」

「調べてもわかんないわけだ」


 何を聞いても理解できない故、我は一心不乱に酒を飲む。本当に我が聞いていて良い話なのかもわからんしの。






 そうして飲んでいる内に気付けば我は寝ていたらしい。目を開けるとエンジ殿のソファーに横になっており、見回せばあの存在はおらず、店内の掃除をする有夏様と洗い物をしている愛梨亜様しかおらなんだ。


「風猫起きたんだ」

「あの有夏様、あのお方は?」

「うん? もう帰ったよ?」


 我が起きたことに気付かれた有夏様がにこやかにお声をかけてくださった。我はあの圧倒的な存在について聞いたのだが、聞きたい答えではなかった。


「有夏、風猫が聞きたいのはそう言うことじゃないでしょうに」

「あ、そっち?」

「風猫、さっきのは私達の同類よ」

「関係はあたしらは依頼を受けた側で、あっちは依頼人って感じ」


 愛梨亜様が我の聞きたかった事を教えてくださったが、あの存在がお三方と同じということは何も抑えが無ければ本来の彼女らは最低でもあれほどの力があるということか。

 ということは、エンジ殿は相当に厄介なものを抱えておるんだなぁ。

 しかし、依頼とはどのようなものなのか。 


「依頼人……? 皆様は何か依頼を受けてらっしゃるのですか?」

「そうだよ。まあ、一応そういう形にしないとこの世界に来れなかったから、そうしただけだけどね」

「だから特に何をするというわけではないわ。たまにさっきのように話を聞いたりするだけよ」


 ふむ、我らにも大まかな規則があるように、そのような方々にも何かそういった規則でもあるのであろうな。


「というか、風猫は一回話をしてるはずだよ」

「…………え? 我が?」

「私達について聞いた内容をおじ様達に話したんでしょう?」


 愛梨亜様に言われて思い出した。しかしあれは話したというよりも……


「思い出しましたが、あの時は急な頭痛と共にお三方の事とそれを幸庵に伝えなければならぬという意思が我の意識の中に植え付けられたと言うか何というか……」

「そんなことになってたの!?」

「可哀想に。あの人、加減してなかったのね」


 我が当時のことを思い出し震えながら言うと、有夏様は大層驚き、愛梨亜様は憐れんだ目で我を見た。


「迷惑かけたわね風猫。今度注意しておくわ」

「い、いえ! そこまでして頂くことは……」

「いいのよ。これは風猫の為だけじゃなく、私達の為でもあるから」

「愛梨亜様がそう仰るならば我は異存はないですのう」


 愛梨亜様に謝られたが、逆にこちらが恐縮してしまう。そんな我を見て愛梨亜様が優しく微笑み助け船を出して下さった。


「けど、今回もあんなに緩い力の制御で来るし、根本的にそういうこと下手なのかな?」

「どうかしらね、今回は案外浮かれていてうっかりしてたんじゃないかしら」

「なんか友達できたらしいし、そうかも」

「かなり強力に認識阻害をかけたからばれてないと思うけれど、そういうところだけは気を抜かないで欲しいわね」

「バレると面倒だしね」


 有夏様と愛梨亜様があの存在について世間話のように話しておるが、こんな裏事情のようなものを聞いて我は大丈夫なのだろうか。突然天罰のようなものを喰らいたくないぞ我は。

 そう思った我はそれ以降、極力お二人の会話を耳にしないよう努めた。


「風猫は今後もあの人に関わるかもしれないから覚悟してね」

「……え。嫌なのですが……」

「無理ね。エンジが慈円寺家に生まれた時点で貴女はもうこうなることが決まってたから」

「……うそですかの?」

「嘘じゃないし、エンジが燕さんと幸庵さんの子供に生まれなきゃ風猫も含めてみんな死んでたんだから、諦めよ?」

「なっ、なんですと!?」


 聞かないよう努めておったが我の名が聞こえたので有夏様を見ると、慈愛の表情で我を見ながらそう仰った。我が嫌がるとお二人は驚くべきことを仰る。

 

 我が死んでいた? 幸庵も燕の奴も?


「ど、どういうことでしょうか?」

「幸庵さんと燕さんの子供は本来は結構な厄ネタだったんだよ」

「生まれる子は意思も魂も空っぽで無いけれど、とてつもない力を持っている。そして生まれると同時にその力が制御できずに暴走って所ね」

「強すぎて未だに蓮堂の当主を他の人に譲らせてもらえない歴代最強の燕さんと、ずっと風猫に仕えてる血筋の幸庵さんの子供ならそうなっても仕方ないよね」

「それは……。しかし、そんな予兆はありませんでしたぞ?」


 そう、幸庵と燕の奴が嬉しそうに報告に来おったときにはそのような事は全く感じなかった。


「こっちじゃ子供ができる前からそうなることが分かってたから、そうならないようにできたら即エンジが体に入ったんだ」

「私達はこの世界のエンジの体が必要で、あの人もこの事に割りと困ってたから渡りに船だったわね」


 それを聞いたとき我は随分と阿呆な面をしとっただろう。そのくらいその話しには衝撃を受けた。


 この話しが本当ならばエンジ殿は我とあの二人の命の恩人ということになるのだから。愛梨亜様と有夏様がこのような嘘を吐くとも考えられなかった。

 そして、唐突に庵と飛燕に思い至る。


「い、庵と飛燕には問題ないのですか?」

「あの二人はそういった問題はないわ」

「ちゃんと魂があるし双子だから力も分けあって二分してるし、そもそもエンジが力の大部分引っ張っていったからね」

「そうなのですか。よかった」


 それを聞いて心底安心した。庵はもちろん飛燕も我にとってかわいい存在だから、あの二人に何かあれば我は何でもするだろう。


「ただし、あの夫婦には子供ができても、もう双子以上しか生まれないわ」

「力のせいですかのう?」

「そうだよ。もう無いとは思うけど万が一ってことがあるから、あたしらが気付かれないようにそういう呪いをかけたんだ」

「あの二人の為にかたじけのうございます」


 普通呪いをかけられたと聞けば不快しかないが、あの話しを聞いた後ではとてもありがたく思える。と言うか我が同じ立場なら絶対に同じことをする、本人達と周りの者の為に。


「感謝は必要ないわ。どういう理由でも呪いをかけていることに変わりないのだからね」

「それでもです」

「そう。なら受け取っておくわ」


 そう悪ぶる愛梨亜様にそれでも我は感謝を告げた。この方々は我らに必要なことをなさって下さったのだから当然だ。

 

「片付けも終わったし、そろそろ引き上げようか。エンジ達も待ってるだろうし」

「そうね。風猫は私達と一緒か一番上の階に客間があるけれど、どっちで寝るのがいいかしら?」


 話しをしている間もしておられたお二人の作業も終わり、愛梨亜様にどちらで寝るか聞かれた。一緒になど恐れ多くて緊張して眠れる気がせん。


「客間でお願いします。皆様とご一緒は恐れ多い」

「気にしなくていいのに。けどまあ、そういうことなら八階が客間だから好きに使ってよ」

「ありがとうございます」


 有夏様は少し不満そうにそう言うが、あんな話を聞いた我には無理! 今日は一人で落ち着きたい。


 そうして階段を上がる途中でお二人と別れ、更に上がって踏み入った客間の豪華絢爛さに我は驚き、そのきらびやかな内装に落ち着くことができなくて結局よく眠ることはできんかった。


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