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四人の日常  作者: 曽良紫堂
エンジの生活
17/62

「本気?」


 五塔杢の二人がまた仕事で会おうと言って去り、店にはまた静寂が訪れた。

 老人と青年が店を出てから彼女らの死角になる場所でじっと息を潜めていたエンジが、のそのそと自分の定位置であるソファーへと向かう。


「それにしても、さっきは少し困りましたね」

「まさか昇格断ってんのが、昇格するとエンジと階級離れすぎて一緒に組めなくなるからとか言えないしね」

「あの二人に知られたら、確実にエンジが依頼に連れ回されるわね」

「無理」


 杏里沙が先程の話を振り返り、苦笑いをしながら食器を洗う。

 有夏と愛梨亜はそれぞれカウンターとテーブルを拭きながら二人に隠していた理由を話し合う。

 エンジは働く三人を眺めながら、右腕に乗せた熊の縫いぐるみの腕を左手で振りながら応援する。


「柊はともかく梓はエンジを気遣わないだろうからね。平気で無茶させそうだから任せられないよ」

「何故か梓に信頼されてますしね」

「梓に何かしたのかしら、エンジ?」


 清掃を終えた有夏が布巾を片手に困ったように言い、杏里沙は疑問を呈した。

 同じく清掃を終えた愛梨亜はエンジに問いかける。


「前に……」

「前に?」

「見栄を張って」

「まさか……!」

「有夏の手柄をわたしがしたって嘘ついた」

「ダメじゃん。自業自得じゃん」



 問われたエンジは目を反らし、躊躇ったように一言づつ心当たりを告げる。

 発言が進むにつれ、段々内容が解ってきた三人はそれぞれ頭を抱え呆れを滲ませた。


「出来心だった」


 三人の視線に刺されたエンジは反省したようにそう呟くと熊の縫いぐるみを撫でる。 


「今度、梓に謝って誤解を解きましょうね」

「ごめんなさい」


 杏里沙に諭され、反省したエンジは謝った。


 それからしばらく客が誰も来ない時間が続き、四人はエンジのソファーの周りに集まりお茶を飲んでいると、開店を聞き付けた客が疎らに訪れ始めた。

 それぞれが常連の客であり、有夏と愛梨亜は接客に、杏里沙は調理と切れ目なくそこそこ忙しく働く。

 いつの間にかエンジのソファーではお悩み相談が開始されており、居合わせた客が面白半分でくだらない悩みを話し、それにエンジが全く解決に繋がらないアドバイスをしていた。


 最後の客が去り、気付けばもう日も暮れる時間であった。閉店時間を気分で決めている四日堂は、エンジが飽きればその時点で基本的には営業終了である。


「お客さん皆帰ったね」

「もう夕方ですし、どうしましょうか?」

「どうする、エンジ?」

「もうちょっと」

「そう。じゃあ、お夕飯の時間までね」

「それでいい」


 三人がエンジの元に集まり彼女にどうするかを尋ねると、彼女は営業継続を主張した。

 返答を聞いた愛梨亜が時間制限を付けつつも三人はそれを受け入れ営業を続ける。

 各々が再び持ち場につき暫く経つと、扉のベルが鳴った。


「あ、あの~まだやってますか?」

「いらっしゃい。まだ営業してるよ」

「あぁ~よかった。間に合ったよぅ」

「好きな席にどうぞ」


 扉から恐る恐る顔を覗かせ、おどおどしながら聞いてきたスーツ姿の若い女性が心底安堵した様子で店内に入ってきた。

 有夏が案内すると彼女はエンジの近くの席に座り、そのままメニューを開いてコーヒーを注文した。


「久しぶり」

「エンジさん、お久しぶりです。お元気ですか?」

「元気。茶蛇巳(さだみ)は?」

「元気ですよ! 最近は無茶も言われませんし」

「よかった」


 エンジが彼女に声をかけると、彼女は席を離れ嬉しそうにエンジの隣に座り、手を取って話し始める。


 

「ホントに二人は仲良いね。はい、コーヒー席に置いとくよ」

「エンジさんは私の恩人ですからね!」

「照れる」


 有夏が注文のコーヒーを持って二人の元に行き、二人の仲の良さに感心する。

 それを聞いた茶蛇巳(さだみ)は自慢げにエンジを持て囃し、エンジは照れて頬を赤く染めた。


「あの時は本当にもう駄目だと思ったんです。でも、エンジさんと皆様のお陰でこんなに復興することが出来て感謝し足りませんよ」

茶蛇巳(さだみ)さん、来るたびにその話しをしますね」

「ああ、もういいのよ。毎回感謝しなくても十分伝わってるわ」

「いいえ、まだ私の感謝の気持ちの十分の一も伝えてませんよ!」

「この十倍あるんだね……」

「義理堅い」


 茶蛇巳は四人を見て身振り手振りで臨場感たっぷりに感謝を()べるが、もう何度もこの話しを聞いた愛梨亜達は若干顔がひきつっている。

 愛梨亜が止めようとすると茶蛇巳は余計に力んで立ち上がり発言する。

 その発言内容に有夏が驚き、エンジはウンウンと茶蛇巳に手を取られ、万歳の状態のまま頷く。


「じゃあ、その気持ちは今度聞くとして、とりあえず座りなさい」

「うう、まだ伝え足りないのに……」


 茶蛇巳は愛梨亜に言われ大人しくソファーに座った。


「最近は問題ないのですか?」

「土地の流れに問題はないですね。むしろ前より良いくらいです」

「壊滅した所もビルとか建ってるし、綺麗になったね」

「変な業者に介入されなくて良かったですよ。組合に相談して正解でした」


 杏里沙が最近の様子について聞くと茶蛇巳は嬉しそうに答え、有夏の言葉にはしみじみと返した。


「詳しく聞いてなかったけど、他の土地神から何か言われなかったのかしら?」

「皆様がおられるので特には」

「そうなんだ。ならあたし達も役に立ったね」

「ああ、でも羨ましがられて些細な妬みは言われました。こっちは地脈から何からもう何もかもがズタズタで、それどころじゃ無かったですけど」


 愛梨亜が自分達が関わらない当時の事を改めて聞くとキョトンとして首を振る。

 有夏の言葉に当時の苦労を思い出したのか疲れたように答える。


「茶蛇巳、頑張った」

「エンジさん、ありがとうございます!」


 隣に座るエンジに褒められた茶蛇巳は、笑顔で抱き付きお礼を言った。


「邪魔しますぞ」


 扉が開かれ、入ってきたのはボサボサの頭にダボダボのシャツを着て雪駄を履いた猫耳の少女だった。


「まだやっとりますか?」

「ええ、営業してます。お久しぶりですね」

「慈円寺の山から降りて来るなんて珍しいわね」

「ちょいと燕の奴をからかったら、しつこく小言を言われましての。逃げて来たのです」

「からかったって、燕さんに何したのさ?」


 店に入ってきた少女はカウンター席に腰掛け、有夏の問いに少し困ったように笑いながらエンジを見た。


「皆様の事を相談されそうになっての、我が口を挟むのもご迷惑かと思い、(いお)の事を出汁にしてうやむやにしたのです」

「庵のこと?」

「具体的に何言ったのよ?」


 エンジと愛梨亜が詳しく聞こうとすると猫耳の少女は目線を泳がせ震える声で囁く。


「……庵と(つがい)になれるのはいつかと」

「それは……思い切りましたね」

「庵さんってエンジさんの弟さんでしたよね?」


 愛梨亜と有夏が猫耳の少女の暴挙に絶句し、急いでエンジを見る。

 杏里沙は言葉に詰まりながら猫耳の少女に声をかけ、茶蛇巳は唯一事態が把握できていないのか呑気に質問なんかしている。

 

「…………風猫(ふびょう)?」

「はい!」

「本気?」

「え? ええと、ですな……」


 茶蛇巳の腕の中から低い声が響く。その声にびくりと驚いた茶蛇巳は(おのれ)の腕の中にいるエンジを恐る恐る見る。

 そこにはさっきまでの笑顔が抜け落ち、左目の瞳孔が開ききった無表情のエンジがいた。

 風猫と呼んだ猫耳の少女を、光のない目でじっと見つめながら低い声で問い詰める普段とは全く違うその姿に茶蛇巳は震える。

 問われた風猫はしどろもどろになりながら愛梨亜達三人に目線で助けを求めた。


「エ、エンジ、落ち着きなよ」

「そうよ。エンジ、いったん深呼吸しましょう。ね!」

「有夏、愛梨亜」

「な、なに?」

「少し黙って」

「はい……」


 果敢に有夏と愛梨亜がエンジを宥めにかかるが、普段からは考えられないような冷たい声で切って捨てられる。

 二人はその気迫に逆らえず黙ってしまった。

 一瞬で頼もしい援軍を失った風猫は狼狽え、最後の援軍の杏里沙を見るが、杏里沙はゆっくりと首を横に振った。それを見た風猫は絶望的な表情をした。


「風猫?」

「ええ、ええと、勿論(もちろん)じょう――」

「正直に言って欲しい」

「できればそうなればいいなと思うております!」

「マジですか先輩!?」


 穏便に済ます為に誤魔化そうとした風猫にエンジが食い気味にプレッシャーをかけると、その圧に負けた風猫が本音を叫んだ。

 先輩の思わぬ本音に茶蛇巳が驚きの声をあげた。


「そう。ならいい」

「へ? ならいいとは?」

「本気なら応援する」

「よいのですか?」

「うん。あとは、庵次第」


 叫びを聞いたエンジの気配がふっと緩み、いつも通りになった。

 茶蛇巳はその代わりようにも驚き、愛梨亜と有夏は風猫の本音に驚き、三者とも呆然としている。

 比較的冷静だった杏里沙が風猫を方を窺えば、彼女は頬を真っ赤に染め恥ずかしがっていた。


「驚きました、本気なんですか?」

「は、恥ずかしながら……」

「あの何百年も浮いた話が無いから、巷で枯れ猫とかミイラとか呼ばれてる先輩にやっと春が……!」

「我そんな風に呼ばれておるのか!? あと、先輩ではない!」


 風猫が恥ずかしそうにしていると茶蛇巳が感極まったように余計なことを言った。

 基本的にほぼ山を降りず、最低限の会合以外では何百年も山に引きこもっている風猫は、巷でそのように呼ばれていたとは露知らず驚きを隠せない。


「風猫、先輩じゃない?」

「我は妖怪でして、そこの妖怪から土地神になった茶蛇巳とは格が違うのです」

「何言ってるんですか。山一つ支配してそんなに力持ってたら格とか関係ないですよ」


 風猫が茶蛇巳と(おのれ)の違いをエンジに説くと、その茶蛇巳が待ったをかけた。


「風猫は強い?」

「それはもう! 数千年前にどっかの神にしつこく言い寄られてキレた挙げ句、その神ごと地平線まで更地にしちゃったらしいですから。私達からすれば、ある種の憧れですよ」

「止めんか。あれは若気の至りだったんじゃい」


 茶蛇巳に自身の過去をバラされ心底嫌な顔をする風猫。

 

「言い寄った神はどうなったの? その程度じゃ滅ばないでしょ?」

「逃げた挙げ句、方々で我の悪評を吹聴しておったので潰しました」

「うわ、先輩ヤバい奴に絡まれたんですねぇ」

「遠い昔の話じゃ。もう名も覚えておらんよ」


 その話しを聞いた全員が風猫に同情し、風猫は遠い目をしていた。


「あら、そろそろお夕飯の時間ね」

「そうだね。どうする?」

「もうお店閉めましょう。お二人もお夕飯一緒にどうですか?」

「いいんですか?」


 愛梨亜がふと時計を見ると先程決めた夕飯の時間だった。

 有夏が残っている客の二人をチラリと見て小声でどうするか杏里沙に問うと、杏里沙は店を閉めると言い、ついでとばかりに二人を夕食に招く。

 雰囲気を察して帰り支度をしようとしていた茶蛇巳は驚きつつも尋ねる。


「ええ、特に手間という訳ではないですし」

「何より、今閉めたら追い出すみたいになってしまうわ」

「それならご馳走になります!」

「風猫はどうせ泊まるんでしょ?」

「できるなら、その様にお願い致します」

「にぎやか」


 茶蛇巳は杏里沙と愛梨亜の言葉に嬉しそうに元気良く返事をする。

 有夏が風猫にも聞くと、神妙な面持ちでお願いしてきた。

 その様子を見てエンジは嬉しそうに笑った。



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