魂の狭間 夢の城
どこかの城の中庭、その城は所々苔むして崩れており、庭の大木が壁を突き破っていたり、城壁の外が見えていたりとほぼ遺跡と言っても過言ではない状態だった。
その庭に置かれた白い円卓と椅子に座ってエンジは寝ていた。
目を閉じて寝ているエンジを白衣を着た小柄な少女が揺さぶっている。
「起きるのです! ワタシ! おーきーろー!」
「ちょっと、そんなに揺すったらかわいそうだよ、僕」
白衣の少女の暴挙に少年が驚き止めに入るが、止められた彼女が振り返り反論する。
「このワタシが寝坊助なのが悪いのです! おーきーろー!」
「うわ、また始めた。もう、そこの僕も止めるの手伝ってよ」
「…………わかった」
少年が自身だけでは止められないと側にいたもう一人の人物に助けを求めると、その人物は未だエンジをガクガクと揺さぶっている少女に近づいて頭を殴った。
「ちょっ」
「痛いです! 何をするんですかわたし!」
いきなり殴った人物に驚く少年と殴られた少女が喚いていることの一切を無視して、その人物は中庭の端まで行き、そこの地面に膝を抱えて座り込んだ。
そして、その時エンジが目を開いてあくびをしながら言った。
「おはよう」
「おはよう、ボク」
「おはようじゃねえですよ、ワタシ! 起きるの遅すぎです!」
挨拶をしたエンジに、にこやかに返す少年。
少年はエンジと同じくらいの背丈で子供用に誂えたスーツを着ており、黒髪で黒地の布に何かの紋様を書いた目隠しをしている。やせ形の体型で年齢は十歳くらいに見えるが纏う雰囲気は落ち着いており大人とも遜色がない。
彼はエンジが起きて少女の暴挙が収まったのを見て、半透明で宙に浮いている卵形の椅子に座った。
少女はエンジよりもほんの少し背が低く、何処かの企業のロゴが入ったツナギに白衣を羽織っており、赤い髪と目をしている。同じくやせ形で年齢は少年と同じくらいなのだろうが、腕を組んでふんぞり返って怒っている様子を大人びた少年と比べてしまい、更に幼く感じてしまう。
「ごめんね?」
「全くもう、ここに居られる時間も長くないんです。私みたいにしっかりして下さいです、ワタシ」
エンジが謝ると溜飲が下がったのか、少女は白い円卓にある自身の大きな工具箱に座った。
「そこの僕もこっちに来たら?」
「…………ここでいい」
少年がその間、一言も発さずに隅で座っていた、ローブのフードをかぶって手錠と足枷をつけた人物へ声を掛けるが断られる。
「良いわけねえでしょうが! こっち来なさいです!」
「手荒なことは駄目だよ、僕」
わかっていますです、と言って少女がその人物に近寄って、手を握って立たせる。
少女と同じくらいの背丈のその人物と何やら一言二言交わして、折り合いがついたのか白い円卓まで引っ張ってきた。
あちこちにドス黒い染みの付いた木製の椅子に座ったその人物のフードを白衣の少女が取り払うと、頭頂部に黄色い毛の猫のような耳の付いた幼い少女の顔が現れた。しかし、その顔は傷だらけで、光のない暗い青い目は片方が潰れている。ローブの下はボロボロの灰色のワンピースで、痩せ細って傷だらけの手と裸足には鉄の手錠と足枷とがついていた。
白衣の少女は労るように猫耳少女の背中を撫で、自身の工具箱の中から工具を取りだし足枷をいじり始めた。
「外れる?」
「……こんなんやってみなきゃわからんです。こっちはいいから話始めててくれです」
「そうだね、じゃあ改めて久しぶりだね、ボク」
「久しぶり」
エンジが白衣の少女に尋ねると彼女はニヤリとしながら作業を続け、話を進めるよう促す。
彼女に促された少年が話を始めた。
「珍しく昨日今日と連続で来てもらったわけだけど、急な報告があってね」
「なに?」
「ずっと前からやってた作業があるでしょ? あれがうまく行きそうなんだ」
「呪いのやつ?」
「そうそう、昨日ここに来た老人の僕が、色んな僕の知識をなんか上手く纏めてやったらしいんだ。僕には詳しく理解できないんだけどね」
「なんかセキュリティホールみたいなの見つけたらしいです」
少年の話を聞きエンジが驚き、手元に視線を向けたままカチャカチャと作業をしている白衣の少女があやふやな補足をした。
「愛梨亜達でも駄目なのに」
「愛梨亜達は私たちみたいに、直接見ていじれる訳じゃないです。だから無理だったんです。それにワタシのお陰で、知識を集約できるようになって意見交換もできるようになったです」
「そういうことらしいよ」
「それはなにより」
エンジの疑問に白衣の少女が解説する。
少年はわかったような、わからないような反応で説明に乗っかり、エンジも頷いて返す。
「私もああいった方面の話は専門じゃないから、そんな感じらしいとしかわからないです。やった、外れた! 次は手錠です!」
「すごい」
「やってみると、できるものなんだねえ」
白衣の少女が二人の反応に言い訳じみた事を言っていると、音を立てて足枷が外れた。これに勢いづいた少女は、次は手枷に取りかかる。
エンジも少年もそれに感心しているが、当の本人である猫耳少女は虚ろな目をして遠くを見ているだけだった。
「それで他の僕たちはそれに駆り出されててね、比較的暇な僕たちが報告に来たんだよ」
「そう」
「暇ってことは大まかにしか理解できてないし、戦力外ってことだから、僕らはこの程度の説明しかできないんだ。ごめんね?」
「いい。何か変わる?」
「そのうち、あの力が少し制御できるらしいみたいなことは聞いたね」
「本当に?」
「ほんとです。上手くいけば封印しなくても良くなって、私達と愛梨亜達の負担も減りますです」
「期待してる」
「僕も結構期待しt――」
「やったー! 外れたです!」
「おおー」
少年が喋っている途中で白衣の少女が叫んだ。その手には先程までいじっていた手錠が掲げられており、彼女は渾身のドヤ顔をしていた。
エンジが左手で太ももをペチペチと叩いて称賛の拍手を贈ると、白衣の少女は照れたように後ろ頭を掻いた。
その微笑ましい光景を見ていた少年が猫耳少女の方を窺えば、彼女は自身の両手を呆然と眺め身動ぎ一つしていなかった。
「大丈夫かい?」
少年が声をかけると、白衣の少女とエンジも猫耳少女の異変に気付き様子を窺う。
すると彼女の目から涙が溢れ、そのうち大声で泣き始めた。
「うう、うわぁぁぁん」
「ちょっ、どうしたです! 私何か不味いことしたですか?」
「多分、嬉しいんじゃないのかい?」
「ぐぇっ! いたっ、痛いです! 締まってる締まってるから! 放してです!」
大泣きしている猫耳少女に白衣の少女が狼狽えていると、猫耳少女は顔をグシャグシャにして泣きながら白衣の少女に勢い良く抱きつく。抱きつかれた白衣の少女からギリギリと、とても痛そうな音がしている。
「痛そうだね」
「あれは痛い」
「見てないで! 何とかしてくれです!」
「仕方ないか。ほら落ち着きなよ」
突然の事に驚いていた少年と、今朝同じように有夏に潰されかけた事を思い出し顔を青ざめていたエンジに、白衣の少女が助けを求める。
二人はその求めに応じ、白衣の少女から猫耳少女を離し、宥めることに成功した。
「落ち着いたかい」
「……うん。……ごめんなさい」
「気にしなくていいんだよ」
「よくねぇですよ……」
「なんだい? 白衣の僕は許さないのかい?」
「ちげぇよです! それは私の台詞だろってことです! 何で男の私が許してんだです!」
「かわいそう」
「なにに対してですか! ワタシ!」
締め上げられた痛みでヨロヨロとしている白衣の少女が少年に弄られ、エンジもそれに便乗する。
大泣きしてどこかスッキリとした顔の猫耳少女は白衣の少女の近くに椅子を寄せ、彼女の白衣の端を掴んでいた。
「それにしてもボクの能力は成長しているみたいだね。いや、進化と言うべきなのかな?」
「なんで?」
そう言って話題を変えた少年にエンジが不思議そうに問う。声には出ていないが他の二人も不思議そうに少年を見た。
「今までなら昨日来た僕ら以外は、お互いに言葉を交わす事くらいしか干渉出来なかったでしょ? 相手に触れたり、ましてや手錠を外すなんてしたくても出来なかった」
「確かに」
「それに痛みなんて、ボク以外の僕らは感じなかったでしょ?」
「言われてみればそうです」
少年の意見に納得する三人。それを見て少年は続ける。
「この事を皆に教えれば、色々と出来るようになるかもね。もしかしたら僕らが表に出なくても、僕らの技能やら能力をボクが使うことも出来るかも」
「それは使いこなせないのでは? です」
「たぶんそう」
「そこはボクに頑張ってもらうしかないよね」
「……頑張ってね」
少年は今後の展望を語るが、白衣の少女は冷静に意見する。エンジも難しい顔をしてその意見に同意した。
少年が苦笑いをしながらエンジに期待を示せば、猫耳少女も白衣の少女の腕に抱き付きながら控え目に応援する。
「何にせよ確定はしてないから、今回ここで話したことは愛梨亜達にはまだ言わないでおいてくれないかい?」
「三人をぬか喜びさせたくはないのです」
「わかった。黙ってる」
「よかったよ。じゃあ、今回はここまでかな。お疲れさま、ボク」
「もう時間ギリギリですね。またねです、ワタシ」
「……アタシ、……ありがとう。またね」
「…………みんな、……ま……たね」
エンジが少年と白衣の少女の提案を了承すると二人は安心したように微笑む。
ここでエンジに伝えることが無くなり、役割を終えたことで世界がゆらゆらと揺らぎ始めた。
それに伴ってエンジは眠気に襲われ目が閉じていく。
それを見た三人はそれぞれ、少年はにこやかに手を振り、猫耳少女は最初とは打ってかわって上機嫌で白衣の少女の肩に頭を乗せ、白衣の少女は辺りを見回し、顔に当たる猫耳に擽ったくなりながら、別れの挨拶をする。
エンジは閉じていく目で辛うじてそれを捉え挨拶をした。
そして、そこでエンジの意識は落ちたのだった。




