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四人の日常  作者: 曽良紫堂
エンジの生活
13/62

慈円寺燕


「行ったわね……」


 燕尼達が乗った電車が発車し、窓越しに私に向けて手を振っていた燕尼が見えなくなった。私は愛娘達と離れる寂しさに心を痛めながらホームを後にする。

 改札を抜け駅を出ると、さっきまで喫茶店のマスターをやっていた、私の使役するなかで一番古い式神の金丹(きんたん)が待っていた。


「お待ちしていました、御当主様」

「ありがとう、金丹。それと、貴方その格好似合ってるわ」

「そうですか? なれば良かった。飛燕様に見繕って頂いた甲斐があると言うもの」

「飛燕もいいセンスしているわ」

「あとでお礼をしませんとな。こちらにどうぞ」


 以前の姿からは考えられない、なかなかスタイリッシュな格好をした金丹を誉めると、彼は嬉しそうにしながら車の方へと向かい後部座席のドアを開けた。私が乗り込み席に座るとドアが閉められ、運転席に乗り込んだ金丹が車を出す。

 最近外見を変えたおかげで足が届くようになって運転をし始めたにしては、運転はスムーズで、その適応力はとても千年ほど前から式神をやっているとは思えない。

 私は密かにこれからも送迎は彼に頼もうと決めた。

 ルームミラー越しに私を見た金丹が話し始める。


「燕尼様のお姿は変わりませんね」

「瘴気汚染の浄化の影響でしょうね。でも、ほんの誤差程度だけど背が伸びていたわ。まだまだ小さいけど、とっても可愛いわね」

「ご本人が内心どう思われているのかわかりません。あの方は早々誰にも本心を明かすことがないですから」

「あの子は素直でいい子よ?」


 金丹の言い草に少しムッとして返す。あんなに素直にかあさまと甘えてきて可愛いのに、本音を隠しているとは思えない。


「それはそうでしょう。ですが、どんなにいい子にも秘密はある」

「今日の話のように?」

「ええ。驚きましたな」


 痛いところ突かれた。確かに、今日愛梨亜達から聞いた話は予想外もいいところだ。

 このことを御本尊さまはご存知だったのだろうか。長老衆の外道共ももしかしたら……。


「愛梨亜が帰るように仕向けたのも、私達がその事を話し合えるようにするためなんでしょうね」

「そして来週、その結論をうかがいに来られると……」

「……どんなことがあろうと、慈円寺燕尼(じえんじ えんじ)は私の愛娘よ。これだけは絶対に変わらない」

「……そうですな」


 話していると車は慈円寺家の大きな門前に停まった。使用人に扮した式神が出迎え、車のドアを開ける。そのまま金丹は車を車庫に入れてくるのそうなので、私は式神を連れて門の敷居を跨いだ。

 家は山の麓にあり、そこから少し離れた場所にある整備された参道を登って行くと山頂付近に慈円寺というお寺がある。

 私か嫁入りした慈円寺家は、代々その寺の住職をしている家系で歴史はまあまあ長い方。その関係でお寺のある山は家の持ち物で、麓の家も古いお屋敷で母屋と大きな離れが二つ、小さな離れと倉がある。

 お父さんは私が嫁いで来るまで親も親戚も誰もいない天涯孤独だったので、慈円寺家のこの広い屋敷を管理できずに荒れ放題だった。なので、私の実家の蓮堂(はすどう)家から式神と人員を引っこ抜いてきたのだ。

 お陰で他の家からは蓮堂による慈円寺家の乗っ取りを疑われたりして面倒だったが、家の荒れようを見せてやったら納得され逆に応援までされた。

 そうして綺麗に整備された庭を過ぎて玄関に入ると、何人もの式神と使用人に出迎えられた。


「奥様お帰りなさいませ。旦那様、飛燕(ひえん)様、(いお)様はもうお帰りになって居間にてお待ちです」

「ただいま。燕尼達は今日の所は向こうに帰ったわ。だから準備してもらった所悪いけど、片付けておいて」

「左様でしたか。では、その様に」


 荷物を預けた出迎えの者達と別れ、式神を連れて居間まで廊下を歩いていく。この板張りの廊下も丁寧に磨かれていて嫁いできた頃とは見違えるほど綺麗になっている。

 居間に着くと最愛の夫と子供達が揃ってテレビを見ながら寛いでいた。

 二人の子供達が帰って来た私に気付くと興奮したように話しかけてくる。


「お母さんおかりなさい! エンジお姉ちゃん達はどこ?」

「母さんお帰り。荷物を置いてきてるのかな?」


 双子の姉の飛燕は元気良く私に抱きついて、弟の庵はそんな姉とは違って落ち着いた様子でこちらに向かってくる。


「ただいま二人とも。お姉ちゃん達は用事があるから向こうに帰ったわ」

「えぇ~! 何で何で! ヤダよぅ~! 久しぶりに会えると思ったのに~!」

「どんな用事なのさ家に帰ってくるよりも重要なことなんてないでしょもしかして向こうで彼氏でもできたのかなだから帰ってこないのかなならソイツをヤらないと…………」


 私が二人を抱き締めながらそう言うと、飛燕は大声で駄々をこね始め、庵は息継ぎもなく早口でぶつぶつと物騒なことを言っている。


「二人ともそれくらいにしておきなさい。きっとお姉ちゃん達にも事情があるのだよ。おかりなさいお母さん」

「えぇ~!」

「ただいまお父さん。そっちはどうだったの?」

「特に問題なく終わったよ。拍子抜けした程さ」


 見かねた二人の父親の幸庵さんが二人を嗜め、私に挨拶をする。二人は声を揃えて抗議するが、お父さんはそれを柳のように受け流しながら話を続けた。

 この人はいつもこんな感じで飄々としている。それこそ天涯孤独になって家が荒れ放題になっても、全くもって何一つ気にしていなかったくらいだ。

 そして子供達二人も抗議に疲れたのか大人しくなった。



「ほらもう、そんなに拗ねなくてもお姉ちゃん達は来週帰ってくるわよ。だからそんな膨れっ面してないで機嫌なおして頂戴」

「もう! お母さんほっぺたつつかないでよ!」

「ホントに? 急に予定入ったりしない?」

「本当よ。お母さんが嘘言った事ないでしょう?」

「でも、今日は帰っちゃったじゃないか」


 家族で食卓を囲み夕食をとった後、飛燕と庵は頬を膨らませて分かりやすく拗ねている。隣にいた飛燕の頬をつつくと、音を出して息を漏らしながら私に抗議してくる。

 かわいい飛燕の頭を撫でて宥めながら、追求してくる庵に対応するけど中々納得しない。


「今日はお母さんがいきなりお姉ちゃん達を呼んだんだから、向こうに用事があっても仕方ないじゃない」

「それはそうだけど、用事ってなんなのさ。聞いてるんでしょ?」

「お店開くんだって」

「お店って、あの姉ちゃん達がやってる名前をコロコロ変える喫茶店のこと?」

「そうよ。今は四日堂だったかしら」


 あの子達に聞いたわけではないけど、庵を納得させるため咄嗟に適当な事を言う。

 まあ、本当に開くかもしれないから、今はまだ嘘ではないと思うけれど。

 燕尼達は趣味であのビルの一階に喫茶店を開いている。ただ開店日はかなり不定期で、しかも店名を月の開店日数に合わせて変える。最初は二十日堂だったけど、段々と減って今では四日堂だ。ちなみに時間も適当にやっているらしい。


「私行ってみたい! まだ行ったことないし!」

「僕も行ってみたいねぇ」

「そうね。今度行ってみましょうか。庵はどうする?」

「……俺も行く」


 飛燕が急に機嫌をなおして元気良く言うと、今までニコニコしながら黙っていたお父さんが便乗する。

 考えてみれば私は行ったことがあるけど、皆は存在は知っているのに行ったことがないのでいい機会だと思う。

 皆で行くことにしてむくれている庵に話を向けると、庵はこのままでは一人置いていかれると思ったのか膨れっ面のまま行くと言った。

 そのまま燕尼達の店の話をしていると、気付けばいい時間になっていた。

 子供達にお風呂に入って寝るように言って居間から送り出す。

 二人と入れ替わるように金丹が居間に入ってきて、お父さんと三人で今日愛梨亜達から聞いた話をしはじめた。


「……魂の対話と破壊神の権能か。燕尼が生まれた時から覚悟はしてたけど、あの子は僕らが思った以上に重いものを背負っているんだね」

「それに加え、あのお方はお優しいが故につけこまれ、苦労をその御身に抱え込まれてしまわれる」

「僕たちの力が足りない時に、燕尼を助けてくれる愛梨亜ちゃん達には感謝しないといけないね」

「私たちにもっと力があればと思うのは、無い物ねだりかしら」

「そうだね。不甲斐ないけど、愛梨亜ちゃん達がやりやすい環境を整えるのが僕らの精一杯だよ」

「あの子達には頭が上がらないわ」

「全く、ご本尊様の御告げを信じてよかったよ」


 説明が進むにつれてお父さんの顔は険しくなっていった。一通りの説明が済むと両手を組んで額に当てて項垂れる。そのまま細く息を吐くように言葉を漏らした。

 金丹も苦い顔をしながら彼が懸念する事を言った。

 私は無力感を誤魔化すため、天を仰いでため息をついたあと、ヘラリと笑って冗談めかす。

 お父さんも苦笑いをしながら前を向いた。


「でもまあ、僕たちに力が無かろうが、あの子達が何者だろうが、守るべき僕たちの娘達には違いはないさ」


 そう言って笑ったお父さんの目には、覚悟が満ちていた。

 私はそれを見て安心した。お父さんも同じ気持ちなんだと。


「陰陽会の仕事に長老衆の捕縛やら、やることは多いわ」

「その辺りの事は僕には手伝えないね」

「いいのよ、これは私の仕事だもの。お父さんはあの子達を守ってあげて」

「もちろんそのつもりさ」

「金丹も手伝ってね」

「お任せを」

「明日はご本尊様にもご相談させていただくわ」

「それがいいね」


 そのあと、お酒を飲み始めたお父さんとそれに付き合っている金丹を置いて居間を出た私は、使用人達がいる離れへと行く。

 離れの広間に入ると実家から連れてきた使用人達が片膝をついて整列していた。


「ご命令を」

「当代蓮堂当主として命じる、二人は燕尼達の警護、二人は燕尼達の高校に復学してきたという生徒の身辺を調べて報告。他の者は長老衆を追え。振り分けは任せる。必要なら本家の者も使え」

「かしこまりました」

「ただし、深追いはするな。危険を感じたならば、引け」

「承知いたしました」

「では、頼む」

「承知」


 私が命令を下すと全員が一斉に頭を下げ、姿を消した。すぐに広間から気配が消えて私一人だけがそこに佇んでいる。


「いけない、飛燕と庵に継がせないこと伝え忘れてないか、お父さんに確認するの忘れてたわ」


 気を抜きながらそう一人呟いて、家族のいる母屋へと踵を返した。




 次の日の早朝、私は山に整備された長い参道を登り、頂上付近にある慈円寺の本堂へと来ていた。

 創建時期自体は不明だけど、かなり年期の入った建物は代々の住職が丁寧に手入れをしているお蔭で、痛んだりしないで綺麗に形を保っている。

 その本堂へと足を踏み入れると表向きのご本尊である猫耳の仏の座像が安置してあった。この一見ふざけているような座像を一目見ようと、昔からこの寺の参拝者は少なくない。

 私は手を合わせて目を閉じ祈る。

 この座像自体には祈っても何の意味はないこと知っていながらも祈り、終わると目を開ける。するとその座像の後ろから、大口を開けて欠伸をし、ぼさぼさの頭と草臥れた大分サイズの大きいシャツを着たお腹を掻きながら、猫耳の少女がのそのそと出てきた。

 しょぼしょぼとした目で私を見ると声をかけてくる。


「なんじゃ、燕か。早いのぅ。なんぞあったか?」

「御早う御座います、ご本尊様。今日はご相談があって参りました」

「なんじゃい、燕。その言葉遣いは。堅苦しいの」


 これがこの寺の本当のご本尊様であるのだが、威厳というものがまるでない。背も燕尼と同じくらいだし。私の言葉遣いを聞いて、心底嫌そうな顔するし。


「ご本尊様にご相談させていだだく以上、礼儀をもって――」

「よいよい。いくらぬしが慈円寺の嫁に来たとは言え、ぬしが我におもねることもなかろう。なんせ、ぬしは我の正体を知っておるしの、滅ぼされんだけ有り難いもんじゃ」


 思いのほか、心外なことを言われた。

 仕事の関係上すぐに正体は知れたけど、別に悪さをしている訳でもない者を滅したりはしないわよ。


「そう? ならここではそうさせてもらうわ」

「それでよい。して何用じゃ?」

「燕尼のことよ。昨日会ってね、色々新しいことを聞いたからその相談」

「あのお子か。先に言っておくが、我は全く力にはなれん」


 燕尼の名前を聞いた瞬間にまた嫌そうな顔をする。


「何でよ?」

「我の管轄外じゃて。後の事はぬしで好きに何とかしろ」

「管轄外って、愛梨亜達のときはお父さんに御告げまでしたじゃない」

「あれは別じゃ。我では完全に力不足じゃて。本来、あの方達に我程度の者が関わっても、ろくなことにならんわい」

「あの方達?」

「それに最近は飛燕と庵が、ご本尊様とじゃれてきてかわゆくての。それどころじゃないのぅ。のう、いつ庵は我の番になるんじゃ?」

「おい、何言ってんだオマエ」


 コイツ、私が嫁に来たんだからって、気を遣ってれば調子に乗りやがって! 滅ぼしたろうか。

 

「おい、その目を止めんか! 兎に角、我は役には立てんからの! 幸庵にそう言っておけ!」

「おい待て、逃げんな! 話は終わってないぞ!」


 いけない、殺気が漏れていたらしい。

 直ぐに腰が引けた猫耳は、そのまま後ろを向いて逃げる体勢に移行した。


「おお(こわ)。ついでに、あの最近男前になりおった式神にもじゃ! さすれば、奴なら察すじゃろ! ではな! 気を付けて帰るんじゃぞ、お義母さん!」

「ふざけんな! お義母さんじゃねえ! 待てコラ!」


 そう言って慌てて本堂の奥へと走って逃げていく情けない後ろ姿を見送った私は、そのまま立ち上がり本堂を出た。

 あそこまで拒否されれば、嫌でも察するものがある。

 燕尼達には人間にはわからない秘密があるのだろう。しかも、長い年月信仰されるほどの力を持つものでも力不足となるような何かが。

 猫耳は冗談めかして私に滅ぼされないだけ有り難いなんて言っていたが、あれも本来尋常ではない存在だ。

 この山に引きこもっているが、本当なら神話に載るような天災の一つ。簡単に広範囲を更地にできる程度の力がある。本人が面倒事を嫌うので、そんなことは一度しかしていないらしいが。

 それはそうとして、私は庵を猫耳の婿にするつもりはない。もし奴が強行手段に出るならば、徹底的に戦う覚悟があるとだけ言っておこう。

 下山してお父さんに事の次第を伝えると、頭を抱えたあとご機嫌を取りに行ってくるよと言って参道を登って行った。

 私も後でヤツが油断したところで行って、追い回してやろうと思うのだった。


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