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四人の日常  作者: 曽良紫堂
エンジの生活
12/62

「わたしも。かあさま」


「杏里沙」

「なんですかエンジ?」

「トイレ行きたい」

「ああ、わかりました。行きましょうか」 

「有夏、ミカちゃん」

「はいはい、あたしが持っとくよ」

「おねがい」


 エンジが燕の膝から降りて有夏にクマのぬいぐるみを手渡すと、杏里沙と共にトイレへと歩いて行く。

 燕は有夏の手の中にあるミカちゃんと呼ばれた、目を閉じた赤いクマのぬいぐるみを見て複雑な顔をした。


「浄化は順調そうね」

「ええ、何もなければもうすぐ終わるわ」


 色々な感情を含んだ燕の言葉に、愛梨亜は同じく複雑な顔で頷いて返す。

 少し重くなった空気を嫌い、有夏が努めて明るく言う。


「エンジの中の皆も頑張ってるみたいだしね!」

「……どういうこと?」


 有夏の言葉の意味を捉えきれない燕が訝しげに聞く。愛梨亜と二人で今朝の出来事を説明していくと、燕は驚きをあらわにする。


「あなた達から前世うんぬんは聞いていたけど、それは初耳」

「あたし達も今日初めて聞いたからね」


 有夏はクマを撫でて、笑いながら言った。


「つまり、燕尼の魂には前世の燕尼達がいて、浄化や、呪いの封印の手伝いをしてるのね?」

「正確には記憶らしいのだけれど、おおむね合っているわ」


 燕は自身の理解が合っているのか確認するように愛梨亜に問う。愛梨亜は頷き、いたわるような視線を燕に向けた。


「ミカちゃんの件の時から薄々は疑っていたけど、魂の対話の場を作るのがあの子の力なのね。あの子の人格に影響はないの?」

「あたし達の加護があるから、術やら呪いとかは問題はないよ。だから今のエンジの性格はおそらく素だね」

「そうね。まあ、他者の魂と対話をした結果、考え方が変わるのは防ぐことはできないでしょうけれど」

「女神の加護もそこまで万能じゃないってね」

「女神だなんて、有夏もそんな冗談を言うのね」


 愛梨亜と有夏は半ば自嘲気味に顔を燕から反らしながらそう言う。

 対して燕は二人のその言葉に矛盾を感じて問いかける。


「でも、加護も万能じゃないって、呪いは完璧には防げないからあの子は呪われているの?」

「違うわ。エンジの呪いは正確に言えば呪いではないのよ」

「あれは権能なんだよ。しかも破壊神のやつ」

「破壊神の権能……?」

「そう。あたし達が何もしないで放っておけば、それのせいでエンジは破壊神になる。なっちゃうんだよ」

「そうなってしまえば、エンジの魂は壊れてしまうわ。二度と治せないほどにね」

「そんな……」


 燕は二人が当然の事のように告げた予想外の事実に動揺を隠せなかった。


「なんで……」

「スッゴい前の世界で色々あってね、その時にうっかり押し付けられたんだ」

「恐らく相手は祝福のつもりだったんでしょうね。自分を追い詰めたエンジへの」

「もしくはスカウトかな」

「祝福? あれが?」

「アレはそういうタイプの神だったよ。実際、貰った力だけ見れば破格の力だしね」

「問題は、ただの魂には過ぎた代物だったということね」


 二人はため息を吐きながら、自分のカップを傾ける。燕も自分を落ち着かせるため、同様にコーヒーを口にした。

 三人がそうしているとエンジと杏里沙がトイレから戻ってきた。


「ただいま」

「お帰りーエンジ。はい、ミカちゃん」

「ありがと」


 有夏がエンジにクマのぬいぐるみを返し、エンジは自身の右腕のいつもの場所に置いて納得したようにふんふんと頷いてから母親の膝の上に収まった。


「何の話をしていたんですか?」

「慈円寺の家から連絡があって、今日は長引きそうだから泊まれそうにないって言う話しよ」

「ええ。そうね」

「残念」


 席についた杏里沙が何気なく質問すると、愛梨亜はすらすらと先程の話しとは違う内容を答えて誤魔化し、燕も口数こそ少ないが動揺をおくびにも出さない。

 杏里沙は瞬時に察し三人に調子を合わせ、愛梨亜の言葉を真に受けたエンジは落胆したように項垂れる。


「いいじゃないエンジ、また機会はあるわ」

「そうそう、また来週にでも来ようよ。いいでしょ燕さん?」

「ええ、今日のようなことがないように予定を調整しておくわ」

「楽しみ」


 そのあと、しばらく慈円寺家の近況で雑談を続け、話し疲れたエンジがふと窓の外を見れば夕日が沈み始めていた。

 それに釣られて燕も外を見ると、腕時計で時間を確認する。


「あら、もうこんな時間なのね。今日はそろそろお開きにしましょうか」

「私達も電車の時間が近いわね」

「急行に乗れないとかなり時間かかるからね」

「慌てるほどではないですけど、そろそろ移動は始めた方がいいですね」


 それを合図に五人は帰り支度を始め、会計を済ます。店を出ると外にいた猫の式神が燕の肩に飛び乗った。エンジはそれを羨ましそうに見るが、猫は目もくれず主の頬にすり寄る。


「あら、こんなに甘えて来るのは珍しいわね。燕尼が羨ましそうにしてるからサービスしてあげてちょうだい」

「……行かないわね」

「何かすごい嫌そうな顔したね」


 燕が猫に促すが肩の上から動く様子はない。しかし、皆の視線を感じて気まずくなったのか、一瞬エンジの方を見るがとてつもなく苦い物を食べたような顔をしてそっぽを向いた。


「何で……」

「エンジ、猫に何かしたんですか?」

「してない」


ショックを受け呻く様に声を出したエンジに杏里沙が質問し、全く心当たりがないといったように彼女が答えるとそれを聞いていた猫がブンブンと首を横に振った。


「猫は否定しているようね」

「何かあったみたいですね」

「……もしかしてずっと見てたからじゃない?」


 有夏がそう口にした瞬間、猫は勢いよく頷いた。それを見た一同がああそれかと納得すると、エンジがバツが悪そうな顔をして猫に謝罪する。

 その謝罪を受けた猫はふんと鼻息をはいてエンジの頭の上に飛び移った。


「もう、駄目じゃない。しょうがない子ね」

「よかったねエンジ、許して貰えたみたいじゃん」

「んん~?」

「許しているんですかね、これは?」

「どっちでもいいわよ。そろそろ行きましょ」


 胸を張り勝ち誇った猫の振る舞いに燕が呆れ、有夏がからかうとエンジは猫に触れて嬉しいけれど何処か納得が行かないといった表情をした。

 そうして五人はそのまま移動し、駅へと着く。帰りの電車のホームまで来ると猫は見送りに来た燕へと飛び移った。

 名残惜しそうなエンジの正面に燕が膝を着いて抱き締める。


「燕尼、今回は残念だったけど、また来週会いましょう」

「……うん」

「体に気を付けて、何かあったら愛梨亜達を頼りなさい」

「わかってる」

「最後に。燕尼、愛しているわ」

「わたしも。かあさま」


 電車がホームに入ってくると燕は抱擁を解いて離れる。若干涙目のエンジの手を杏里沙が握り四人は燕に挨拶をして乗り込む。

 席に着くとエンジは窓の外の燕に手を振り、それと同時に電車が発進する。

 にこやかな表情で手を振る燕の姿が見えなくなるまで、エンジは愛梨亜に支えられながら手を振り続けたのだった。


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