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四人の日常  作者: 曽良紫堂
エンジの生活
11/62

「かわいい」

 それぞれ注文した飲み物をマスターが持ってきて、会話に一呼吸の間が開いた。愛梨亜達三人はコーヒーを飲み、かなり美味しいわなどと感想を言い合っていた。

 エンジはコーヒーが飲めないのでオレンジジュースをちびちびと飲んでいたのだった。


「それにしても、学校の帰りにあの猫の式神が来たから驚いたよ」


 有夏は窓の外で呑気にあくびをしている猫を見て言う。まるで本物の猫のように見えるが、式神である猫は通行人が近くを通っても全く反応されることがない。まるで見えていないかのように無視をされている。


「かわいい」

「そうでしょ? うちの子達にも好かれるように最近新しく作ったのよ」

「前までは餓鬼みたいな式でしたものね」

「あれは評判悪くてね、本人も気にしてたからガワを作り替えたのよ。今じゃイケメンになって喜んで本宅で働いてるわ」

「それであの猫作ったの?」

「そうよ、今は慣らしで学習させてるところなの。随分猫らしくなってるでしょ?」

「かわいい」


 エンジは猫を見て、かわいいとしか言わなくなっていた。


「それで、燕おば様はどんな用事で私達を呼んだのかしら?」

「仕事が一段落して落ち着いたから、燕尼に会いたくなったのよ」

「建前はいいよ。ホントのところは?」

「本当なんだけどね……」


 愛梨亜と有夏の追求に苦笑いをし、ため息を一つ吐くと真剣な顔になって言う。


「……いくつか話しはあるけれど、あなた達に直接関係があるのは一つね」

「なんですか?」

「その前に不確定の話をしましょう。一つは四月くらいにいくつか空間に異常があったようなの」

「空間に異常ってどんなのなの?」

「わからないわ。家の式神が偶然気付いたけど、すぐに消えてしまったみたいだから、大まかな場所以外、何があったか分かっていないのよ」

「痕跡は無かったんですか?」

「特になにも無かったわ。それだけなら良いんだけれど、問題は半月前にまた同じような反応があったのよ。今度は一つだけど、やっぱり場所は大まかにしかわからない」

「二回もわからないなんて考え難い話ね」

「反応が小さく消えるのも早かったみたいね。こちらで詳しく調査はしてるから、分かったら教えるわ」


 そう言って燕は自分のコーヒーに口をつける。


「もう一つはこれも不確定だけど、どっかのバカがこの地域に魔道書を持ち込んだみたい。で、その魔道書が行方不明なんですって」

「魔道書って……マズイんじゃない?」

「本当ならかなり不味いわ。行方がわからないって時点で、かなり高位の何かが憑いてる可能性があるのよ」

「どうして魔道書の存在がわかったんですか?」

「協会が知らせてきたの。何かしくじったらしくて、連中じゃ手に負えないってね」

「またアイツらなのね」


 話を聞いた愛梨亜が怒りを滲ませて言った。


「ウチは詳細を知らされていないから、今わかるのはそれだけなの。他の家が主導で動いているからウチは様子見。だから、もし見つけたら教えてね」

「ほぼ情報がないじゃないですか」

「だから、もしよ、もし」

「えー、タダで?」

「もちろんその時は報酬を出すわよ」


 杏里沙が無理だと言わんばかりにため息を吐き、にやにやとした有夏がねだるように言うと、燕は当然といった風に報酬の話をする。二人を見て、杏里沙に背を擦られていた愛梨亜は落ち着きを取り戻した。

 有夏とのやり取りを楽しんでいた燕はさてと前置きし、すっと真剣な顔に戻って静かに話題を変えた。


「ここからがあなた達に関係ある話。……長老衆が帰ってきたようだわ」


 燕の言葉を聞いて、無言で外の猫をずっと見ていたエンジの体がびくりと震えた。燕はエンジが安心するようにお腹に手を回し抱き締め、耳元で大丈夫、大丈夫とささやく。母親の体温を感じ、エンジの震えが治まった。


「今さら何しに帰って来たのさ」

「復権を狙って色々画策してるようだけど、今度は見逃さないわ」

「当然ね。それにしても、あの時せっかく見逃してやったのだから大人しく隠居でもすればよかったのに」

「二度目はないね」

「全く、身の程を弁えてほしいですね」


 愛梨亜達三人が怒りをあらわにして剣呑な目付きになる。それを気にせず燕は言う。


「アイツらに好き勝手させるつもりは無いけど、あなた達相手に何をするかわからないから気を付けてちょうだい」




 話が一段落し、いつの間にか飲みきった飲み物のおかわりを注文して全員が一息ついた。弛緩した空気が漂い、皆が緊張を解く。

 そして燕は話題をガラリと変えた。


「そういえば皆に飛燕(ひえん)が会いたがってたわ」

「飛燕ちゃん、最近会ってませんから」

(いお)はどうなのさ?」

「あの子は寂しくないとか言ってるけど、強がってるのがバレバレね」

「庵はお年頃かしらね、可愛いじゃない」


 燕は今ここにいない男女の双子が分かりやすくごねるのと、どうでもよさそうに装っているけれど四人の話題になると必ず側で聞いている姿を思い出し笑う。

 エンジは外の猫を見たまま、まだ話題に出ない父親について訊ねる。


「とうさま、忙しい?」

「いつもは忙しくないけど、今日はご祈祷とお祓いの予約が入って忙しくしてるわ」

幸庵(こうあん)おじ様がここに居ないのは、そういう理由だったんですか」

「双子も手伝ってるの?」

「そうよ。二人には今のところ私の仕事を継がせる気はないから、お父さんの方を手伝わせてるの」

「初めて聞いたのだけれど、継がせる気がないって……本気なのかしら?」


 愛梨亜が驚いたように燕に言った。彼女は当然のような顔をして肯定する。


「あなた達には初めて言ったしね。本気よ、今のところはだけどね」

「どうしてですか? 昔聞いたときには二人はやりたがっていましたよ」

「燕尼の件があって思ったの。なにかと危険な事も多いし、あの子達は出来るだけこっちに関わらない方がいいんじゃないかってね」

「あのことを言われたら、あたし達は何も言えないね」

「そうね、それが私達が慈円寺の家から離れている理由の一つだもの」


 理由を聞き、有夏と愛梨亜は苦い顔をする。


「勿論、なにかあった時の為に自衛が出来るよう術は教えているし、そもそも私の仕事なんかより慈円寺のお寺を継いで貰わないと困るのよね」

「それもそうですね。お寺はエンジには継ぐのが難しいですし」

「ごめんね」


 エンジは猫を見ていた顔を上げ母親の顔を見て済まなそうに謝る。そんな彼女に燕はカラカラと笑いながら言う。


「気にしないでいいのよ。継げないのは燕尼のせいじゃないって、御本尊さまもおっしゃっておられたしね」

「よかった」


 エンジも安心したように笑ってまた猫を観察しだした。気のせいかエンジの視線に式神の猫は居心地が悪そうにしているように見える。


「二人はその事を知っているのかしら?」

「ええ。お父さんと二人で相談してからあの子達に伝え…………たかしら?」

「ええ……? 燕さん覚えてないの?」


 愛梨亜の質問に段々と自信なさげになりながら答える燕。それを見て有夏が困惑する。


「……言ってないかも」

「ヤバいじゃんか。二人ともやる気になってるかもよ?」

「おばさまは、たまにそういうところが抜けてますよね」

「そうですよ、燕おば様。もし幸庵おじ様も言ってないのなら、早めに言っておいた方が良いと思います」

「そうするわ」


 有夏達三人が口々に注意をすると燕はしょげたように項垂れた。

 再びエンジが母に顔を向けて一言。


「かあさま」

「なに? 燕尼」

「どんまい」

「ううっ。ありがとうね」


 にっこりと告げられた慰めの言葉に、燕は自分の母親としての威厳ががらがらと崩れる音を聞いた気がしたのだった。


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