「大丈夫になった」
朝日が昇り鳥が鳴き出す時間。
ある町の繁華街より少し離れた八階建ての雑居ビルの一室に二人の少女が寝ていた。
「……ぅうん」
片方の15才という年齢に見合わない小学校低学年程の身長の少女が寝起きではっきりとしない意識に微睡んでいると、隣から声をかけられる。
「おはようエンジ、動ける?」
そう言って顔を覗いてくるのは、この世界では幼馴染の一人である同い年の少女。
「……ダメ……動かない」
動けなくはないが、麻痺したように動きが鈍い自身の体の状態を彼女に伝える。すると彼女は安心させるように微笑み
「そう。じゃあ抱き起こすけど大丈夫?」
そう聞いてきた彼女に少しだけ動く首を振り肯定を表す。その答えにまた微笑むと、小さく掛け声をしながら優しく抱き上げられる。
「ありがと、愛梨亜」
「気にしないで良いのよ。さあ有夏と杏里沙の所まで行きましょ。二人はもう起きて学校に行く準備してるし、ミカちゃんは杏里沙が持っているわ」
エンジが感謝を伝えると愛梨亜と呼ばれた幼馴染はそう言ってエンジを抱き抱えたまま寝室を出る。寝室や各々の部屋として仕切っているフロアから出て下のフロアに行くと、そこはリビングとしている40畳程のフロアになる。
「おはよーエンジ、愛梨亜。ご飯出来てるよ」
「……おはよう…有夏」
「おはよう有夏」
リビングでテレビのニュースを見ていた、同じく幼馴染である同い年の黒髪の少女が二人に気付き声を掛けてくる。それに朝の挨拶を返す二人。
「あらら、エンジは動けない感じ?」
エンジが愛梨亜に抱き抱えられている様子をみた有夏がそう尋ねる。
「……うん」
「今日はいつもより影響が出てるみたい」
「そりゃマズイね。杏里沙呼んでさっさと封印しちゃおう」
顔をしかめた有夏が奥のテーブルに朝食を並べていた三人目の幼馴染である杏里沙を呼ぶと、彼女はテレビの近くにいた三人に気付きパタパタとスリッパの音をたてて寄ってくる。
「おはよう二人とも。エンジは呪いですか?」
「そうみたい。体が動かせないくらい影響が出てるわ」
朝の挨拶と共に深刻そうな表情で聞いてくる杏里沙に答える愛梨亜。
「三人とも……ごめんね」
「いいのいいの、早く押さえて朝御飯にしちゃおうね」
「気にしないで良いのよ」
「そうですよ。エンジは今よりもっと私たちに頼っていいんですよ」
三人に申し訳なさそうな顔で言うエンジ、それに対し笑顔でエンジの頭を撫でつつ声をかける有夏。
微笑みながら強く抱きしめそう言う愛梨亜、胸を張りながら主張する杏里沙。
エンジは三人の優しさを全身に感じながら
「……三人とも……ありがとう」
自身にかかった呪いのために上手く動かない顔で精一杯の笑顔を作り、そう言った。
二階のリビングのフロアを、エンジを抱き抱えた愛梨亜を先頭に出て四人は階段を昇る。
上の階の寝室のフロアを通りすぎ、更に上の階へ上がって行き六階のフロアに到着すると、そこには他のフロアの金属扉とは違う古く厚い木の板で作られた木製の扉があった。
その扉には模様のようにも、何かの文字にも見える金色の紋様が彫られているが、その紋様のところどころが掠れていたり抉れたりしており、茶色く艶があったであろう扉の表面もくすみ一部は焦げたような黒い色をしていた。
「そろそろこの扉も変えないとマズイね、前に変えたのいつだっけ?」
「たしか二年前ね。材料は揃っていたかしら」
「揃ってますから、今度やりましょう」
「……手伝う」
扉の状態を見てそう言い合いながら有夏がその扉を開ける。扉の中には扉に彫られていた紋様と似た紋様が壁一面に描かれ、床と天井には円形の幾何学模様が幾つも重なりあって描かれていた。
愛梨亜は部屋の中心まで進み、そっとエンジを床に横にすると三人はその回りに三角形を描くように座る。
「じゃあ始めるわよ」
「……おねがい」
「オッケー」
「すぐ済みますよ」
愛梨亜が始めると言うとエンジは目を閉じながら三人にお願いする。そんな彼女に有夏と杏里沙は軽く答えながら三人は集中を深めていく。
そして三人は自身の手をそれぞれ愛梨亜はエンジの右の目に、有夏は右の手に、杏里沙は右の足に触れて力を注ぐ。力を注ぎ始めると部屋中の紋様が輝き始め、だんだんとその輝きは強くなっていく。
「ぐっ、ううううう」
輝く床に横になっているエンジの口から苦しく唸るような声が漏れ始めると、明るく輝くような紋様の輝きがだんだんと床に描かれている幾何学模様に沿って、三人が触れているエンジの体の場所へと吸い込まれていく。そして部屋中の紋様の輝きが全て吸い込まれるとエンジの声も止まる。
「ふう。終わったわ」
「体はどうですか?」
愛梨亜が息を吐きながらそう言い、杏里沙が体の具合をエンジに尋ねる。エンジは乱れた呼吸を整えつつ自身の体の具合を慎重に確かめていく。そして確認を終えてゆっくりと目を開き
「大丈夫になった」
「上手く行ったわけだ。よかったよかった!」
「みんなありがとう」
自身の状態を告げお礼を言うと三人はホッとしたように気を抜き、有夏が安心したように喜ぶ。
「じゃあ、エンジ体を起こしますね。汗もかいてるので愛梨亜とシャワーを浴びてきて下さい。そうしたら皆で朝食を食べましょう」
「わかった。愛梨亜行こう?」
「ええ良いわよ」
杏里沙に起こされたエンジは言われたように愛梨亜を伴って風呂場まで行き二人でシャワーを浴び汗を流した後、朝食を皆でとったのだった。
杏里沙の作った朝食が済めば、後の朝の予定は着替えて身だしなみを整えて学校に行くだけだ。しかし、ある事のせいで掛かってしまった呪いを封印で抑えたとはいえ、影響が完全に無くなるという訳ではない。
エンジの右手は自分では動かないし、右足は動かしづらい。また、それらの皮膚の色も他の場所と違いところどころ赤黒く痣のようになっており、右目も視力がほぼない上に、瞳孔が幾つもある多瞳孔症になっている。
どれも病院の診断では原因不明とされており、治療も出来ないか、しても何故か直ぐに元に戻ってしまう。確実に呪いの影響であった。
そんな呪いを除けば可愛い外見をしているエンジは、影響を隠すためにいつでも厚着をしている。
「はーい、タイツはくから肩掴んで足上げてね。ゆっくりでいいよー」
「んしょ」
「次は手袋つけて」
「ん」
「はーい、今日はこのピンクのハートが描いてある眼帯にしようか」
「んん? これ?」
「そう! かわいいでしょ?」
「ん。そうだけど、今日は黒いのがいい」
「そう? じゃあそうしようか!」
現在は初夏に入ったところで、エンジの制服は夏服になっているが厚手のタイツと右手だけ長い手袋を、右目には黒い革のゴツい眼帯を有夏に四階の衣装室のフロアで着付けられていた。
「鏡見てどうよ? 気に入らないところはない?」
「ない。完璧」
そんな事を言いつつ見た鏡に写っているのは、高校の制服の夏服に厚手のタイツと手袋、アームホルダーで腕を吊って眼帯を着けた130cm程の少女。重症の怪我人にしか見えない。
華奢でスレンダーな体型は身長も相まって見たものを若干不安にさせるが、表情が明るく顔色も健康的なので事なきを得ている。髪は腰くらいまである長さのロングで、頭の半分から右側が白髪の様に白く、反対は真っ黒な黒髪だ。決して染めている訳ではないところに、呪いの影響を感じる。これに革の眼帯が合わされば、やはり色んな意味で重症人である。
実際、呪いなどわからない世間からすれば障害者以外の何者でもないので、開きなおって本人はこういった格好を楽しんでいるわけだが。
「皆は着替え終わった?」
「終わってるよ」
「終わったわ」
「終わりました。エンジが最後ですよ」
そう言って部屋に入ってきたのは愛梨亜と杏里沙。
それぞれ、愛梨亜はサラサラとしたロングの金髪、杏里沙はふわふわとしたミディアムロングの茶髪、有夏はツヤツヤとしたミディアムヘアの黒髪であり、身長は皆160cm後半程で体型もバランスの取れた理想的な体型。しかも血縁があるわけでもないのに、皆似た顔立ちのかなりの美人である。
「ちゃんとミカちゃんも連れてきましたよ」
「ありがとう、杏里沙」
そう言って杏里沙はエンジに目をつむった赤いクマの縫いぐるみを渡した。エンジはアームホルダーに包まれた右腕の上に縫いぐるみを乗せ、落とさないように固定する。
「待たせた」
「よし、さあ急いで行くわよ」
「一限なんだっけ?」
「歴史ですよ。有夏は今日当たりますよ?」
「ウソでしょ?」
「本当ですよ?」
「………」
「本当です」
「もうヤダ……」
「有夏、ガンバレ」
「エンジもですよ?」
「えっ」
そんな会話をしながら四人は自宅の雑居ビルを出て学校へと向かうのだった。
細かいことはあまり決めていないのです。