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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

木の葉交じり 

これは、とある人から聞いた物語。


その語り部と内容に関する、記録の一篇。


あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。

「木の葉を隠すなら森の中」ということわざ、君も聞いたことがあるだろう。

 あるものを隠すには、それと同じものがたくさんあるところに、紛れ込ませておいた方がいいということ。

 それはつまり、宝物や珍しいものであっても、似たようなものが多くある世の中では、見つけ出すのが難しい、という意味合いがある。

 幾千幾万とある、有象無象の木っ端たちから本当に価値あるものを見つけ出す。これは容易なことではないな。

 丹念に研究を重ねた末に、見出すのもあるだろう。つかみ取りみたいに、自分の手の届く範囲で伸ばしたら、偶然につかめたこともあるだろう。

 しかし、いずれも期待できるほどの労力の多さと可能性の低さを考えたら、心折れてしまってもおかしくない。そうしてはずれをつかみ続けてしまうことで、世を呪いたくなるかもね。

 

 だが、このことわざ通りに隠れることは、木の葉でもそうでなくても、ときに妙な事件を呼び込んでしまうらしい。

 僕の昔話なんだけど、聞いてみないか?

 

 

 その日の放課後の鬼ごっこは、思い切って地区内の一丁目をまるまる使おうと、提案してきた人がいた。

 指定された区は、他と比べると面積的に狭いところだ。せいぜい数百メートル四方といったところか。

 その土地の持ち主にとがめられなければ、どの敷地の中を通ったり隠れたりしてもかまわないというルール。その代わり、鬼は初めから参加者全体の3分の1が務める。

 ローラー戦術であぶり出そうという魂胆だろうが、僕には策があった。

 

 

 それは人の多いところに潜り込んでしまうということ。

 ルールをちゃんと詰めなかった方が悪いと、僕は学区内の小さなラーメン屋さんへ入ってしまう。

 この時間、さほど並ばずに席へ座れるグッドタイミングだ。僕はカウンター席の一番奥へ陣取らせてもらった。

 上から見ると「コ」の字型のカウンター席。その一番奥ともなれば、店の中へ入らない限りは外から人を確かめることはできない角度だ。

 

 ここのラーメンは安さが気に入っている。

 一番安いものなら、普通に注文した後で替え玉を3つ頼んで500円には至らない。

 育ち盛りということもあり、まず一杯目を平らげて、最初の替え玉を頼んだ。まだスープは熱い。

 このにんにく臭い店屋の中に、鬼が乗り込んでくるはずがないと、僕は考えていた。そもそもかくれんぼの最中に、のんきにラーメンすするなんてこと、想定する奴がどれほどいるだろうか。

 そうタカをくくる僕は、二杯目のラーメンをゆっくり味わいながら、ほとんど見えない店の外をちらちらとうかがっていた。

 

 

 それに気づいたのは、二杯目の替え玉を頼もうかと思った矢先だった。

 カウンター中の親父さんは、客の前で調理する姿を見せているのだけど、その包丁さばきが妙になってきたんだ。

 四角形の刃を持つ、菜切り包丁。その刃がカウンター席からも見えるくらい、大きく引き上げ、ダン、ダンと勢いよく打ち下ろしていくんだ。

 まさかシロウトじゃあるまいしと思いつつも、かすかに見える親父さんの腕には、赤い飛沫がかすかに飛んでいる。

 お店も、いったんは客がはけたんだけど、数分とたたないうちにわちゃわちゃと席が埋まっていき、僕の両隣までお客さんが腰を下ろす形に。



 両脇とも、禿頭に真っ赤な半袖シャツにジーンズといういで立ち。顔かたちもそっくりで、双子かなにかかと思った。僕の席が空いていたならば、隣り合って座っていたんじゃなかろうか。

 多少の圧を感じながらも、残りわずかな麺をすする僕の前で、二人は同じような所作で目の前におかれた調味料たちの中から、ニンニククラッシャーを手に取った。

 このラーメン屋は、生にんにくはサービスしてくれる。調味料スペースの端には氷と一緒に器へ入れられたニンニクのかけらたちがあって、自分で潰して加えることが可能だ。

 左右、二人の注文は僕と同じだが、餃子も頼んでいるために小皿が別に来ている。その上に二人はクラッシャーで潰したニンニクを押し出していくんだ。


 だが、その潰しニンニク、いやに赤みがかかっている。

 調味料には七味唐辛子も置いてあるけれど、それを加えたような色じゃない。スパゲティにからめるトマトソースもかくやという、色合いだ。

 それを二人は、もくもくと口へ運ぶ。一粒といわず、二粒、三粒と。

 気づけば、僕以外のすべての客が同じようにして、ニンニクをほおばっているじゃないか。

 少し気味の悪さを感じながらも、このしつこく絡む臭いは食欲を刺激してやまない。二杯目の替え玉をお願いしてしまう。

 

 器に入れられた、二つ目の替え玉。

 それは一杯目に比べて、どこか赤みがかかった色をしていた。器の底で溶け残った味噌が麺に絡んだように見えなくもないが、それが全体的にまぶされているのは妙だ。

 親父さんは新しい客に、どんどんとラーメンを出していく。その目がときどき僕の方を向き、「早く食いやがれ」といわんばかりの、怪訝そうなまなざしを向けてくる。

 両側のツインズも、豪快に音を立てながら、注文したラーメンをすすっていた。その麺も、僕に入れられたものと同じ色だ。

 

 

 替え玉を残すのは非常識。僕はやむなくその麺を口にする。

 見た目の割に、味そのものは変わりはない。けれど、これまでのものと違うのは別のところだ。

 ひたすらにお腹が減るんだ。箸で持ち上げた麺を、盛大にすすって口に入れ、どんどんと胃へ送っているのに、お腹の虫がぐうぐうと、しきりに空腹を訴える。

 あれよあれよと予算限界の三杯目の替え玉を頼むときには、すでに両側のツインズはラーメンを食べ終え、口元を拭っているところだったよ。自分の腕でね。

 

 その時のことははっきり覚えている。

 やがて離した二人の腕が、ポケットに突っ込まれるまでの数秒間。その腕には血がにじんでいたんだ。

 いや、見間違えでなければ腕は少しえぐれているように見えた。人体模型でしか見たことのないような繊維が、そのうがった穴からものぞいてさ。その割に、二人は何食わぬ顔して店を出て行っちゃった。

 結局、僕は三杯目をほとんど食べないまま、そそくさと席を立った。いや、その場を逃げ出したんだ。

 

 

 ん? 服の袖に血がにじんでいるって?

 ああ、しっかり処置したはずなのに、思ったよりひどかったかな。

 どうも、あの双子をはじめとする客たち、「木の葉」にまみれたせいか、僕もそれに近づいちゃったらしい。

「朱に交われば赤くなる」という奴かな。

 ふとした拍子に、つい彼らの真似をしちゃうんだ。お腹がなかなか満たされないときにね。


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― 新着の感想 ―
[一言] え、なにそれ怖い……。 紛れるということは、ある程度周りに染まるということでもあるのかもですね。 これもう治らないのでしょうか。 とても面白かったです。
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