第94話 元S級ハンター、結婚していた!?
驚愕の事実……!
ずんっ……。
音を立てて、ズー――固有名『バズズ』が街の広場に下ろされた。
すでに料理ギルドから街に手配がかかっていたらしい。
ズーが下ろせるように、料理ギルドの職員が立って人の流入が規制されていたが、すでにひと目ズーを見ようと人だかりが出来ている。護衛ギルドが手伝ってくれなければ、難しかっただろう。
街で1番大きな広場だが、翼を畳んでいてもいっぱいいっぱいだ。
その中で、解体の職人たちが一斉にズーに貼り付いた。
「なんか初めて、ゼレットさんがうちに来た時のことを思い出しますね」
俺の横で目を細めたのは、オリヴィアだった。
その姿は、初めて会った頃よりも全然変わらない。
ちっこいままだ。未だに小人族の呪いにかかっているらしい。
「まだそんな昔のことを覚えてるのか?」
「そんな昔って、3年前のことですよ。もう忘れたんですか? あの時は、三つ首ワイバーンを1発で倒しちゃって。驚かされました。その後のプリムさんの怪力にも驚きましたけど」
そのプリムはズーを広場に下ろした後、解体を見学していた。
羽のむしり取る工程に興味を持ったらしく、バリバリと毛をもいでいる。
「そんなこともあったな」
三つ首ワイバーンに比べれば、今回のズーはかなりの大物だ。
大きさだけではなく、捕獲する難度から言っても高い。
ガンゲルも憤っていたが、1歩間違えれば街に被害が出ただろう。その点においては、ヤツは正しかったと言える。
「ところで、2年半ほど休業していて、久しぶりの依頼だったにもかかわらず、ズー――しかも固有名を仕留めてしまうなんて、さすがですね、ゼレット」
そう。実は俺は2年半ほど食材提供者を休業していた。
理由は――――。
「ぱ~ぱ……。ぱ~ぱ……」
やや舌足らずな言葉で、「パパ」と連呼する声が聞こえる。
聞き覚えのある声に、俺とオリヴィアは反応する。
振り返ると、街に差し込む夕日をバックに子どもを抱いた金髪のエルフの女性が立っていた。
「ぱ~ぱ!」
手を伸ばす。それは手を振っているのか、それとも握手を求めているのかわからない。
女性は子どもを下ろす。
女性と同じくエルフ特有の金髪に、碧眼の瞳。まだ顔に締まりはないが、俺の方を見て満面の笑みを浮かべていた。
凹凸の少ない石畳を、ちょっとおぼつかない足取りで、テチテチと走り出す。まるで何かを探し求めるかのように手を伸ばし、段々とスピードがアップしていった。
「ぱ~ぱ!」
満面の笑みを浮かべているが、直後体勢を崩す。転びそうになったが、その前に俺は手を差しだして受け止めていた。
「シエル、良い子にしてたか?」
俺は幼児の柔らかな金髪を撫でた。
本人は何が起こったかわからず、相変わらず甲高い声を上げて上機嫌だ。
この子は、シエル・ヴィンター。
そう。俺の子どもだ。
誰との子どもだって?
それは当然――――。
「オリヴィア、お疲れ様」
笑ったのは、俺の妻パメラ・ヴィンターである。
見ての通り、俺たちは3年ほど前に結婚し、今や一児の父と母になっていた。
3年前に遡って話すと、俺はカルネリア王城でパメラにプロポーズした。
実はその時、パメラは俺がプロポーズしたとは思っていなかったらしく、単純に仕事仲間としてパートナーを組むと思っていたようだ。
けれど俺は本気だった。
ケリュネアの一件の時、パメラがいるから立ち止まれた部分が大きかった。仮にいなければ、俺は本当にヘンデローネを撃っていたかもしれない。
傍目から見て、そう思わなかったそうだが、俺からすればパメラの存在はいつの間にか大きくなっていたのだ。
結局、俺が持ち帰ったスターダストオークスのミルク、ケリュネアの肉、他数種類の魔草や魔物の食材は、俺とパメラの結婚式を彩る材料となり、ラフィナ主導の下で盛大に行われた。
驚いたことに料理ギルドには、結婚すると結婚祝い金が渡されることになっている。当然、ハンターギルドにはない制度だ。
さらには……。
「え? ハネムーンには行かないですか?」
「いや、依頼だってあるだろう」
「勿体ないですよ。そもそもうちでは、ハネムーン休暇制度があって、一定期間お休みしてもらう制度あるんです」
「ハネムーン休暇?? いや、でもその間の稼ぎが……」
「1億グラも稼いでる人が何をケチ臭いことを言ってるんですか?」
「こっちは結婚したばかりだ。色々と物入りなんだよ」
「ご心配なく。ハネムーンの間、その人の貢献度において一定金額を支給することになってます」
「一定金額?」
「そうですね。ゼレットさんだと……」
オリヴィアは資料を広げた。
「1日これぐらいです」
3つ指を立てる。
「3000グラ??」
まあ、今の俺からすれば端金かもしれないが、貰えるなら有り難い。
「はははは。何を言ってるんですか? 3万グラですよ」
「はあああああああああああ!!」
ちょちょちょちょちょ――――ちょっと待て?
3万グラ??
おいおい。大丈夫か?
そんな大盤振る舞いして大丈夫なのか、料理ギルド。
昔から金銭感覚が、俺が考えるものより1桁違うことはもはや当たり前だったが、何もしてないのに3万って。
「な、何かの間違いでは?」
「ゼレットさんの貢献度からすれば、むしろ少ないほうですよ。先の1億グラの報酬もそうですけど、特に宣伝効果が半端ないんですよ。おかげで、支援者に事欠かなくて。ギルド全体の方針としても、お世話になっている会員の皆様に還元するため、福利厚生を充実させていく方針なんですよ」
福利厚生って……。
俺は別にギルドの職員でもなんでもないんだがな。
「というわけで、ハネムーン行ってきて下さい。なんなら、うちの支援者を通して格安で旅行プランをご紹介することもできますよ」
オリヴィアは旅行のパンフレットをズラリと並べる。
久しぶりの感覚だ。
料理ギルド恐るべし。
しかし、恐るべきはこの後ということを、その時の俺は知らなかった。