第8話 元S級ハンター、桁を間違える
「ちょ、ちょっとどういうことよ、ゼレット!」
パメラが金切り声を上げて俺に迫る。
「なんで断っちゃうんですか! ゼレットさん、食材提供者になるためにギルドに登録したんですよね? ですよね?」
大事なことなので2回訊きましたとばかりに、オリヴィアも詰問する。
「臆したってことはないわよねぇ」
割れた顎に手を載せ、ギルドマスターは意味深な視線を向けてくる。
その言葉に、俺は鋭く目を光らせ、対抗した。
「そんな訳ないだろ。俺の目的はSランクの魔物だ。料理ギルドならば狩ることができると聞いてやってきた。だが、依頼をくれると聞いてみれば、Aランクだ。そんな雑魚に興味はない」
「え、Aランクが雑魚……」
「あ~~ら、頼もしい。でも弱ったわねぇ。依頼主からは早く欲しいってせっつかれているのに……。どうにかならないかしら、ゼレットくぅん」
ギルドマスターは溜息を漏らす。
新人の華々しいデビューに、期待も大きかったのだろう。
グバガラの樹に覆われた料理ギルドの建物内の空気が、一気に冷めていった。
「Aランクぐらいなら、俺でなくても探せば誰か1人ぐらいはいるだろう。俺が興味あるのは、Sランクだけだ。ヤツら以外に興味はない。そもそもAランクなんて依頼料が少なすぎて、装備代もでないだろう。こっちとしては大赤字だ」
俺は依頼書を見つめる。
「60万グラか。Aランクの料金としては悪くないな」
ハンターギルドよりは、ずっと良心的な値段だが、俺が動くにはまだ安すぎる。装備代は消耗品も含めて、なんとか手取り1万グラが貰えるかといったところだろう。
庶民からすれば、60万グラは大金かもしれないが、S級ハンターの俺からすれば、はした金だ。このお金で、次いつ現れるかわからない魔物が出るまで、生活しなければならない。
その間の武器のメンテもしかりだ。
しかし、Sランクの魔物となれば、これの倍額は固い。
その分消耗品の費用も大きくなるが、利ざやは増え、さらに雑魚相手では味わえないスリルを体験できる。
コスパとしては断然そっちの方がお得なのだ。
Sランクの魔物を討伐できないなら、ここに用はない。
さっさと帰って、リルにシャンプーでもしてやろう。
「え? 待ってください、ゼレットさん」
帰ろうとした俺の背中に、オリヴィアは声をかける。
すると、ギルドマスターは俺が持っていた依頼書を、再び掲げて見せた。
「もう1度、依頼料の方をよく見て、ゼレットくぅん」
ふふ、と不敵に笑う。
はっ? 何度確認したところで、依頼料が増えるわけでもなし。これ以上、何を確認しろというんだ。
「わ~~い。師匠、この依頼料すごいよ。ゼロが6つもあるよ」
俺の代わりに依頼料を覗き込んだ弟子が騒ぐ。
「何を言ってるんだ、プリム。そもそも指の本数以上の数を――――ん?」
んん?
俺はプリムを押しのけ、もう1度依頼書を見つめる。
一、十、百、千、万、十万…………。
ある。
ゼロが6つある。
間違いない。
嘘だろ!!
600万グラ????
「じょ、冗談だろ!! 三つ首ワイバーンに600万グラって頭がおかしいんじゃないのか? 俺が先日討伐したSランクの邪炎竜だって、200万グラもしなかったんだぞ。どう考えても、赤字だろ! いくら食材提供者がほしいからって」
「あ~~ら。これは仲買人が取り決めた適正値段よ。ちなみに料理ギルドでSランクなら、もしかしたら、もう1つゼロが増えるかもね~~」
な、なんだと……。
「まさか1000万……」
「私が知る限り、3000万グラって卸値も過去にあるそうよ。でも、魔物食材はこれからもっと上がっていくかもね~。あ、そうだ。ゼレットくぅん、特別にうちの金庫を見せてあげましょうか? 強盗が何を狙ったのかね」
え? 金じゃないのか?
ギルドマスターはギルド内に根付いたグバガラの根を、すでで圧殺しながら、金庫の前に俺を案内する。
金庫の前に立つと、専用の魔法暗号が刻まれた魔石を掲げた。
ゴゴゴゴ……、軋みを上げながら、金庫を開帳する。
すると、俺の黒髪を冷たい空気が撫でた。金庫が煙のように白い冷気を吐き出すと、徐々に中身が露わになる。
「これ……。食材か……」
肉、魚の切り身、果物、野菜、山菜、中には調味料まで保存されている。
口に入るものすべてが、金庫の中に凝縮されていた。
「そのとお~り! ここは食材提供者から預かった高級食材を預かった冷凍庫なの。そして、この約8割の食材が、魔物の食材なのよ~」
「8割……。高級って、どれぐらいの金額なんだ?」
「そうね。ここに保存されているのは、下は100万から上は1500万グラってとこかしら? だから、近年窃盗団や、組織ぐるみの犯罪が行われてるのよ」
せ、1500万グラ……。
なるほど。強盗たちは、この食材を狙ってやってきたというわけか。
地下に穴を掘ってまで、手に入れたい気持ちはわからないわけではないな。
「そうです。今、美食界隈では魔物を使った料理がブームになりつつあるんです」
俺とギルドマスターの間に、オリヴィアが割って入り、説明を始めた。
「それを受けて、今どんどん魔物の値段が高騰してるんです。価格は常に変動していますから、三つ首ワイバーンの適正価格は、今ならもっと上がってるかもしれません」
嘘だろ。
Aランクの魔物が、600万グラから、さらに高くなるだと!?
それにこれは、俺に対する依頼料だ。ここにギルドのマージンなどものっけると、700万グラになる。
依頼主はこの三つ首ワイバーンに、700万グラを出す価値があると判断しているということだ。
ハンターギルドでは、高々60万グラの価値しかなかった魔物が……。
「ど~お? あなたが雑魚といった魔物だけど、600万グラのお仕事だと思えば、少しはやりがいが見えてこない、ゼレットくぅん」
むふっ……とギルドマスターは、ウィンクを送る。
気持ち悪いことこの上ない。だが、今提示された金額を見て、高揚していることは確かだ。
Sランクの魔物との読み合い、生きるか死ぬかのサバイバル。
そんなスリルを味わうことはないが、600万グラの仕事だと思えば、ハンターの冥利に尽きる。
「いいだろう……」
600万グラの依頼を受けてやる。
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