第88話 元S級ハンターが辞めたギルド
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「スライムの大群だと……」
街の北にある湿地帯にスライムが大量に発生した――――その第一報がハンターギルドにもたらされたのは、正午の鐘が鳴る前のことだった。
そろそろ愛妻が作った弁当を広げようかと思っていたハンターギルドのギルドマスター、ガンゲルは弁当を包んでいた布を摘まんだまま顔を上げる。
ハンターの減少により、現場に赴くことが多くなったガンゲルの顔は、ゼレットが出て行った頃よりも遥かに陽に焼けていた。
頑なに白状しようとしなかった鬘も取り去り、今は剃り上がった頭がつるりと光っている。
おかげで人相の悪い顔が、余計に悪くなっていた。
しかし、偉そうな口ひげは未だに健在で、弁当の包みを持っていた指を離して、もったいぶった感じで髭を伸ばした。
「はい。その数およそ1000匹以上……」
部下は抑揚のない声で答えた。
最近部下がやめたばかりで、今は2年目の新人がガンゲルの秘書と事務を兼任している。
抑揚がないのは、寝不足のおかげか。
随分と目の下は黒かった。
「多いな」
「このところ長雨が続きましたからね。スライムが増殖しやすい条件が揃ったのかと」
スライムがどうやって生まれるのかは、まだ謎が多い。
有力なのは水の中に住む小さな微生物などが、濃い魔力を浴びて突然変異したというものだが、それにもいくつかの反証が見られる。
ただ雨の日の後や、湿気が多い状態がなどが続くと増える傾向にあるということだけはわかっていた。
「厄介な数だな……」
ガンゲルはギルドマスターの椅子に深く腰掛けた。
スライムは雑魚魔物だ。その気になれば、子どもでも倒せてしまう。その辺の野原にいる毒蛇の方がよっぽど厄介だろう。
だが、塵も積もれば山となる。
1000匹ともなればなかなか厄介だ。
「群体化したら取り返しがつかんな」
「その通りです」
と言った部下の言葉にはあまり緊迫感がなかった。
群体化というのは、スライム同士が突然変異によってくっついてしまう現象のことである。
スライム1つ1つは小さくとも、それが1000匹も合体することになれば、それはもはやスライムの“波”と一緒だ。
下手をすれば、街を丸々飲み込みかねない。ガンゲルたちハンターギルドは、群体化を懸念していた。
「すでに衛兵を通して国から依頼が届いていますが、いかがしましょうか?」
「くそ! 役人どもめ! 自分たちがやりたくない仕事だけ押し付けおって。こっちは便利屋じゃないんだぞ――――痛っ!!」
ガンゲルは悲鳴を上げた。
どうやら勢い余って、机の角に小指をぶつけたようである。
赤い顔をしながら、足首を押さえていた。
「では、ハンターたちに依頼を出します。それと今回の現場指揮官ですが、めぼしいハンターは出払っていまして……」
ギルドの職員は恐る恐る視線をガンゲルに向ける。
大勢の魔物を討伐する際、多くのハンターが必要になる。
ハンターは普段個人で動いている。当然連係なんてとったことがない。現場で初めて顔を合わせる者も少なくないだろう。
故に効率良く駆除するためにどうしても指揮官が必要になるのだ。その指揮官も、そこそこのネームバリューやランクがなければ務まらない。
新米が指揮官をやったところで、結局烏合の衆の集まりになってしまう。
ハンターギルドが凋落する前は、様々な人材がいたが、今は優秀な人材は抜けていく一方だ。
今流行の食材提供者とやらに転職して、名を轟かせる者まで現れ始める。
特に――――。
ギリッ!
ガンゲルは思わず歯噛みした。
「ガンゲル様?」
「ん? あ、ああ……。なんでもない。わかった。私が現場の指揮に当たろう」
「ありがとうございます。早速、ハンターを手配いたします」
やつれたギルド職員は目を輝かせると、ガンゲルの気が変わらぬうちに、そそくさとギルドマスターの部屋から出て行った。
ガンゲルは大きく溜息を吐く。
回転椅子をくるりと回転させると、背後の窓に視線を向けた。
眩い夏の日差しに目を細める。
「3年か……」
ガンゲルは無意識のうちに、その数字を呟いていた。
◆◇◆◇◆
2日後……。
スライム討伐の準備が完了し、いよいよハンターたちは街から出陣した。
集まったのは30人ほど。
下は新人から、上はDランクのロートルまで。
人材はバラエティ豊かでも、何かパッとしない。
指揮官となったガンゲルも、葬列の先頭を歩く神父のような気分になってきた。端的に言えば、士気が低いのだ。
「他のギルドに応援要請しますか?」
ガンゲルの部下が集まったハンター達を見て、肩を落とす。
「ふん! 他のギルドの手助けなどいらん。そもそもスライムとはいえ、街の北方に魔物の大群がいるのだ。それに無関心でおる方がどうかしてる。どうせ臆病風に吹かれたのだろう。放っておけ!!」
とはいえ、最近ハンターが少なくなってきたため、ガンゲルは他ギルドに応援を要請することは少なくない。
昔は逆で、ハンターギルドからよそのギルドに出向させるほど人材が抱負だった。
いつの間にか、立場が逆転したのである。
「いつからこうなった」
ガンゲルは舌打ちする。
改めて集まったハンターたちを見つめた。
少ないとはいえ、よくも30人も集まったものである。
1000匹とはいえ、相手がスライムだからだろう。クエストの成功率が高いと踏んだ者たちがこぞって集まったわけだ。
戦地へ向かいながら、ガンゲルは「昔なら」と思い出さずにはいられなかった。
個性の強いハンターばかりだったが、実力は折り紙付き――というものばかりだ。
特にまだ『黒い暴風』と呼ばれたシェリルがいる時などは、毎日怒ってばかりいたような気もするが、ギルドの経営としては安定していたように思う。
元勇者を慕って、数多くのハンター志望者が、ガンゲルのハンターギルドに押し寄せてきたからである。
ところが今はどうだ。スライムの討伐するだけで、準備に2日間もかかってしまった。
活気ある頃であれば、即日誰かがスライムを討伐しにいったであろう。
「くそっ! これもそれもゼレッ――――」
ゼレットのせいだと言おうとして、虚しくなって止めた。
ガンゲルもゼレットのせいではないことはわかっている。元凶を辿れば、あのヘンデローネに付いてしまったことが、1番の問題だった。
ヘンデローネが北の地へと追放され、なんらかの理由で隣国カルネリアに逃げ伸びた後に、再びヴァナハイア王国に強制送還されたことは知っている。
今も王国の地下収容所で、臭い飯を食べながら処刑の日を待っていると風の噂で聞いた。
リヴァイアサンの一件は、結局ヘンデローネの責任として押し付けられたらしく、ガンゲル自身に罪は及んでいない。
むろんきつい取り調べを耐えることになったが、あれから王宮に呼び出されることはなかった。
ヘンデローネがすべての罪を被ったのか、とも思ったが、そんな器用なことができる貴婦人ではないことぐらい、ガンゲルもよく理解している。
「ガンゲル殿、あれを……」
いつの間にか湿地帯に辿り着いていた。
手綱を引き、ガンゲルは少し高いところからそれらを見下ろす。
「うへ……」
思わず声が漏れる。
そこには1000匹どころではない。
おそらく1万にも達するスライムが、湿地帯の中にひしめいていた。
新作『300年山で暮らしていたひきこもり』も、
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