第86話 S級ハンターの弟子(中編)
僕は夢を見た。
小さな頃の夢。
ヴィンター家に来る前……。
つまり、それはエルフの里の時の夢だ。
そして、もっとも最悪な悪夢だった。
僕は森の真ん中に立って泣いている。
辺りからは悲鳴が聞こえ、火が大きく爆ぜていた。
燃えさかった炎に照らされ、森の暗がりから現れたのは、巨大なSランクの魔物である。
その時、僕はなんと叫んだかわからない。
両親の名前だったのか。
それとも幼なじみの名前だったのか。
ただ沈黙したまま、誰かが助けてくれるのを待っていただけかもしれない。
はっきりと覚えているのは、魔物の暗い瞳と、僕を長年虐げてきた里のエルフたちが為す術なく惨殺される光景だった。
炎の柱が昇る。
天に衝き上がり、そして僕の視界を埋め尽くす。
そこでいつも通り、僕の悪夢は終わった。
◆◇◆◇◆
「はっ……」
気が付いた時、僕の視界は真っ暗だった。
そしてヤケに柔らかく、さらに血臭がして、微かに酒臭い。
目に当たる柔らかいものの感触のおかげで、今僕がどういう状況下にあるかがわかってしまった。ちょっとだけ複雑だ。
シェリルがまだ僕に抱きつき、側で寝ていたのである。
でも、嫌な感じはしない。むしろ落ち着く。
ここのところ、こんなにのんびりしたことがなかった。
せわしないというより、落ち着く間もなかったというか。まあ、そんな所……。
ふと気付くと、僕はあの神獣の子どもを抱いて寝ていた。
すぅすぅ、と寝息を立てている。小さな背中を上下させている姿を見るだけで、命の息吹を見たような気がした。
目を伏せ、幸せそうに眠っている。
ああ……。そうか。
「シェリルもこうやって僕を守ってくれていたのか。悪夢に苛まれている僕を……」
気が付くと、瞼が腫れぼったい。
どうやら僕は泣いていたようだ。
「あ……」
僕は顔を上げた。
周囲を見る。そこは見慣れた僕の部屋だ。
しかし、そこにいるはずのものはどこにもなかった。
「あれ? 神獣は?」
問いかけるけど、答えは返ってこなかった。
側にはあの赤ん坊が寝ている。なのに親がいないとはどういうことだろうか。
「あいつならいなくなったぞ」
ガリガリと黒髪を掻きながら、シェリルが身を起こす。そのくびれたお腹には包帯がグルグル巻きになっていて、とても痛々しい。
最後に見た時よりも、血色が随分とよくなっていた。
しかし、保護者の復活よりも、僕には気になることがあった。
「あいつって、神獣のこと?」
「他に何がいるんだよ。ふわぁ……」
シェリルは大きな欠伸をかます。
こっちは赤ん坊の母親が消えて、右往左往してるってのに。
「どこへ行ったの? というか、神獣は無事なの?」
矢継ぎ早に質問する。
「落ち着け、ゼレット。あたしもよくわからん。ていうか、あたしが気が付いた時には、ヤツもいなくて、お前が雪の上に倒れていた。お前、結構危なかったんだからな」
僕の額を指でツンと押して、戒める。
「ラクエルは氷漬けになってるし。ガンゲルも半ば凍死しかかってたし。生きているのも――――」
「大丈夫かな?」
「あ?」
「神獣だよ」
「…………大丈夫じゃないか」
「シェリルは楽観的すぎるよ。赤ん坊だっているのに……」
「向こうも随分消耗していただろうしな。ほとんど子ども同然の身体で出産したんだ。体力を戻すにしても、生半可な方法では難しいんだろう。神域に戻った可能性もある」
「神域?」
「神様がいるって言われている場所だ。神獣は本来そこにいる獣だからな」
「じゃあ、なんで赤ん坊を連れていかなかったの?」
「そいつはわからねぇ。さっきも言ったが、あの神獣は子どもだ。自分では子育てできないと判断したのかもしれない。危なく子どもを殺すところだったんだ。多少罪悪感もあるだろう」
それにだ、とシェリルは言葉を続けた。
「お前を信用できる人間だと思ったんじゃないか、ゼレット」
「え? それってつまり――――」
お前がその神獣の母親代わりをするってことだよ。